認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

多発する高齢者の自動車事故。本当に認知症の症状はなかったの?(後)

前回は事故を起こした高齢者に、認知症症状である「意識がはっきりしている時とそうでない時が瞬時に入れ替わる」という「意識の変容」の症状があり、事故の起こした時は覚醒度が落ちていた可能性があるとお話ししましたが、今回はその続きです。

 

デイサービスなどに行くと、うつらうつらしている高齢者の方がとても多いことに驚きます。

「意識の変容」がある方に、覚醒度が落ちる状態になることについて聞くと「眠くなる」と表現する方がほとんどです。

一般には「傾眠」状態でただ眠いだけだと見られがちなので、まさか認知症の症状だとは気づかれにくいのではないでしょうか。

また「意識の変容」は数秒単位から分単位、時間単位、日単位で起こることが多いですが、中には週単位、長いものだと月単位で起こる方もいて、様々なスパンで起こるようです。

数秒から数分で起こったりすると、その場合は当然本人の自覚がなかったり、さらに周りの人も気づきにくくなるかもしれません。

「意識の変容」によって覚醒度が大きく下がると「一過性の意識消失発作」といった状態になりますが、やっかいなのは脳波検査などをしても、その症状が検査中に起こらないと診断できないということなのです。

 

「意識の変容」がなぜ起こるのかはまだ明らかになってはいませんが、うちの先生は一種の「てんかん」のような病態なのではないかと言っています。

なぜなら、この症状の治療に微量の抗てんかん薬(他にも意欲やパーキンソン症状を改善させる薬も微量で使用することもあります)投与が有効な症例が少なくないからです。

治療がうまくいくと、診察中に一点を見つめて固まってしまったり、眠ってしまったりしていたのが、診察中ずっとシャキッとしてスムースに会話できるようになったりするので本当にビックリします。

 

しかしながら症状の強さにもよりますが、治療としては抗てんかん薬を使用する前にもできることはいくつかあります。

まずは当たり前のことですが、日中はしっかり起きて夜しっかり寝るという生活リズムを確立すること。

そのため、認知症患者さんに対しては介護保険サービスを利用して日中はデイサービスなどで起きている時間を確保するように勧めたりしますが、それでも難しい場合は漢方薬や適量の睡眠薬を併用したりもします。

体内時計を整えるために朝日を浴びたり、朝食を食べたり、運動をしたりということもとても重要です。

また別の機会に触れることになると思いますが、「意識の変容」(に限らず多くの認知症の症状も)は便通の有無や天候などによっても大きく影響を受けます。

認知症を改善させたり、予防するためには生活習慣がとても大事になるのですが、それについては今後順次お話ししていくつもりです。

 

高齢者による自動車事故が相次ぐ中、運転に自信がない高齢者の方には免許証の自己返納を促すような取り組みが、行政をはじめ各方面から盛んになされるようになりました。

しかし思ったほどには免許証の自己返納が進んでいないというのが実情なのではないでしょうか。

公共の交通機関が少ない地域の方や長く歩けない方など、高齢者だけの世帯が多くなっている中で、自動車がないと生活が成り立たないという方も少なくないのでしょう。

また認知症症状が出始めていたりすると、自己返納をさらに難しくする要因になり得るのです。

 

認知症症状の一つに「病識がない」というものがあります。

そのため、本人に認知症外来を受診させることや薬の内服に苦労することが少なくありません。

「どこも悪くないのに、何で病院に行くの!何で薬を飲まなきゃいけないの!馬鹿にしてる!」などと。

そんな場合は家族はもちろん先生をはじめスタッフも、本人の自尊心を傷つけないでできるだけ気持ちよく診療が受けられるよう細心の注意を払っていくのですが、認知機能の低下によって周りの状況や他人のことはもちろん、自分の状態も客観的に捉えることができなくなってしまうのです。

 

また理性をつかさどる前頭葉の機能が落ちてくると、他人の気持ちを思い遣ることが難しくなったり、ある一つのことに執着したり、社会的な善悪に無頓着になったりと、自分の感情をコントロールして理性的に行動することが困難になってきます。

本人がもともと持っていた性格の、いわゆる「going my way」的な要素に輪がかかって、空気が読めない、我慢が出来ない、怒るなどといった周り人にとっては大変有り難くない症状が前面に出てくるのです。

逆に言えば、このような症状が出てきている場合は、認知症が始まっている可能性が濃厚だともいえるのですが、こうなると免許証の自己返納は大変難しくなるだろうということが容易に想像できるのではないでしょうか。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

↑↑ 応援クリックお願いいたします