認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(18)

前回は、「発達障害の気質」は誰もが持ち合わせているもので「個性」でもあるということ、さらには「発達障害」や「認知症」の診断は本人の状態だけに依拠してなされるわけではなく、社会活動や日常生活に何らかの支障があってはじめて「診断」されるため、家族などの周りにいる人たちや社会・文化の許容性や対応力によって診断の可否が左右される病態・気質でもあるということをお話ししました。

今回はその続きになります。

 

認知症」や「発達障害」は、ある意味「社会の病気」でもある

今回は少し話が脱線します。

家族などの周りにいる人たちや社会・文化の許容性や対応力によって診断の可否が左右されるのは「認知症」も「発達障害」も同じなのですが、このことに考えが及ぶ時、いつも思い出される話があります。

それは、渥美清さんが寅さんを演ずる「男はつらいよ」の映画を観たあるインド人が「これの何が面白いの?」と言っていたことです。

というのも、インドでは寅さんみたいな人ばかりだし、むしろもっとハチャメチャな人がたくさんいるから何が面白いのか分からないということでした。

確かに、寅さんの周りにいる登場人物はみんな真面目でいわゆる常識的な人たちばかりだから話が面白くなるのでしょうし、私たちの周りにも寅さんみたいな人がいないから面白く感じるのでしょう。

そうでなければ、ただのありふれた話になってしまい面白くも何ともなくなってしまいます。

物事や人の評価というのは、あくまで周りにいる人たちの多くに共通する考えだったり、社会通念や常識といったものが基準となって決まっていくものであり、その点では「認知症」や「発達障害」の診断もまったく同じなのです。

つまり「認知症」や「発達障害」の診断というのは、その人が暮らす社会の状態に依拠してなされるため、当然ながらその時々の社会通念や常識によって「認知症」や「発達障害」の診断基準も変化していくのです。

そうであるならば、「認知症」や「発達障害」というのは、ある意味「社会の病気」であるとも言えるかもしれません。

 

発達障害の気質」が強い人が問題なく過ごせるかどうかは周りの人たち次第

このように、その人が暮らす社会の状態が「認知症」や「発達障害」の診断にも影響するのですが、最近の社会風潮について個人的に感じていることがあります。

それは、今回のコロナ騒ぎが始まる前から他人の失言や失敗を許容できなかったり、いわゆる「枠」からはみ出たような人は受け入れられないといった風潮が強まってきているのではないかということです。

このような風潮を反映してか、最近は何ごとも事前に細かいところまでルールが決められたりしており、それでマニュアルばかりが増えてしまって個人的には少々うんざりする気持ちもありますが、そこから少しでもはみ出たものについては「こちらの責任ではなくあなたの責任ですよ」といった具合にです。

そのため分かりきった些細なことであっても、その場その場の判断に委ねて柔軟な対応をするといったことが許されずに、至る所でいわゆる「お役所仕事」的な対応をされることが多くなりましたし、最近よく聞かれる「コンプライアンスが…」などというのもこの風潮を反映したものではないでしょうか。

また、社会の「枠」からはみ出たような個性的な人や社会通念から外れたような考え方だったりするとなかなか受け入れられなかったり、もしくは、少しでも自分とは違った意見や考え方だったりするとそれらを許容できないといったような人が増えてきた気もします。

さらにいえば、最近表向きには「個人の生き方や考え方の多様性を認めなさい!」という声が大きくなっていますが、そのことがかえって「普通ではない異質なもの」とわざわざ「区別」させることを助長させかねませんし、あえてそのような「レッテル張り」でもしなければ、同じ社会で安心して「同居」することさえできないといった人が増えてきたのかもしれません。

かつての日本人には気持ちにもっと大らかさがあり、時間の流れもゆったりしていて、季節の移ろいや情緒を楽しめる余裕があったようにも思いますが、それが生活様式の変化に伴って、だんだんと時間に追われるようになっていき、それで私たちの心にゆとりがなくなってきたのかもしれません。

私自身も「色々な人や考え方があって当たり前だ」という風に普段からもっと大らかに構えて、それぞれの違いを楽しむ気持ちがあってもいいとは思うのですが、確かになかなか思うようにはいかないものです。

いずれにせよ、昔に比べて社会がだんだん窮屈になっていくにつれ、ますます社会の多様性が失われるとともに、その画一化が進んでいるような気がしてなりません。

特に電車に乗った時になど、子供も大人も一様にスマホに熱中している姿を見たりすると、どうしてもその感が強まってしまいます。

個人的には、そんな窮屈で画一的な社会こそ「未熟」であり、「発達障害」に陥っているのではないかとも思ってしまいますが、当然ながらそのような社会になればなるほど「枠」からはみ出て「発達障害」と診断される人は増えていくでしょうし、「発達障害の気質」を持つ個性的な人ほどますます生きづらくなっていくのでしょう。

つまり、社会の在り方や私たちの心持ち次第で、「発達障害の気質」が強い人の生き方は大きく変わっていくのです。

発達障害の気質」を強く持った人であっても、「他人に迷惑をかけることはしない」という最低限のルールには従えるという条件付きではありますが、周りにいる人たちに他人の失敗や個性的な言動をある程度許容しながら、それらを笑顔で見守っていく気持ちがありさえすれば、きっと本人は大きな問題もなく過ごすことができるでしょうし、そもそも「発達障害」の診断を受けるまでにも至らないのかもしれません。

そればかりか周りにいる人たちの心持ち次第で、「発達障害の気質」を強く持つ人ほど有していやすい突出した能力をさらに伸ばし、その得意な能力を活かして逆に社会に貢献してもらえるかもしれないという可能性すら大いに秘めていると言えるのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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発達障害ともの忘れ(17)

前回まで3回に渡り、発達障害の気質が強い人で「もの忘れ」を訴えて受診されてきた3症例についてご紹介いたしました。

今回はその続きになります。

 

発達障害の気質」は誰もが持ち合わせているもので「個性」でもある

これまで「発達障害ともの忘れ」についてお話ししてきましたが、ここで是非お伝えしておきたいことがあります。

それは「発達障害の気質」というのは、決して特定の人だけに見られるものではなく、特性の種類やその強弱の差こそあれ「誰もが持ち合わせているものだ」ということです。

そしてこの誰もが持ち合わせている特性というのは、その人にとっては「欠点」になると同時に「長所」にもなるものだと言えます。

「いつもちょこまかしていて失敗も多いけど、憎めなくて放っておけないんだよね」「気分屋で怒ると手が付けられないけど、何かに没頭するとそれを極めるまでやってしまうんだよね」「時間にルーズだけど、人懐っこくておしゃべりで一緒にいると楽しいんだよね」「飽きっぽいけど、次々と色々なことに挑戦するからとてもエネルギッシュなんだよね」などといった具合にです。

つまり、その人が持つ「発達障害の気質」こそが、その人の性格を彩るものにもなり、その人の「個性」を際立たせる「源」であると同時に「魅力」にもなっていると言えるのです。

そのため、必ずしも「発達障害の気質」を強く持つことが即問題であるとは言い切れません。

これまで、私は「発達障害」と表現せずにあえて「発達障害の気質」と表現してきたのは、このような理由があるからなのです。

また、当院では「発達障害の気質」が認められるような患者さんの場合、診断名として「ASD(自閉スペクトラム症)type」「ADHD注意欠陥多動性障害)type」「ASD+ADHDtype」「ADHD+ASDtype」といった表現を使うことが多くなっています。

これも、「発達障害の気質」は誰もが多少なりとも持ち合わせている特性であるということに加え、その気質が強いことが必ずしも何かしらの問題を引き起こすものではないため「障害」だとは言い切れないこと、一応発達障害の特性を測るテストバッテリーはあるけれども、そのテストの結果によってすぐに「診断」されるようなものではなく、過去の成育歴やその時点で社会生活や日常生活に支障が出るほどの困った症状が出ているかどうかなどについて、総合的に勘案して判断されるべきものだということ、そのため「発達障害」であるかどうかの境目は必ずしも明らかにはなっていないといった理由からであり、それであえて「○○type」と表記するようにしているのです。

 

発達障害」や「認知症」の診断は本人の状態だけに依拠してなされるわけではない

認知症」の診断基準にはICD-10やDSM-Ⅳ-TRなどがありますが、基本的にはいったん獲得した以前の機能レベルから著しく低下していることに加え、「記憶障害のみを呈する例や記銘力や他の認知機能低下を呈している例であっても社会生活や日常生活に支障がない症例は認知症と診断しない」とされています。

つまり「社会生活や日常生活に支障がない」場合には「認知症」とは診断されないのです。

これはASDとADHDについても同様です。

DSM-5におけるASDの診断基準では「症状によって社会や職業またはその他の重要な分野で臨床的に重大な機能障害が起こっていること」、ADHDの診断基準では「症状が社会・学業・職業機能を損ねている明らかな証拠があること」が要件とされているからです。

認知症」も「発達障害」も社会活動や日常生活に何らかの支障があってはじめて「診断」されるのです。

ちなみに当院を受診される認知症患者さんの中には、認知症の病状がかなり進行しているのにも関わらず、はじめて受診されたという人が少なくありません。

脳血管障害や急性発症した疾患の影響、飲み始めたばかりの薬の副作用などで症状が急激に出現したのでなければ、認知症の病状が短期間に進行することはまずないと言えるため、認知症の病状がかなり進行している場合には、少なくとも数年以上前から発症していたものと考えられます。

そうすると、受診される数年前には、おそらく何かしらの認知症の症状や徴候が出ていたはずなのに、家族はなかなか本人を受診させてこなかったりするのです。

臨床的には、「認知症」を疑って患者さん本人が自ら受診されてくることはほとんどなく、同居している家族や周りにいる人が連れて来られることがほとんどなので、身寄りの家族がいなかったり、独居の場合には受診が遅れるのは分かります。

しかし、家族と同居している人の場合でも「何でこんなに進行するまで受診させなかったんだろう」と思わざるを得ないようなケースが実際に少なくないのです。

では、どうして家族はそこまで病状が進行するまで受診させなかったのでしょうか。

確かに家族が患者さんと同居している場合には、本人と毎日のように顔を合わせていたりすると、少しずつ進行していく症状の変化にはどうしても気付きにくくなるため、それで受診が遅れることはあります。

また、家族は病院に連れていきたくても、本人がどうしても嫌がってしまい、それで受診が遅れることもあるでしょう。

しかし、受診が遅れる要因として、もうひとつ挙げられるものがあります。

それは、家族は何となく認知症の症状があることには気付いていたけれど、それはあくまで年相応のもので大したものではないと捉えており、実際に家族もそれほど困っていなかったから、というものです。

たとえ何らかの認知症症状が出ていたとしても、家族にとっては生活に困るような差し迫った状態にならない限り、わざわざ受診させるようなことはしない、という傾向は確かにあります。

しかし、もともと家族関係に問題があり、半ば本人のことを放置していたような場合は別ですが、とても仲が良く、愛情深いような家族であっても、本人の認知症がかなり進行していて、実際には様々な症状が出ていたはずなのに、それを家族が受診を急ぐほどのものとは感じずに、しかもそれほど困ることもなかったので受診するのが遅れたというケースがあるのです。

そのようなケースでは、本人に認知症の症状があったとしても、それが当たり前のこととして捉えられていたり、それらの症状が目立たなくなるように家族が何気なくフォローしていたりして、いわゆる「家族力」が強かったりするのですが、そうであればあるほど受診が遅れがちになるということが実際にあるのです。

「家族力」が強ければ強いほど「じいちゃんまたトボケたこと言ってるよ!あっはっは」「ばあちゃんボケちゃったんじゃないの?あっはっは」などと笑い話で済んでしまうようなことが、きっと増えていくのだと思います。

これは本人にとっては、ある意味とても幸せなことかもしれません。

しかし、認知症疾患の進行を遅らせたり、色々な症状が強くなる前にしっかりそれらを治療して、その後もできるだけ長く症状をコントロールしていくには、専門医への受診は早ければ早いほど有利になるので、そういった意味では喜んでばかりもいられません。

いずれにせよ、社会活動や日常生活に何らかの支障があってはじめて「認知症」と診断できる、といった診断基準に厳密に則れば、どんなに本人の症状が進行していたとしても、生活していくうえでは大きな問題になっていなかったり、家族など周りにいる人たちがまったく困っていないのであれば、「認知症」とは診断できないことになります。

つまり、「認知症」の診断は、本人の病状ばかりだけでなく、出現している症状によって果たして生活に支障が出ているのか、家族は実際に困っているのか、といったことからも判断されることになるため、出現している症状について家族が許容できているのか、あるいはうまく対応できているのか、といった点にも大きく左右されるのです。

さらにいえば、「人間」というのは、まさしく人と人の間で生きているのであり、人との交流や人間関係の中でこそ、その人らしさや能力を発揮できたり、評価されたりします。

そうであるならば、その人の精神機能というのは、社会の中でこそ評価されることになるため、「認知症」という精神疾患も社会の中でこそ問題になったり、顕在化するものなのでしょう。

つまり、まったく同じ病状であっても、家族などの周りにいる人たちや社会・文化の状態によっては「認知症」と診断できるかどうかも変わってしまうということであり、「認知症」というのはそれだけ周りの人たち次第で診断が決まってしまうような病態なのです。

そしてこれは「発達障害」についてもまったく同じことが言えるのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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発達障害ともの忘れ(16)

前回から、発達障害の気質が強い人で「もの忘れ」を訴えて受診されてきた実際の症例についてご紹介しています。

今回は3人目の症例についてです。

 

(症例3)「もの忘れ」を主訴に来院された40代女性

夫と別居中で実家で両親と3人で暮らしている方ですが、ここ数か月で記憶力と注意力の低下、イライラ感の増強があり、当院を受診されました。

以下にまず、症状や神経学的所見、画像検査結果などについてまとめます。

 

【症状など】

・もともと大学卒業後、IT企業でシステムエンジニアの仕事をしていたが、仕事量が多いことに加え、年齢とともに仕事内容が高度化して残業が増えてきたことや、他人をまとめたり、指導する立場にもなったことからストレスが溜まっていき「うつ病」を発症してしまう。精神科で治療を受けるものの会社は退職し、その後は在宅でコンピュータシステムに関する仕事をするようになったが、数か月前から注意が散漫になって集中力が持続しなくなり、思うように仕事が進まなくなってきた。最近はさらに注意力が低下し、物を置いた場所を忘れてしまうなどのひどい「もの忘れ」も出てきた。また、感情の起伏が激しくなり、イライラすることが多くなっている。精神科には今も通院している。

・昔から体調が悪くなるとうつっぽくなったり、注意力が落ちてワーキングメモリーが小さくなるのを感じていたが、これほど忘れっぽくなるようなことはなかった。メモ帳がないと買い物ができないほど。新しいことが覚えられなくなった。

・何か作業を始めると、他のことが気になってしまったり、しなければならないことがあるとそれに気をとられてしまう。若い時には同時に2つのことをやれていたが、年齢とともにだんだん苦手になってきた。

・イライラが増すと、その他の症状も強くなってしまう。

・もともと多動系で注意散漫な面があり、自分でも発達障害の気質があると思っていた。

・結婚しているが夫とは別居している。夫は「うつ病」と「アルコール依存症」で無職。(その後離婚される。)

・最近実家に戻ってきた。親にも自分以上に発達障害の気質があり、その言動にいつも振り回されている。

 

【神経学的所見・画像検査など】

・指を順番に曲げ伸ばしする(指数え)テスト:両側ともスムースで、対側手指の明らかな鏡像運動は認めず。

・指節運動失行テスト:両手指ともスムースに模倣できたが、両側とも運動時に対側手指の明らかな鏡像運動を認めた。

・固縮:両側とも軽度あり。

・歩行:軽度すり足と両手の振りの減少あり。

・動作緩慢:軽度あり。

・仮面様顔貌:あり。

・瞬目減少:あり。

・マイヤーソン徴候:あり。

・改訂長谷川式簡易知能評価スケール:30/30点。

・成人期ASD自閉症スペクトラム障害検査:境界域。

・成人期ADHD注意欠陥多動性障害検査:陽性。

・頭部MRI検査:問題なし。

・脳SPECT検査(脳血流シンチグラフィ):明らかな血流低下なし。

・MIBG心筋シンチ検査:問題なし。

 

初診時の主な訴えとしては、以前勤めていた会社で仕事のストレスから「うつ病」を発症し、それからずっと精神科に通院しているものの、最近注意散漫やイライラ感が強くなり、それに伴ってひどい「もの忘れ」が出てきたというものでした。

この方はもともと自分にADHDの気質があることを把握しており、体調が悪くなるとADHDの症状が強くなって、忘れっぽくなったり、イライラ感が増したり、うつっぽくなっていたそうですが、ただ最近はこれまでにないほど「もの忘れ」が強くなり、仕事にも支障をきたすようになってきたため当院受診に至りました。

以前IT企業に勤務している時、仕事のストレスがきっかけで「うつ病」を発症していることから、今回もストレスがきっかけで「もの忘れ」をはじめとする症状が前景化しているのではないかと考えられました。

そして実際に問診から、最近夫と別居したことに加え、実家に帰ってきたけれども親にも発達障害の気質があってその言動に振り回されていることが分かり、それが本人にとって大きなストレスになっていると考えられました。

神経学的所見としては、両側手指に鏡像運動が認められたほか、両側とも軽度固縮があり、歩行時には軽度すり足と両手の振りの減少があること、動作緩慢、仮面様顔貌、瞬目減少、マイヤーソン徴候が認められるといったパーキンソン症状がありましたが、頭部MRI、脳SPECT検査、MIBG心筋シンチではいずれも明らかな異常所見は認められず、パーキンソン病関連疾患は否定されたため、出現している軽微なパーキンソン症状は生来のASD由来のものか、内服している向精神薬の副作用による薬剤性のものと考えられました。

また、改訂長谷川式簡易知能評価スケールは満点であり、テスト上は明らかな低下が認められませんでしたが、成人期ASD検査成人期は「境界域」、ADHD検査は「陽性」という結果であり、問診の内容と神経学的所見からADHD気質を優位にASD気質も軽度有している可能性が高いと考えられました。

また、この患者さんは「うつ病」で現在も精神科に通院していますが、これも発達障害の気質がある可能性を後押ししていました。

発達障害の気質が強い人は、精神科や心療内科への通院歴があることが少なくないからです。

おそらく発達障害の気質が強い人は、その時その時の状況や感情に左右されやすかったり、思考があちこちに飛んで考えがまとまりにくい傾向があることから、いわゆる思考が「堂々巡り」して「うつ」になりやすい傾向があるのです。

しかし、それで精神科や心療内科を受診して向精神薬を処方されても、「うつ」の症状は一向に改善しないということが少なくありません。

そもそも出現している「うつ」の症状が発達障害の気質に起因しているものであれば、「うつ」を軽減させるためには発達障害の気質を「整える」アプローチをしなければなりませんが、そのことが分からないと前景化している「うつ」症状だけに焦点を当てられてしまいやすいからです。

しかも、発達障害の気質が強い人には「薬剤過敏性」があることが多く、向精神薬を常用量で内服すると効きすぎてしまったり、副作用が大きく出てしまうことがあります。

するとかえって体調が悪くなってしまうので、向精神薬の内服はもちろん通院するのもやめてしまい、それでまた別の病院を受診するといったことを繰り返す「ドクターショッピング」に陥りやすい傾向もあるのです。

これにはもちろん、発達障害の人がもともと持ち合わせていることが多いいくつかの気質も関与していると思われます。

例えば、薬の効果が出るまで「待てない」気質だったり、「新しいこと」が出てきたり「あっちの方が良さそうだ」と思うとすぐそれに飛びついてしまうような気質、またそれまでお世話になっていた人との関係を「平気で絶つ」といったような義理人情に薄い気質などです。

こういったことから私たちは、もし既往・現病歴に「精神科や心療内科への通院歴」や「ドクターショッピングの傾向」があれば、その患者さんには発達障害の気質がある可能性についても考慮しなければならないと考えています。

これらのことを総合的に踏まえて、この患者さんにはADHD優位に発達障害の気質があり、それが生活環境の変化や同居している親の言動から受けるストレスがきっかけで「注意障害」が増悪し、結果的にひどい「もの忘れ」様の症状が出てきたのではないかと考えられました。

 

【診断】

ADHD+ASD type

 

【治療経過】

この患者さんはIT企業でリーダー的な仕事を任されていたこともあり、非常に知的レベルが高く、毎回自分の症状やその経過について的確に表現してくれるので、比較的スムースに治療を進めていくことができました。

前回の診察で医師に指摘されたり、勧められたことについては、次の診察までにしっかり勉強し、それを実践された感想をお話ししてくれるばかりでなく、薬の効果についても「このような症状には効果がありましたが、このような症状にはあまり効果がありませんでした」といったように具体的にお話ししてくれるのです。

そのため他の患者さんの治療にも役立つような示唆的な内容になっており、とても参考になっています。

診察を重ねていくうちに、この患者さんにとって一番のストレスは同居している親の言動であることが分かりました。

しかし、諸事情があって親とは別居できないということだったので、親から受けるストレスをいかにコントロールしてイライラを抑えるかが治療の一番のポイントになりました。

ただ、この患者さんは「知覚過敏性」が強く、日常生活の中で普段体感している「臭い」「暑さ」「騒音」などに対して特に反応しやすくなっており、それらもストレスになってイライラを増強させる要因になっていました。

さらに心身の調子が悪い時には、この「知覚過敏性」が増強する傾向があるため、いわば「イライラの悪循環」に陥りやすい傾向もありました。

ちなみに、この「知覚過敏性」はASD気質の人が持ち合わせやすい特質のひとつになっています。

そのため「色彩」「味」「香り」「音」などに対する「鋭敏さ」を活かした仕事をしている人も多いのですが、この患者さんについてはそれがイライラを増強させる要因になっていました。

そこで、イライラを抑え、気持ちを穏やかに整えてくれる作用がある「甘麦大棗湯」と「抑肝散」を1日3袋ずつ処方し、症状に応じて自分で内服を調節してもらうようにしました。

すると、体調や季節、親の突発的な言動、コロナ騒ぎなどによって症状が増強するなど波はあるものの、「もの忘れ」を含めて全体的な症状が徐々に軽快していきました。

また「知覚過敏症」に対しては、それまでも自分なりに「騒音」や「臭い」を感じにくくする工夫をしていましたが、経過中に発達障害の症状を整える作用のあるサプリメント(フェルラ酸とグリセロホスホコリンを含有)をお勧めしたところ、それがこの患者さんの体質にはとても合っていたようで、結果的に「知覚過敏性」が緩和され、全体的な症状の改善に役立ってくれました。

そして現在も治療を続けながら、さらなる症状の改善に取り組んでいます。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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発達障害ともの忘れ(15)

前回から、発達障害の気質が強い人で「もの忘れ」を訴えて受診されてきた実際の症例についてご紹介しています。

今回は2人目の症例についてです。

 

(症例2)「もの忘れ」を主訴に来院された40代男性

妻と子供と3人で暮らしている方ですが、この1年でもの忘れがだんだんひどくなり、仕事にも支障をきたすようになってきたため、当院を受診されました。

以下にまず、症状や神経学的所見、画像検査結果などについてまとめます。

 

【症状など】

・最近、忘れ方と忘れる頻度がひどくなった。前は言われれば「あ~」と思い出したが、今は言われても記憶がすっぽり抜けていることがある。仕事面で2~3週間前のことがすっぽり抜けてしまったりする。

・仕事で新しく任されたことがあるが、仕事面で支障をきたすのが怖い。書類整理ができなくなったりする。

・頭にもやがかかったようで何となくスッキリしない。

・夜勤があり、生活リズムが一定でないが、比較的夜間は良眠できている。ただ、いびきと歯ぎしりがある。夢は見ない。

・朝起きるのが怖い。自律神経障害のよう。

・疲れやすい。すごく眠くなる。バイク通勤しているが、途中でバイクを止めて居眠してしまうことがある。

・名前を言われても顔が浮かばない。

・1年くらい前から言葉が出づらくなった。

・カウンセラーに「うつ」傾向だと言われた。

・もの忘れは1年くらい前からだが、もともと小さい時から忘れっぽい性格で、財布や保険証、受験票など大事なものを失くしてしまったり、忘れ物をすることが多かった。もともと何かをやっていても、1つのことに集中できず、あれこれ空想してしまう傾向があった。

・小さい時からムズムズ足があった。最近もたまに症状が出る。

・以前は1つ目標を決めると、それに向けて集中できていたが、この年齢になって目標がなくなってしまい、何か張り合いがなくなってしまった。新型コロナ騒ぎもあって、さらに気持ちが落ちてしまった。

・学生の時にテニスをしていて、社会人になってからも趣味でテニスを続けているが、最近は運動できていない。

・子供にも本人と同じような気質がある。ストレスに弱く、何か注意するとそれがまたストレスになって、感情をコントロールできなくなってしまう。

 

【神経学的所見・画像検査など】

・指を順番に曲げ伸ばしする(指数え)テスト:右手指がやや拙劣で、両側とも運動時に対側手指の鏡像運動を軽度認めた。

・指節運動失行テスト:両手指ともスムースに模倣できたが、両側とも運動時に対側手指の鏡像運動を軽度認めた。

・固縮:右側のみ軽度あり。

・手指の安静時振戦:右手優位に両側あり。

・仮面様顔貌:あり。

・Oily Face:あり。

・動作緩慢:軽度あり。

・歩行:軽度前傾位ですり足あり。両手の振りが減少。

・改訂長谷川式簡易知能評価スケール:30/30点。

・成人期ASD自閉症スペクトラム障害検査:陰性。

・成人期ADHD注意欠陥多動性障害検査:陽性。

・頭部MRI検査:問題なし。

・脳SPECT検査(脳血流シンチグラフィ):血流低下なし。

・MIBG心筋シンチ検査:問題なし。

 

主な症状としては、最近忘れっぽくなり、仕事や日常生活で支障をきたすようになってきたほか、頭がスッキリせず、夜は眠れてはいるものの日中に急な眠気が出て、バイク通勤中にバイクを止めて居眠りすることもあるほどでした。

睡眠については、夜勤のある仕事をしているため、生活サイクルが一定でなく、また睡眠中にイビキと歯ぎしりがあったりして、睡眠の質はとても高いとはいえない状態でした。

また最近は、朝起きるのが怖いと感じるほどになっており、カウンセリングで「うつ」傾向があることを指摘されています。

年齢とともに目標や生活の張り、気力がなくなってきたところに、新型コロナ騒ぎによって日常生活がさまざまな制約を受けたことがきっかけで「うつ」傾向になったと考えられ、それほどまで大きなストレスを知らず知らずに受けていたことになります。

さらに、新たな仕事を任されたこともストレスになっていると考えられました。

神経学的所見としては、両側手指に鏡像運動が認められたほか、右側に軽度固縮があり、歩行時には両手の振りが減少する、仮面様顔貌、Oily Face、手指の安静時振戦といった軽度のパーキンソン症状が認められましたが、頭部MRI、脳SPECT検査、MIBG心筋シンチではいずれも異常所見は認められず、パーキンソン病関連疾患は否定されました。

また、改訂長谷川式簡易知能評価スケールは満点であり、テスト上は明らかな低下が認められませんでしたが、成人期ADHD検査は「陽性」という結果であり、問診の内容と神経学的所見から発達障害の気質、特にADHD気質を優位に有しており、さらに軽度のパーキンソン症状があることからASD気質も軽度有している可能性が高いと考えられました。

特に、小さい時から忘れ物が多く、注意散漫な傾向があったり、発達障害の方に合併しやすい「ムズムズ脚症候群」や良質な睡眠習慣がないことも、その可能性を後押ししています。

また、発達障害の気質を持つ方はもともとストレスに弱い傾向がありますが、この方の気質を引き継いでいると考えられるお子さんは特にストレスに弱く、怒られると感情のコントロールができなくなるということから、やはり患者さん本人もストレスにもともと弱かったのだと思われます。

したがって、この患者さんには発達障害、特にADHDの気質が強くあり、新型コロナ騒ぎによるさまざまな制約や新しく仕事を任されたことなどが大きなストレスとなり、それがきっかけで「注意障害」の増悪による「もの忘れ」様の症状が出てきたのではないかと考えられました。

 

【診断】

ADHD+ASD type

 

【治療経過】

このような患者さんに対して、前回当院では漢方薬をよく使うということをお話ししました。

発達障害の気質が強い方は「薬剤過敏性」を有していることが多く、いわゆる「西洋薬」では効きすぎてしまったり、副作用が出やすくなるからです。

しかし、もちろん「西洋薬」も工夫しながら使用しています。

この患者さんは、日中に急な眠気が出たり、頭がスッキリせず、仕事中に集中力が続かないことから、もともと持っている「注意障害」が前景化して、いわば「うわの空」になりやすく、そんな状態では何かあってもそのことをインプットできずに覚えられないため、一見「もの忘れ」が出てきたように感じられるのではないかと考えられました。

つまり日中、一見起きているようでも「覚醒度」は落ちたり、また戻ったりと波を打っている状態であり、「覚醒度」が落ちていると、さらに注意散漫になってしまうため、その間のことは「全く覚えていない」ということになりうるのです。

そのため「もの忘れ」を改善させるためには、日中できるだけ「覚醒度」が落ちないようにすることが大切になります。

そこで治療としては、まず日中の「覚醒度」を保つために、脳内のアセチルコリン量を増加させ、神経の情報伝達を促進させるとともに、前頭葉をはじめとする脳全体の血流を上げる効果のある「リバスチグミン4.5mg(1日1回)」を使うことにしました。

「リバスチグミン」は「アルツハイマー認知症」の治療薬ですが、いわゆる「ボーっとしていて活気がない」ような患者さんには効果的なので当院ではよく使っています。

ちなみに「リバスチグミン」は飲み薬より、皮膚から薬効成分が吸収されるパッチタイプの方が血中濃度が一定に保たれやすく、さらに効果が得られやすい印象があるため、皮膚が弱くてかぶれやすい方でなければ、まずは「リバスチグミンテープ」の方を選択するようにしています。

また、「覚醒度」の変動をもたらす要因にはさまざまなものがあるのですが、その中でも特に大きな影響を与えるものとして「睡眠」と「便通」が挙げられます。

この患者さんの場合、特に夜間の「睡眠」が質・量ともに不十分であるため、そこへのアプローチは欠かせませんでした。

そこで、まずはじめに漢方薬の「抑肝散(2.5g)1包(就寝前)」を処方したのですが、効き目がイマイチだったため途中から「ラメルテオン2mg(就寝前)」に切り替えています。

「ラメルテオン」は睡眠導入剤ではありますが、睡眠を司るホルモンの「メラトニン」に働きかけて体内時計を整えてくれる新しいタイプの薬であり、従来の睡眠導入剤に比べると身体への負担も少ないため、当院ではよく選択しています。

さらに「ラメルテオン」の常用量は8mgですが、患者さんに「薬剤過敏性」があることが多いことから、薬が効きすぎてしまったり、副作用が出ないようにするため、大抵の場合、当院ではその4分の1量の2mgから開始するようにしています。

それでも十分な効果が得られることが多いのです。

この患者さんの場合も「ラメルテオン2mg(就寝前)」に切り替えたところ、「睡眠」の質が改善し、ぐっすり眠れるようにはなりました。

ただ、この患者さんには夜間頻尿があって毎晩最低2回はトイレに起きてしまうため、それによってどうしても「睡眠」が妨げられてしまうという問題が残りました。

そこで夜間頻尿を整える作用のある「牛車腎気丸(2.5g)1包(就寝前)」を追加することにしました。

「牛車腎気丸」は「八味地黄丸」に「牛膝」と「車前子」が加味されたものですが、八味地黄丸」と同じく「ムズムズ脚症候群」にも効果があるとされています。

さらに「牛車腎気丸」には、全体的に「活力」を上げる効果が期待できるため、「うつ」傾向で「疲れやすさ」もあるこの患者さんにはこちらの方が合っていると考えられたのです。

すると夜間、トイレで起きるのが多くても1回だけに減り、睡眠の質・量ともに改善させることができました。

それに伴い、日中急な眠気を覚えることがだんだんなくなっていき、少しずつ「活力」も出てきたのです。

そして肝心の「もの忘れ」についても、まだ「忘れる」ことはあるけれども、以前に比べればその頻度や程度が改善し、少なくとも仕事をしていて「怖い」と思うようなことはなったそうです。

さらに今では投薬治療と並行して、妻と一緒にウォーキングや筋トレ、ストレッチなどの運動に取り組んだり、主食を玄米にするなど食事にも気を付けるようになり、さらなる症状の改善に取り組んでいるのですが、この患者さんは以前に比べると明らかに診察時の雰囲気が全体的に軽やかで、シャープになったと私たちは感じています。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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発達障害ともの忘れ(14)

前回は、患者さん本人の訴えに家族が「共鳴」してしまうと、本人の症状をさらに「増幅」させかねないこと、本人や家族に「待てない」気質があると、目の前に表れる症状に振り回されて薬を勝手に調節してしまうことがあるため、そうなるとさらに治療が難渋しやすくなること、本人や家族が診察時に自ら良くなった点を話すようになったら、それがターニングポイントになって病状が好転していくことが多いことなどについてお話ししました。

今回からは、実際の症例をご紹介していくことにします。

 

(症例1)「もの忘れ」を主訴に来院された40代女性

夫と娘と3人暮らしでフルタイムで働いている方ですが、最近、仕事で前日に対応したお客さんのことや日常的にしている会話の内容などを忘れてしまうようになったため心配になり、当院を受診されました。

以下にまず、症状や神経学的所見、画像検査結果などについてまとめます。

 

【症状など】

・仕事で前日に情報収集したお客さんのことを忘れたり、同じミスを繰り返して上司に怒られるようになった。最近は注意しているが、それでも何か忘れていないか怖くなる。

・子供とした会話の内容を忘れてしまう。

・先日、病院で検査予約をしたことを忘れてしまい、数日後に予約票を見て思い出した。

・どもることが多くなった。言葉がスムースに出てこない。

・子供が言うことを聞かないと怒るが、最近は疲れてしまって「もういいよ」となってしまう。

・集中力がなくなった。

・思い出そうとすると後頭部に違和感が出るのでやめてしまう。

・目の周りがピクツクようになった。

・睡眠はとれている。夢はたまに見る程度で、寝言やいびきなどはない。

・仕事が忙しい時期ではあるが、去年は大丈夫だった。仕事のストレスは特に感じていない。

・もともとおっちょこちょいでせっかち、あわてんぼうではあるが、子供の頃は特に忘れ物が多いというほどではなかった。もともと運動神経はあまり良くない。

・下肢にしびれがあって整形外科を受診したら、亜鉛不足を指摘されて内服している。

 

【神経学的所見・画像検査など】

・指を順番に曲げ伸ばしする(指数え)テスト:右手指がやや拙劣で、両側とも運動時に対側手指の軽度な鏡像運動を認めた。

・指節運動失行テスト:両手指ともスムースに模倣できたが、両側とも運動時に対側手指の軽度な鏡像運動を認めた。

・固縮:右側のみ軽度あり。

・眼球運動:制限なし。

・マイヤーソン徴候:なし。

・歩行:右手優位に両手の振りが減少。

・改訂長谷川式簡易知能評価スケール:29/30点(5つの物品記銘で4つ正答)。

・成人期ASD自閉症スペクトラム障害検査:境界域。

・成人期ADHD注意欠陥多動性障害検査:境界域。

・頭部MRI検査:問題なし。

・脳SPECT検査(脳血流シンチグラフィ):血流低下なし。

・MIBG心筋シンチ検査:問題なし。

 

主な症状としては、最近忘れっぽくなり、仕事や日常生活で支障をきたすようになっているほか、目の周りのピクツキや下肢のしびれがあるということでした。

また、もともとおっちょこちょいでせっかち、あわてんぼうの性格で、仕事のストレスは感じていないものの、今は仕事が忙しい時期のことでした。

ただ「目のピクツキがある」ことから、ストレス過多になっていることも考えられました。

この「目のピクツキ」は「眼瞼ミオキミア」と呼ばれるもので、まぶたの下にある眼輪筋が自分の意志とは関係なく勝手に収縮して生じるのですが、その原因としては、疲労や睡眠不足、自律神経の乱れ、栄養不足(マグネシウム、ビタミンA・B6・B12など)、そして心因的ストレスが考えられています。

したがって、この患者さんは体調や仕事の忙しさによって、知らず知らずのうちに疲労や睡眠の質の低下、自律神経の乱れが生じ、心身ともにストレスが加わった結果「眼瞼ミオキミア」を起こしている可能性が高く、いずれにしてもストレス過多になっていることが考えられました。

神経学的所見としては、両側手指に鏡像運動が認められたほか、右側に軽度固縮があり、歩行時には右手優位に両手の振りが減少するといった軽度のパーキンソン症状が認められましたが、頭部MRI、脳SPECT検査、MIBG心筋シンチではいずれも異常所見は認められず、パーキンソン病関連疾患は否定されました。

また、改訂長谷川式簡易知能評価スケールは29点であり、テスト上は明らかな低下が認められませんでしたが、成人期ASD検査と成人期ADHD検査はいずれも「境界域」という結果であり、問診の内容と神経学的所見から発達障害の気質を有する可能性が高いと考えられました。

特に、生来の性格に加えてASDに合併しやすい軽度のパーキンソン症状を有すること、MIBG心筋シンチ検査でパーキンソン病関連疾患が否定できること、そして鏡像運動が認められることが発達障害の気質を有する可能性を高めています。

したがって、この患者さんには発達障害の気質があり、本人は感じていないけれども「目のピクツキ」が生ずるほどのストレスを受けていることで、いわゆる「もの忘れ」が生じているのではないかと考えられました。

正確に言えば「もの忘れ」ではなく、「注意障害」の増悪による「もの忘れ」様の症状をです。

 

【診断】

ADHD+ASDタイプ

 

【治療経過】

このような患者さんに対して、当院ではよく漢方薬を使います。

発達障害の気質を持つような方は、もともと「薬剤過敏性」を持っていることが多く、いわゆる「西洋薬」では副作用が出やすいからです。

また、この症例の患者さんは以前、別の症状に対して漢方薬を使ったら「とても良い感じ」がしたそうなので、漢方薬が合っている体質だと考えられました。

そこでまずは「甘麦大棗湯(2.5g)3包(毎食前)」と「酸棗仁湯(2.5g)1包(就寝前)」から始めてみたのですが、するとすぐに「もの忘れ」症状は落ち着いてきました。

また、以前からあった「足のしびれ」が、実は「むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)」ではないかと考えられたため、その後「抑肝散(2.5g)3包(朝食前・昼食前・就寝前)」と「レグナイト錠(100mg)1錠(夕食後)」も追加したところ、「足のしびれ」も緩和していきました。

実は発達障害の気質を持つ方には「むずむず脚症候群」や「レム睡眠行動障害」が合併しやすいため、すぐにそうではないかと疑うことができました。

ちなみに、「むずむず脚症候群」や「レム睡眠行動障害」のある方は夜間の睡眠の質が下がっていることが多く、そのためまずは睡眠の質を改善させる効果がある「抑肝散」を使うことが多くなっています。

「抑肝散」にはいわゆる「疳の虫(かんのむし)」を抑えて気持ちを穏やかにする作用があり、それが睡眠の質を改善するのにも役立つため、「認知症」の発症・進行を予防したり、症状を緩和させる効果があるのです。(認知症と睡眠については過去の記事も是非ご参照ください→認知症と「睡眠」についての記事一覧

そして、この患者さんは最終的に「酸棗仁湯(2.5g)1包(就寝前)」と「抑肝散(2.5g)3包(朝食前・昼食前・就寝前)」のみで「もの忘れ」と「足のしびれ」の症状が落ち着くようになり、現在まで至っています。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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発達障害ともの忘れ(13)

前回は、パーキンソン病の人は「暗示にかかりやすい」傾向があるため、治療ではそれを利用して得られる薬の効果を大きくするような声掛けをすることがあること、心配性の患者さんは診察時に悪いことしか言ってこないことがあり、そのような場合には治療に難渋しやすいこと、本来治療を進めていくうえで必要な協力が得られそうもない家族の場合には、スタッフはあらかじめそのことを心づもりして対応した方が良いことなどについてお話ししました。

今回はその続きになります。

 

家族が本人の訴えに「共鳴」することが、さらに本人の症状を「増幅」させる

前回までにお話ししてきたように、パーキンソン症状のある患者さんは総じて「ストレス」に弱く、普段一緒に過ごしている「家族の気質」や「家族による対応」には特に影響を受けやすいため、それらが患者さんの困った症状を前景化・増悪させていたりするケースが少なくありません。

一緒に生活している家族が本人の訴えを鵜呑みにしたり、訴えに振り回されてしまうと、いわば家族が本人の訴えに「共鳴」することになって、それがさらに本人の症状を「増幅」させてしまうからです。

そのため家族にはそうしないことはもちろん、できるだけ良くなった点を指摘したり「褒める」ことを心掛けるようお願いしているのですが、家族によってはそのことがどうしても理解できなかったりします。

また、たとえ理解はできていたとしても、それが実行できないのです。

目の前で何かが起こると、それにすぐ反応してしまい、どうしても「ひと呼吸」おいてから対応するということができなくなってしまうからです。

このような場合には、患者さん本人と同じように家族の気質にも何らかの特性があるものと理解しています。

 

「待てない」気質が治療を難渋させる薬の自己調整をもたらす

また、処方された薬を自分で勝手に調整してしまったりするのも、このような患者さんやその家族に多いという印象があります。

確かに薬の効果がすぐに表れる場合もありますが、薬によっては1~2週間飲み続けてみないと効果が分かりません。

ましてや、このような症例の患者さんの場合は「薬剤過敏性」を有していることが多いため、薬を開始するにしても微量(薬によっては常用量の10分の1くらい)からになったり、増量する時にも微量で調整していくことになります。

すると、内服薬の血中濃度が安定した状態で、さらには、本人が経過中に受ける様々な因子(他人の言動・体調・身近な人に起こった出来事・天候・気圧・月の満ち欠けなど)からの影響を差し引いたうえで、しっかり薬の効果を見定めていくためには、どうしても1~2週間は必要なのです。

それにも関わらず、このような症例の患者さんや家族の場合には、どうしてもそれまで「待つ」ことができず、目の前に表れる症状に振り回されて薬を勝手に調節してしまうことがあるため、それでさらに治療が難渋しやすくなってしまうのです。

 

患者さんや家族が自ら良くなった点を話すようになったら、それがターニングポイントになる

私たちは、このような患者さん本人や家族の持つ特性を理解し、時には我慢強く訴えに耳を傾けながら、褒めたり励ましたりして、まずはお互いの信頼関係を構築していくことを目指しますが、いわゆる「みんなが落ち着いてくる」までには、半年から1年以上かかることも珍しくはありません。

患者さんやその家族が自ら良くなった点を話すようになったら、それがターニングポイントとなってどんどん症状が好転していきます。

ただ、その前に突然通院してこなくなることも多くありますが・・・。

このようなことから、私たちは家族も含めて本人の気持ちを「前向き」にさせるような声掛けを特に心掛けていますが、これはすべて心身ともに「気分」や「気持ち」に影響されやすいからなのです。

実際に、家族の対応が変わるだけで、本人の症状が落ち着くばかりか、身体の動きも改善したりするので、それにはいつも驚かされます。

そして介護負担が軽減し、家族が落ち着いてくると、時間的にも体力的にも気持ち的にも余裕ができて、さらにケアの質が向上していくという好循環が生まれ、それによってさらに症状が改善してくると、本人も家族もさらに落ち着いていくことになるのです。

そうなればもうこっちのものです。

当然ながら投薬治療による効果も大きくなるため、それまで困っていた症状が大きく改善していくことになるからです。

認知症を伴う神経変性疾患の治療においては、まさしく「投薬治療」と「ケア」が両輪であり、両方がうまく回らないとなかなか症状が改善していかないのです。

発達障害タイプの人たちが訴える「もの忘れ」の治療も、この点についてはまったく同じです。

ましてや発達障害タイプの人が「もの忘れ」を前景化させる原因というのは、「ストレス」であることがほとんどであるため、家族をはじめとする周りの人たちの理解と協力が、治療においては大きな威力を発揮するのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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発達障害ともの忘れ(12)

 

前回は、ドーパミンが少なくなっているかどうかは、パーキンソン病発達障害の人に限らず、ドーパミンの機能が落ちることで生じる「パーキンソン症状」が認められれば、その可能性が考えられること、そしてその病態としてはレビー小体型認知症大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺などの神経変性疾患や脳血管障害(血管性パーキンソニズム)、薬の副作用(薬剤性パーキンソニズム)なども挙げられるが、実は加齢によってもドーパミンは減少するため、高齢になるほどパーキンソン症状を呈しやすくなるというお話をしました。

また、ドーパミンが十分に機能しないためにパーキンソン症状を呈している群というのは、総じて「気分」や「気持ち」に影響されやすく「ストレス」にも弱い傾向があり、さらには「認知症」や「もの忘れ」を呈しやすい群にもなっているため、その治療においては、本人が心地良く思ったり、気持ちが「前向き」になるような肯定的な言動を心掛けたり、できるだけ本人に「ストレス」を与えるような否定的な言動は避けるといった周りの人による「ケア」がとても大事になるというお話もしました。

今回はその続きになります。

 

パーキンソン病の人は「暗示にかかりやすい」傾向がある

前回までにお話ししてきたように、ドーパミンが十分に機能していないと「気分」や「気持ち」に左右されやすいため、実はパーキンソン病の人には「暗示にかかりやすい」傾向があるのですが、このことを治療に利用することがあります。

例えば「この薬はとても効きますよ!」といって薬を出すと、得られる効果が大きくなりやすいのです。

また多愁訴の傾向があって「不眠」や「頭痛」「めまい」などの訴えがあるけれど、内服薬をこれ以上増やしたくないような時には、同じように「この薬は本当に効きますから!」などといって、ただの「乳糖」を処方することもあります。

すると、ただの「乳糖」なのに症状が緩和したりするのです。

それだけパーキンソン病の人は症状が「気分」や「気持ち」に左右されやすいということなんでしょう。

そのため診察時には、できるだけ悪いことには焦点を当てず、良くなった点だけを指摘するようにしています。

先生やスタッフが「すごいですね」「良かったですね」などと褒めたり共感したりすることが、病状を軽快・好転させるのにとても有効なのです。

 

診察時に悪いことしか言ってこない患者さんほど治療に難渋しやすい

また、このような傾向の人はもともと「心配症」の性格だったりして、周りからすれば大したことがないことでもあれこれ気になってしまい、それが心身の状態にも悪い影響を与えていることがあります。

いわば「自分で自分の病気を作り出してしまっている」のです。

そのような患者さんの場合には、診察時に悪いことばかりを訴えてくる傾向があります。

すると、前回の投薬調整によって実際には良くなった点があったとしても、それが分かりずらくなってしまうため、適切な投薬調整が行えず、治療に難渋しやすくなってしまうのです。

そのため、このような患者さんに対しては、前回の投薬調整によって良くなった点がなかったどうか、あえてこちらから確認するようにしています。

「夜中に起きる回数が減ってよく眠れるようになりましたか?」「便は少し出やすくなりましたか?」「歩きやすくなりましたか?」などと、前回投薬調整した症状について具体的に訊いていくのです。

実際、そうしないと良くなった点については話してくれないことが多いですし、そうすることで「やっぱりこの点については良くなったんだ」と確認できることが少なくないからです。

そうすれば、結果的に新たな薬を追加したり、薬の量を増やしたりせずに済むので、その後の治療がしやすくなるのです。

もし本人の訴えを鵜呑みにして投薬調整をしてしまったら、診察のたびに薬の種類や量がどんどん増えていってしまうことになります。

すると当然その分だけ薬の副作用が出やすくなりますし、そうなると症状が波打ってしまうばかりか、出現している困った症状が病気によるものなのか、副作用によるものなのかさえも分かりずらくなってしまいます。

つまり、症状がどんどん複雑化してしまうのです。

すると当然治療も難しくなってしまいますし、結果的に病状を進行させることになりかねません。

 

治療に難渋しやすいタイプの家族の場合、スタッフはそのことをあらかじめ心づもりしておく

さらに、このような傾向が本人ばかりか家族にもあると、治療には本当に苦労してしまいます。

たとえ良くなった点があったとしても、そのことには触れず、毎回困っていることだけを訴えてきたりするからです。

薬を適切に調整していくためには、前回の投薬によって症状がどのように変化したのか、もしくは変化がなかったのかなど、経過についての客観的な情報が欠かせません。

そのため診察時には本来、「どういった点については良くなって、どういった点については悪くなったのか」について、一緒に暮らしている家族からは伝えてきてほしいのですが、そんなことにはお構いなしに「この間はこんなことがあったんです。昨日もこんなことがあって大変だったんです!どうにかしてください!本当に困っているんです!」などと悪いことばかりを並びたてて訴えてきたりするのです。

ただこれまでに、私たちは同じような症例をたくさん経験してきたので、症例によっては本人や家族の訴えを鵜呑みにせず、ある程度は話を差し引いて、話半分で聞く態度も必要だということを理解しています。

開院してはじめの頃は、そういったことが分からず、患者さんや家族の訴えに振り回されて非常に苦労した覚えがあります。

実際、こちらが良かれと思って好ましいケアについて詳しくアドバイスしたり、医療・介護サービスの利用などについて苦労しながらもやっと段取りをつけたりしても、次の来院時にはまったく状況が変わっていなかったり、「やっぱりやめます!」などと後になってから話をひっくり返されたりするのです。

これではいくらスタッフが頑張っても、まさしく「暖簾に腕押し」になってしまいます。

そこで私たちは、初診時に患者さん本人を「診る」ことはもちろんですが、同時にその家族も「診る」ようにしています。

それでもし、本来治療を進めていくうえで必要な協力が得られそうもない家族の場合には、あらかじめそのことを医療スタッフみんなで共有しておき、「逆に足を引っ張られることもあり得る」ということ心づもりしておくのです。

そうでないとスタッフが疲弊しかねないからです。

このような家族の場合には、認知症の困った症状が出ている原因が、必ずしも本人の「病気」だけにあるのではなく、「家族の気質」や「家族による対応」にもあるということが少なくありません。

むしろ「家族の気質」や「家族による対応」こそが、患者さんの困った症状を前景化・増悪させていたりするのです。

つまり症例によっては、患者さん本人だけでなく一緒に暮らしている家族をまるごと診ながら治療・ケアしていくことが必要であり、家族によってはその気質をしっかり踏まえつつ気長にアプローチしていくことが大事になります。

そしてこれらはすべて、パーキンソン症状のある患者さんは総じて「ストレス」に弱く、「ストレス」によって症状が変動しやすいことに起因しているのであり、それゆえ普段一緒に過ごしている「家族の気質」や「家族による対応」には特に影響を受けやすくなっているからなのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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