認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(3)

前回は、神経軸索の髄鞘化機能の低下が発達障害認知症疾患を呈する一因になっている可能性が高いということをお話しし、それに関連して、神経軸索の髄鞘が崩壊して軸索がむき出しになる「脱髄(だつずい)」が、アルツハイマー認知症の発生機序に大きく関与しているとする「ミエリン仮説」についてご紹介しました。

今回はその続きになります。

 

脱髄」と「再ミエリン化不全」がアルツハイマー認知症の発症に深く関与している

人の脳は「灰白質(かいはくしつ)」と「白質」に分けられます。

灰白質は脳の表面にあって、そこに神経細胞が集まっているのに対し、白質は灰白質の内側の脳深部にあって、そこに神経細胞から伸びた神経軸索が集まっています。

アルツハイマー認知症の人の脳では、白質の異常と神経軸索を覆っているミエリン(=髄鞘)の減少がが顕著であることが確認されています。

そこで従来の「アミロイドβ仮説」では、アルツハイマー認知症の発生機序として、まず初めに神経細胞の集まる灰白質アミロイドβ(という異常タンパク)の蓄積によって障害され、その結果、神経軸索が集まる白質にも異常が起こるのではないかと考えられていました。

しかし近年、実はアミロイドβの蓄積が少なくても白質異常が認められる、ということを報告した研究論文が出されたこともあり、アミロイドβと白質異常の関連性については「疑い」が持たれるようになりました。

さらに別のコロンビア大学による研究論文では、アルツハイマー認知症においては「白質異常」と「ミエリンの脱髄」が大きな特徴になっており、白質異常については「ミエリン」と「オリゴデンドロサイト」が特に大きく関与していると報告しました。

オリゴデンドロサイトとはミエリンの形成を担当する細胞のことで、神経軸索にミエリンを巻つける働きをしています。

またオリゴデンドロサイトは、神経細胞に栄養を供給する役割も担っているとされます。

このオリゴデンドロサイトは1個につき20本の手(突起)を持っており、それらが20本の神経軸索に巻きついてミエリンを形成しているのです。

ただ、ミエリンは一度形成されたらずっとそのままというわけではなく、絶えず「脱髄(=ミエリン崩壊)」と「再ミエリン化」を繰り返しています。

正常な場合には、「脱髄」が起きてもミエリンは速やかに再生されるため、「脱髄」と「再ミエリン化」のバランスは保たれているのですが、「脱髄」が起きても「再ミエリン化」がうまく行われなくなる場合があるのです。

仮に1個のオリゴデンドロサイトが「再ミエリン化不全」になったとすると、そのオリゴデンドロサイトが巻きつく20本すべての神経軸索が脱髄したままになってしまいます。

そのため、この「再ミエリン化不全」が他のオリゴデンドロサイトにも拡がっていくことで、アルツハイマー認知症の発症に至るのではないかと考えられ、「ミエリン仮説」では「脱髄」と「再ミエリン化不全」こそがアルツハイマー認知症を発症させる主要因子ではないかと推測しています。

 

アルツハイマー認知症における脳内への脂質流出は「ミエリン仮説」を後押しする

1907年にアルツハイマー認知症を初めて報告したAlois Alzheimer博士は、1人目の患者さんと2人目の患者さんの脳を死後に病理解剖しており、以下の3つの病的変化があったことを報告しています。

アミロイドβの蓄積がある

②神経原線維変化がある

③脂質の流出がある

ちなみに、2人目の患者さんの脳サンプルは後年まで良好な状態で保存されていたため、1997年にこの報告が再検証され、①のアミロイドβの蓄積は認められるが神経細胞は死んでいないこと、さらに②の神経原線維変化はなかった、ということが確認されています。

ただ③の「脂質の流出」については、確かに認められるものの、これまでほとんど関心が払われてきませんでした。

それが近年、「脂質の流失」は「脱髄」つまり「ミエリンの崩壊」が原因ではないかと考えられるようになってきたのです。

そもそも「ミエリン」は、その乾燥重量の70%が脂質、30%がタンパク質で構成されており、それによって「絶縁体」としての機能を果たしています。

そのため「ミエリン」が壊れると、その構成成分である脂質が脳内に流出してくるのです。

1964年にアメリカのAlbert Finstein医科大学から報告された論文では、60歳代の認知症女性3人の脳の一部を採取して電子顕微鏡で観察したところ、アミロイドタンパクと異常な神経原線維変化は認められたものの、神経細胞が正常である部位にも脂質の蓄積と脱髄が観察されたことから、脂質の異常は神経細胞が壊れたことが原因ではなく、どうもミエリンの崩壊(脱髄)が原因になっているようだと論じています。

この論文では、神経細胞に異常が出る前に、ミエリンの崩壊が原因と考えられる脂質増加を認めていることから、当初よりAlzheimer博士が「脂質の流失」を指摘していることも併せて、これらの事実が「ミエリン仮説」を後押ししているように思えてなりません。

 

発達障害の人がもの忘れを発症しやすいのは病理学的背景に共通点があるから!?

このように、発達障害の人が有する「神経軸索の髄鞘化機能の低下」という特性と、アルツハイマー認知症の発生機序には「脱髄」と「再ミエリン化不全」が深く関与しているとする「ミエリン仮説」には、大きな共通性があるといえます。

ここでいう「神経軸索の髄鞘化機能の低下」と「再ミエリン化不全」とは同義であり、このことが発達障害アルツハイマー認知症のいずれにおいても、病理学的な発生機序を説明するうえでは欠かせない主要因子になっているからです。

これが正しいとすれば、「もの忘れ」で当院を受診される人に、もともと発達障害傾向の気質を持っていた人が多いということにも納得がいきます。

アルツハイマー認知症では、病初期から主症状である「もの忘れ」が出やすいからです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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発達障害ともの忘れ(2)

前回は、発達障害の気質がある人は意外に多く、最近の文部科学省による報告では自閉症スペクトラム(ASD)保有率が1.1%、注意欠陥多動性障害ADHD保有率が3.1%、米国のCDCによる報告ではASD保有率は1.85%、ADHD保有率は6.1%とされているけれども、実は当院で認知症と診断される患者さんの多くに発達障害の傾向があるというお話をしました。

また、発達障害のある人は脳の神経細胞脆弱性(ぜいじゃくせい)があり、ストレスによって脳の神経細胞が変性しやいため、発達障害の気質がある人は認知症になりやすいと考えられるけれども、これは発達障害の人はもともと神経軸索の髄鞘化(ずいしょうか)機能が低下していることが要因の1つになっているというお話もしました。

今回はその続きになります。

 

神経軸索の髄鞘化機能の低下が発達障害認知症疾患を呈する一因

前回、発達障害の人は神経軸索の髄鞘化機能が低下しているために、脳神経ネットワークが発達しにくいのではないかというお話をしましたが、これは髄鞘が再生する場合にも当然影響します。

本来であれば軸索がむき出しになった部位の髄鞘は速やかに再生されるのですが、髄鞘化機能の低下があるとそれが上手くいかなくなるからです。

軸索がむき出しのままでは、髄鞘が果たしている電気信号の伝導・伝達をスムースにするという働きが得られないばかりか、実はその周囲にも髄鞘の損傷を拡げかねません。

電気コードに例えると、内側の銅線が軸索で、外側にある絶縁体のゴムが髄鞘になります。

通電した状態で銅線がむき出しになり、そこに水分や異物が接触したらどうなるでしょうか。

当然ショートして発火してしまいます。

これと同じことが脳内でも起こるのです。

つまり、むき出しになった軸索はショートしやすくなっており、それによってさらに周囲の髄鞘を損傷させかねないということです。

そして、このことが発達障害の人の脳神経ネットワークが成熟しにくくなっていることや、さらにはストレスなどで神経細胞が変性しやすくなっていることの一因になっていると考えられるのです。

さらにいえば、脳神経ネットワークが成熟しにくいことにより、その部位に応じて特徴的な発達障害の症状を呈しやすくなっていたり、またストレスなどで神経細胞が変性しやすいことによって、発達障害の症状を増強させたり、さらには認知症を伴う神経変性疾患をも発症しやすくなっているのではないかと考えられるのです。

そもそも発達障害の人は、精神的にも、神経細胞レベルにおいても、様々な刺激に対して過敏であり、ストレスに弱い傾向があります。

そのような発達障害の人が長期間大きなストレスを受け続けたとしたら、神経細胞の変性が加速度的に進行し、できあがっていた脳神経ネットワークさえも棄損してしまう、ということが容易に想像できると思います。

これらのことを鑑みれば、当院の認知症外来を受診される患者さんに発達障害傾向の人が多いということにも頷けるのではないでしょうか。

 

アルツハイマー認知症の発生機序に関する「ミエリン仮説」

発達障害の人はもともと神経軸索の髄鞘化機能が低下しているというお話をしましたが、実はアルツハイマー認知症の発症には、この「髄鞘(=ミエリン)」が大きく関与しているという仮説が近年提唱されるようになりました。

アルツハイマー認知症の発生機序については、今まで「脳にアミロイドβという異常タンパクが蓄積すると神経細胞が死んでいく」という「アミロイドβ仮説」が有力でした。

しかし、多くの学者が数十年にわたってこの仮説の証明に取り組んできたのにも関わらず、それに成功した研究者は未だに一人もおらず、逆にこの仮説に対して様々な疑問が呈されるようになりました。

そればかりか、初めに1992年に「アミロイドβ仮説」を提唱したDennis SelkoeとJohn Hardyの当人たちでさえも、2016年のレポートの中で自らの仮説に疑問を呈するようになったのです。

そうすると、今まで「脳にアミロイドβが蓄積すると、神経細胞が死んでいくのではないか」と考えられていたのが「間違い」だったことになります。

つまり、そもそもアミロイドβの蓄積と認知機能にはほとんど相関がなく、アルツハイマー認知症の人の脳において、アミロイドβの蓄積と神経細胞の減少を確認したに過ぎなかったということです。

そのため近年では「アミロイド仮説」に替わって、アルツハイマー認知症の発生機序に関するいくつかの仮説が提唱されるようになりました。

それらの仮説の中で有力なものの1つが「ミエリン仮説」になります。

「ミエリン」とは神経軸索を覆っている「髄鞘」のことです。

このミエリンが崩壊して神経軸索がむき出しになる「脱髄(だつずい)」現象の中に、アルツハイマー認知症の発症機序を解き明かすカギがあるのではないか、とするのが「ミエリン仮説」なのです。

もしこの「ミエリン仮説」が正しいとすれば、もともと神経細胞髄鞘化機能が低下している発達障害の人が認知症を発症しやすくなるのは当然です。

すると「ミエリン仮説」は、発達障害の人がもの忘れを発症しやすいことについても病理学的に説明してくれることになります。

アルツハイマー認知症の発症も、発達障害の人がもの忘れを発症しやすいことも「脱髄」と「髄鞘化機能の低下」が深く関与している可能性があるということです。

 

次回は、この「ミエリン仮説」についてもう少し詳しくご紹介しようと思います。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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発達障害ともの忘れ(1)

発達障害の気質がある人は意外に多い!?

当院で認知症と診断される患者さんの多くが、強弱の差こそあれ、もともと発達障害の気質を有しているということを、以前からお話ししてきました。(「認知症と発達障害」カテゴリー記事一覧

ここでいう発達障害とは、主に「自閉症スペクトラム症(ASD)」と「注意欠陥多動性障害ADHD)」の2つになります。

発達障害保有率としては、文部科学省によって2012年に全国の公立小中学校で約5万人を対象に実施された調査によれば6.5%(ASDが1.1%、ADHDが3.1%)とされています。

また米国のCDCの報告によれば、推定される子供のASD保有率は1.85%(2010~2016年;Data & Statistics | Autism Spectrum Disorders | CDC 米国)、ADHD保有率は6.1%(2016年; Data & Statistics | ADHD | CDC 米国)とされています。

ちなみにASDもADHDもおおよそ男:女=4:1となっており、男性の方が保有率が高くなっています。

これらの調査結果を見れば、発達障害というのは決して稀な気質ではないといえます。

さらに最近の研究によれば、ASDとADHDのどちらかの気質を単独で有しているというよりは、両者の気質を合併していることがほとんどであり、そのうえで、両者の気質が出ていたり、どちらか要素が強い方の気質が前面に出ているのだそうです。

そうすると、一概にどちらがどのくらいの割合で存在しているのかは単純にいえなくなりますが、いずれにしても当院の認知症外来を受診される実際の患者さんについていえば、家族の話からもともとASDやADHDの気質を持ち合わせていたという人が大多数であり、その割合は上記した調査報告の割合よりずっと大きいのです。

おそらくASDやADHDと「診断」はされていなくても、それらの気質傾向を強く持ち合わせているという人は、実際にはずっと多く存在していると推測されます。

 

発達障害の気質がある人は認知症になりやすい!?

中央大学文学部の緑川研究室(神経心理学研究室)による「発達障害認知症」についての報告では、「パーキンソン病レビー小体型認知症の人々に対して昔を振り返ってもらうと、発達障害の一つである注意欠陥多動性障害だった率が他の認知症に比較して有意に高いことが報告されています(中略)アルツハイマー病の人々と比べて、臨床的に前頭側頭型認知症と診断された人の中には、発症前に自閉症スペクトラム障害であった可能性が高いことを改めて確認しました」とされています。

これは認知症外来に長年携わってきた私どもの見解を後押しする内容になっています。

そもそも発達障害は幼少期から若い成人期において診断・治療されるものですが、この病態概念はまだ比較的新しいものなので、現在の高齢者が若い頃には一般的になっていませんでした。

そのため高齢者の中にも、発達障害の人は一定の割合で存在しているはずですが、ほとんどの人が診断されないまま高齢になっていると考えられ、そのような一群が少なくない割合で「認知症」に移行していくのではないかと推測されます。

また「診断」には至らないけれども発達障害の傾向が強く認められるという人は、それよりもずっと多く存在しているのではないかと思われます。

実は、そのような発達障害のある人というのは、脳の神経細胞脆弱性(ぜいじゃくせい)があるとされています。

そのためストレスに弱く、脳の神経細胞が変性しやいのです。

私たちはどうしても生活していく中で、肉体的にも精神的にもさまざまなストレスを受けます。

これは推論ですが、発達障害の傾向が強い人は、それらのストレスを長年受け続けることによって、脆弱性のある脳の神経細胞の変性が進みやすく、その結果として、認知症を発症しやすくなるのではないかと思われるのです。

 

発達障害の人はもともと神経軸索の髄鞘化機能が低下している

本来、脳の神経細胞同士を結んで電気信号を伝導・伝達させる軸索(じくさく)は、髄鞘(ずいしょう)という鞘(さや)に覆われた構造をしています。

この髄鞘は軸索を保護しながら絶縁体としての役割も果たすとともに、電気信号の伝導速度を速める働きをしているのですが、実は出生時の神経細胞の軸索には髄鞘がありません。

脳の神経細胞は、成長に伴って軸索が髄鞘化されていくのです。

そして髄鞘化が完成すると、その脳領域の脳神経ネットワークが成熟し、充分に機能するようになると考えられています。

このように脳の発達にとって神経軸索の髄鞘化は欠かせません。

しかし発達障害の人は、この髄鞘化機能がもともと低下しているというのです。

そのため脳の神経細胞とそれらのネットワークが成熟しにくく、特定の脳領域がうまく機能しない状態が生まれやすくなります。

これが発達障害を生じさせる器質的な要因の一つであると考えられるのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(7)

前回は、「意味性認知症」になると「失語」だけでなく「視覚性失認」も呈しやすいということをお話しし、当院で実施している「視覚性失認」の有無を確かめるテストをご紹介しました。

今回はその続きになります。

 

「意味性認知症」は「アルツハイマー認知症」に間違われやすい

以前もお話したように、特に「意味性認知症」は「失語」症状が「もの忘れ」に勘違いされやすいため、「アルツハイマー認知症」に誤診されやすくなっています。

そのため「意味性認知症」の患者さんに「アルツハイマー認知症」治療薬が投与されているケースが少なくありません。

「意味性認知症」は「前頭側頭葉変性症」に含まれているように「前頭葉症状」が合併しやすい疾患なのですが、「アルツハイマー認知症」治療薬を内服すると、そのような症状を引き出したり、前景化させてしまう場合があるのです。

すると、患者さんが怒りっぽくなったり、落ち着かなくなって多動になったり、興奮しやすくなったりしてします。

「意味性認知症」の患者さんに限らず、このような「前頭葉症状」のある認知症患者さんに「アルツハイマー認知症」治療薬を内服させることは、いわば「火に油を注ぐ」ことになりかねないので、実はとても注意が必要なのです。

いわゆる「前頭葉症状」が前景化してくると、周りにいる人たちは本当に困ってしまい、在宅生活の継続が難しくなることもあります。

また、認知症患者さんを怒らせたり、不隠にさせるようなことは、いわば「もっと悪くなれ」と病気の背中を押すようなものであり、本人の病状をどんどん進行させてしまうことにもなるので、できるだけ避けなければいけません。

したがって、当たり前のことかもしれませんが、特に認知症疾患の治療においては、正しい診断に基づく適切な治療が受けられるよう、スタートラインを間違わないということが非常に大切なのです。

ただ、これまでにお話してきたことを踏まえて出現している症状を観察すれば、少なくとも「意味性認知症を疑う」ことは可能になるのではないでしょうか。

そうすれば「意味性認知症」の診断を受けられる可能性はもちろん、正しい診断に基づく適切な治療を受けられる可能性も高くなります。

繰り返しになりますが、アルツハイマー認知症」の場合は、「記憶障害」つまり「もの忘れ」が発症早期から前景化することがほとんどであり、「失語」症状が出現してくるのは病状がある程度進行した中期以降になります。

また、頭部MRI検査で海馬の萎縮が認められたり、さらに脳SPECT検査で後部帯状回の血流低下が認められる場合には「アルツハイマー認知症」である可能性が非常に高くなります。

ちなみに「アルツハイマー認知症」の脳SPECT検査では、後部帯状回に加えて頭頂葉や楔前部の血流低下も認められることがあり、それらが認められる場合には「アルツハイマー認知症」の疑いがさらに高まります。

このように「アルツハイマー認知症」があるかどうかを判断するには、脳SPECT検査が非常に有用なのです。

これらの検査を通じてしっかり診断できれば、「意味性認知症」の患者さんやその家族が、少なくとも「アルツハイマー認知症」内服薬の安易な投与によって、その副作用に苦しむようなことは避けられるのではないでしょうか。

 

他の認知症疾患に「アルツハイマー認知症」が合併することも少なくない

ただ「アルツハイマー認知症」は単独で発病することもありますが、その他の認知症疾患に合併することも少なくありません。

特に「レビー小体型認知症」では、「アルツハイマー認知症」が約6割合併するという研究報告もあるほどです。

ちなみに「レビー小体型認知症」の親戚である「パーキンソン病」も、経過中に認知症を合併してくることがあり、その場合には「パーキンソン病認知症(PDD)」と臨床診断されますが、「レビー小体型認知症」を発見した小阪憲司先生によれば「パーキンソン病認知症」と「レビー小体型認知症」はほとんど同じ病態だそうです。

そうすると「パーキンソン病」の患者さんが経過中に「レビー小体型認知症」に移行したり、「アルツハイマー認知症」を合併してくることは十分にありえることであり、実際臨床的にもとりわけ珍しいことではないのです。

同じく、「大脳皮質基底核変性症」や「進行性核上性麻痺」そして「意味性認知症」を含む「前頭側頭葉変性症」といったその他の神経変性疾患であっても、「アルツハイマー認知症」を合併していることがたびたびあります。

そしてそれらを診断する時には、「アルツハイマー認知症」の病態が存在しているかどうかを判断するうえで、特に先述した脳SPECT検査が威力を発揮するということは言うまでもありません。

 

「意味性認知症」は医療費助成を受けられる指定難病

「意味性認知症」は「前頭側頭葉変性症」に分類される疾患で難病に指定されているため、役所に難病申請をして認められれば医療費助成を受けることができます。

そのため「意味性認知症」が疑わる場合には難病申請ができるかどうかについて主治医に相談すると良いでしょう。

文末に、難病指定センターによる「意味性認知症」を含む「前頭側頭葉変性症」の診断・治療指針のリンク先を記載しておきますので、是非ご参照ください。

ただ、ここで示されている診断基準の中で申請時に留意すべき点があります。

それは「意味性認知症」は高齢での発症が少なく、発症年齢65歳以下の患者さんを対象にしているという点です。

このため発症・診断の時期が65歳を大幅に越えている場合には、難病認定を受けるのが難しくなるかもしれません。

ただ、家族が症状に気付いて受診し、診断を受けた時には65歳を越えていたとしても、過去を振り返ってみて、実は数年前から発症していたと判断できる場合もあります。

その場合も主治医に相談してみると良いと思います。

 

※難病指定センター「前頭側頭葉変性症(指定難病127)」診断・治療指針ページ(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4841

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(6)

前回は、「失語」の具体的な症状についてお話しするとともに、「失語」症状は「意味性認知症」でなくても出現しやすいものであり、認知症患者さんが合併する症状としては決して珍しくないというお話をしました。

ただ、明らかな「記憶障害」を伴わずに病初期から「失語」症状が前景化している場合には、やはり「意味性認知症」が強く疑われ、その場合には「意味性認知症」において病初期から出現しやすいその他の特徴的な症状についても、簡単なテストで有無を確認していくというお話をしました。

今回は、その続きになります。

 

「意味性認知症」になると「視覚性失認」を呈しやすい

「意味性認知症」になると障害されやすい側頭葉には、言語機能を司(つかさど)る部位のほか、人の顔や建物、風景などを認識・識別する部位があります。

そのため「意味性認知症」では「失語」に加え、人の顔を認識・識別できなくなる「相貌失認」さらには建物や風景を認識・識別できなくなる「街並失認」といった症状が出やすいのです。

この「相貌失認」と「街並失認」は、まとめて「視覚性失認」ともいわれます。

言語機能を司る部位は、右利きの人では左側頭葉、左利きの人では右側頭葉にあることが多いのに対し、人の顔や建物、風景などを認識・識別する部位は、言語中枢とは反対側の側頭葉にあることが多いとされています。

つまり、右利きの人では右側頭葉を、左利きの人では左側頭葉を障害されると「視覚性失認」が出現しやすいのです。

ちなみに左右側頭葉の萎縮・病変の有無やその程度については、画像検査で確認していますが、形態学的には頭部MRIの前額面画像で確認しやすく、機能的な障害については脳血流シンチグラフィーで確認しやすくなっています。

ただ「視覚性失認」の症状があるかどうかについては、「失語」の場合と同じように簡単なテストで確認できます。

以下が、当院で実施している「視覚性失認」の有無を確かめるテストになります。

 

【相貌失認テスト】

有名人の顔写真を提示して「これは誰でしょうか?」

※提示する有名人については患者さんの年齢層を考慮して選択します。

<例>

石原裕次郎」「美空ひばり」「渥美清」「高倉健」「長嶋茂雄」「夏目漱石」「昭和天皇」「聖徳太子」など

 

【街並失認テスト】

国内外の有名な建物や場所の写真を提示して「これは何でしょうか?」

<例>

「東京タワー」「ピラミッド」「自由の女神」「金閣寺」「富士山」など

 

「視覚性失認」テストの実施にあたって

当院ではあらかじめ写真画像を印刷したテストバッテリーを使っていますが、いまはパソコンやスマホを使えば有名人や名所の画像を簡単に検索して提示できると思います。

また有名人や名所の画像でなくても、本人にとって馴染みのある人や場所の画像でも良いでしょう。

実際にこのテストを認知症外来で実施していますが、有名人の名前や名所の名称をスラスラ答えられるという患者さんはわずかしかいません。

大抵の場合、正答できないものがいくつかあります。

この時、テストを実施する側に必要とされるのは、提示した有名人や名所は認識・識別できているのに、その名前や名称が出てこないだけなのか、そもそも有名人や名所を認識・識別できていないのかを見極める視点です。

たとえ名前や名称は出てこなくても、それぞれの特徴を言うことができたり、ヒントで初めの言葉を出せば答えられるといった場合には、それらの認識・識別はできているということになります。

また、正答できなくても本人の様子から、提示された有名人や名所を認識・識別できているのかどうかを推察できることもあります。

これに対して「知らない」「分からない」だとか「誰でしょう?」「見たことない」「行ったことない」といった答えが連発するようであれば「視覚性失認」の存在が疑われます。

ちなみに「視覚性失認」があったとしても「富士山」が分からないという患者さんはほとんどいません。

「富士山」が分からないという場合には、重度の「視覚性失認」があることが疑われ、「意味性認知症」に限らず、その患者さんの認知症疾患の病状はかなり進行していると判断できます。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(5)

前回は、当院で実施している「失語症スクリーニングテスト」と失語症が疑われるよくある回答や反応についてご紹介しました。

また、認知症患者さんの多くが言葉の視覚的理解よりも聴覚的理解の方が障害されやすい傾向があることについてもお話ししました。

今回はその続きになります。

 

「失語」の具体的な症状について

「失語」があると具体的にどのような症状が出現してくるのかについて、ここで一旦整理してみたいと思います。

「失語」とは、言葉を「聞く」「話す」「読む」「書く」ことが障害される症状になります。

もちろん脳の障害される部位やその大きさによって、障害される機能や程度は変わりますが、いくつかの機能が重複して障害されることも多いようです。

以下に、それぞれの機能が障害された時の特徴的な症状についてまとめてみます。

 

①言葉を「聞く」

聴力は正常だが、聞いた言葉の意味が分からない

・特に大勢で話している時に会話の理解が悪くなった

・「難聴」に間違われやすい

・分かる言葉と分からない言葉があるため、いわゆる「都合耳」になった

・そもそも本人が理解できずに伝わっていないことでも、周りの人には「忘れてしまった」と勘違いされやすく「もの忘れ」と表現される場合がある

・話の内容が分からないために、急に怒ったり、笑ってごまかしたり、話を逸らしたりすることがある

・電話で一方的に自分の用件だけを話して切ってしまったり、電話で用件が伝わりにくくなった

・テレビを観なくなった

 

②言葉を「話す」

・言いたい言葉が出てこない、浮かばない(=喚語困難)

・言いたい言葉とは別の言葉を言ってしまう(=錯語)

・直前に自分が言った言葉や相手に言われた言葉を、文脈に関係なく繰り返して言ってしまう(=保続)

・短い文章や単語での表出が増え、長い文章で話すことが難しくなった

口や舌の麻痺(=構音障害)がないのに、話がたどたどしくなった

 

③言葉を「読む」

・文字や文章の意味を読み取り、理解することができない

・漢字は読めるが、ひらがなやカタカナが読みにくい

・新聞や本を読まなくなった

 

④言葉を「書く」

・書きたい文字が思い出せない

・長い文章が書けずに、メモや単語レベルになった

・書き間違いが増えてきた

・漢字や文字を見て書き写すのが難しくなった

・日記などを書かなくなった

 

以上になりますが、もし上記したような症状を持つ人が周りにいらっしゃるのであれば、是非前回ご紹介した「失語症スクリーニングテスト」を実施してみてください。

それでもし「失語」症状が少しでも疑われるようであれば、できるだけ早く認知症専門医を受診することをお勧めします。

 

「失語」症状は「意味性認知症」でなくても出現しやすい

認知症疾患の中で一番多い「アルツハイマー認知症」でも、経過とともに「失語」症状が表れてくることがあります。

ただ「アルツハイマー認知症」の場合は、「記憶障害」つまり「もの忘れ」が発症早期から前景化することがほとんどであり、「失語」症状が出現してくるのは病状がある程度進行した中期以降になります。

アルツハイマー認知症」は記憶中枢である側頭葉内側の海馬の病変が先行し、病気の進行とともに病変が側頭葉前方部へ拡がってくることで初めて「失語」症状が出現してくるからです。

つまり「アルツハイマー認知症」でない他の認知症を伴う神経変性疾患においても、病気が進行して脳の病変が言語中枢のある側頭葉に及んでくれば、当然「失語」症状を呈するようになるということです。

そのため、病気の進行に伴って「失語」症状を合併してくる認知症患者さんというは、決して珍しくはないのです。

ただ、明らかな「記憶障害」を伴わずに病初期から「失語」症状が前景化している場合には、やはり「意味性認知症」が強く疑われます。

その場合には、「意味性認知症」では「失語」の他にも病初期から出現しやすい特徴的な症状があるため、それらの症状の有無を簡単なテストで確認していくことになります。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(4)

前回は、「失語」症状のある人は、言葉の意味が分からなくても、そのことを相手に悟られないように「聞こえないふりをする」「笑ってごまかす」「話をそらす」「急に不機嫌になって怒り出す」「その場からいなくなる」といったふるまいをすることがよくあるというお話をしました。

また、「失語」症状は「もの忘れ」に間違われることがよくあるということもお話ししました。

今回はその続きになります。

 

当院で実施している「失語症スクリーニングテスト」

前回までにお話ししてきたように、「失語」症状は周りにいる人たちから「難聴」や「もの忘れ」に間違われやすいため、「難聴」や「もの忘れ」として表現されることが少なくありません。

そのため当院の認知症外来では、「失語」症状が疑われる患者さんに対して簡単な「失語症スクリーニングテスト」を実施しています。

以下に、実際のテストの課題と失語症が疑われるよくある回答や反応についてご紹介していきますが、これらはすぐに実施できるものばかりですので、もし「失語症」が疑われるような方がいらっしゃったら、是非ご活用していただければと思います。

 

【課題1】

「アフリカに住む首の長い動物は何ですか?」(正答:キリン)

失語症が疑われるよくある回答や反応

 「えっ!?」「ゾウ」「知りません」「そんなとこ行ったことないから…」

 

【課題2】

「『利き手』はどちらですか?」

失語症が疑われるよくある回答や反応

 「『利き手?』…(家族の方を見て助けを求める)」「『利き手』って何ですか?」

 

【課題3】

「『ことわざ』の上を言いますので、下を言ってください」

 ①「猫に」(正答:小判)

 ②「猿も」(正答:木から落ちる)

 ③「弘法も」(正答:筆の誤り)

失語症が疑われるよくある回答:そもそも「ことわざ」という言葉の意味や指示内容が分からない場合もよくあります

 ①「猫に(オウム返し)」「かつおぶし」「鈴」

 ②「猿も(オウム返し)」

 ③「弘法も(オウム返し)」

続けて

「『猿も木から落ちる』の意味は何ですか?」(正答例:何かが「得意・上手」な人でも「油断」すると「失敗」することがある→「 」のような言葉が使えるかどうかを診る)

 

【課題4】

「左手で右の肩を叩いてください」

失語症が疑われるよくある反応

 「左右を間違える」「左右を認識するのに時間がかかる」「肩を叩く力を加減できない」

 

【課題5】

「電話」「はさみ」「鉛筆」「スプーン」「歯ブラシ」などの写真や物品を順番に見せて「これは何ですか?」と名称を言ってもらう

失語症が疑われるよくある反応

 「名称が出ずに物品を使うジェスチャーをする」「名称が出るまでに非常に時間がかかる」

 

【課題6】

「次の漢字を読んでください」

①「団子」②「海老」③「土産」④「七夕」⑤「流木」⑥「喫煙」

失語症が疑われるよくある回答

①「だんし」②「かいろう」③「どさん・とさ」④「しちゆう」⑤「ながれき・りゅうき」⑥「きんえん」

続けて

「『喫煙』の意味は何ですか?」

失語症が疑われるよくある回答

 「タバコを吸ってはいけない」「タバコをやめる」「タバコを吸うところ」

 

【課題7】

「次の文章を読んでそのようにしてください『右手をあげてください』」と書いてあるカードを見せる

失語症が疑われるよくある反応

 「文章を読み上げるだけで何もしない」

 

【課題8】

「『みんなで力を合わせて綱を引きます』と言ってください」

 

【課題9】

書き取り課題:「犬」「イヌ」「猫」「ネコ」「今日は外が晴れています」

 

言葉の視覚的理解よりも聴覚的理解の方が先に障害されやすい

失語症」には様々なタイプがありますが、これらの一連の課題を通じて、言葉の聴覚的理解や視覚的理解、発話、復唱、呼称、書字などに障害がないかどうかを大まかに確認することができます。

これまで1000人以上の患者さんにこのテストを実施してきましたが、その印象として認知症患者さんは言葉の視覚的理解よりも聴覚的理解の方が障害されやすいと感じています。

実際、書かれている文字や文章を見て理解することよりも、相手が話した言葉を聴いて理解することの方ができないことが多いからです。

そのため、このテストを実施するまでもなく、診察中の簡単な会話や問診の段階で「あれっ?」と思うことも少なくありません。

皆さんも相手に「もしかすると意味の分からない言葉があるのではないか?」という視点さえ持ち合わせていれば「失語」症状の有無に気付きやすくなるはずです。

そしてもし「失語」が疑われるのであれば、改めて上記のテスト【課題1】から【課題4】までを実施すれば良いのです。

テスト項目の中でも【課題1】の「キリン」の課題や【課題2】の「利き手」の課題、【課題3】の「ことわざ」の課題は特に引っ掛かりやすい印象があります。

これらの課題は何の道具を準備することもなく、ただ口頭で質問すれば良いだけなので簡単に実施できると思います。

また、「失語」症状のある人でも、これらの課題に全て引っ掛かるという訳ではありません。

特に認知症疾患によって「失語」症状を呈している場合には、全ての言葉の意味が一気に分からなくなるのではなく、脳の病変の進行に伴って意味の分からない言葉が少しずつ増えてくるからです。

そのため実際にテストを実施しても、その時点において当然できる課題とできない課題が出てくるのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

本年から毎週1回の更新になりますが、どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

 

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