認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「睡眠」が不十分だと認知症が発症・進行しやすくなる!?②

前回は睡眠が不十分だと認知症の発症と進行のリスクが高まること、そのため認知症外来では、まずしっかり睡眠がとれているかを確認し、とれていない場合には認知症の治療と併せて睡眠の治療も優先して行っていくということをお話ししました。

そして代表的な睡眠の病気を4つ挙げ、「不眠症」と「睡眠時無呼吸症候群」について簡単にご紹介いたしました。

今回は3つ目の「レム睡眠行動障害」についてお話ししていきます。

 

夜によく夢を見るという方がいらっしゃると思います。

私も昔はよく夢を見ましたが、夢を見るのは夜寝てすぐというよりは、明け方の眠りが浅い時が多いのではないでしょうか。

睡眠には深さがあり、浅いものは「レム睡眠」、深いものは「ノンレム睡眠」といい、ノンレム睡眠も深さによってステージが1~4に分かれています。

ちなみにレム睡眠の「レム(REM)」は浅い睡眠時に見られる「急速眼球運動(rapid eye movement)」の頭文字が取られて命名されたそうです。

 

睡眠は90分から120分周期で深い睡眠と浅い睡眠を繰り返す性質がありますが、ノンレム睡眠の中でも3~4レベルの深睡眠は睡眠初期に多く現れる特徴があり、睡眠後半から起床前にかけて深い睡眠が減り、浅いレム睡眠の時間帯が増えていくことが知られています。

最近の研究ではノンレム睡眠中でも夢を見ることが分かっていますが、ノンレム睡眠中に見る夢は断片的で短く脈絡のないものが多いのに対して、レム睡眠中に見る夢は鮮明で長くストーリー性のあるものが多く、起きた時に思い出しやすいという特徴があるようです。

 

睡眠中は脳の大脳皮質活動は全体的に低下しますが、レム睡眠の最大の目的はあくまで「身体を休める」ことなので、外敵が近づいた時に反応しやすいよう脳活動は比較的高めに維持されます。

そのためレム睡眠時には脳波も覚醒時に近い波形になり、大脳皮質活動も比較的活発なため、鮮明でストーリー性のある夢を見やすいといわれています。

一方ノンレム睡眠は、眠りが深くなるほど脳波も大きく低下し、「身体を休める」以上に「脳を休める」ことが大きな目的だといわれています。

したがって、認知症の発症や進行を防ぐためには、いかに「脳を休める」ための深いノンレム睡眠を充分に確保するかが重要になるかと思われます。

 

今回のテーマである「レム睡眠行動障害(sleep behavior disorder; RBD)」ですが、これはレム睡眠中に見る夢の内容通りに大声をあげたり、身体を動かしてしまうことをいいます。

またレム睡眠行動障害は睡眠時随伴症(パラソムニア)の1つであり、これがあると「αシヌクレイノパチー」と呼ばれる疾患群を高率に発症することも報告されています。

αシヌクレイノパチーとは脳の特定の部位にαシヌクレインというタンパクが蓄積して発病する神経変性疾患のことで、パーキンソン病(PD)やレビー小体型認知症(DLB)、多系統萎縮症(MSA)、進行性核上性麻痺(PSP)などが挙げられます。

レム睡眠行動障害の発症から5年間で33%、10年間で76%、最終的に91%の症例がαシヌクレイノパチーを発症し、中でもパーキンソン病レビー小体型認知症に進展する頻度が高いという報告もあるため、レム睡眠行動障害は軽視できない症状だといえます。

 

ちなみにパーキンソン病発症の前駆症状としてはレム睡眠行動障害のほか、嗅覚低下、便秘、体重減少、うつなどが報告されていますが、それに加えて当院で初期のパーキンソン病と診断された方では「ふらつく」だとか「フワフワする」などの「めまい」の自覚症状があって受診に至る方も多くいらっしゃいます。

またパーキンソン病も経過とともに認知症を合併してパーキンソン病認知症(Parkinson disease with dementia;PDD)に進展する症例も少なくありません(パーキンソン病患者の約40%が、通常は70歳以降に、パーキンソン病と診断されて10~15年が経過してからパーキンソン病認知症を発症するという報告があります)が、パーキンソン病レビー小体型認知症も実はαシヌクレインを主成分とする「レビー小体」が、脳の特定の部位に集積して発病する同じ「レビー小体病」とされています。

レビー小体が脳幹部に限局して蓄積して発病するのがパーキンソン病で、大脳皮質全体にび漫性に拡がって蓄積して発病するのがレビー小体型認知症です。

初めからレビー小体型認知症として発病するものもあれば、初めはパーキンソン病でレビー小体が脳幹部に限局していたものが徐々に大脳皮質全体へ拡がっていきレビー小体型認知症へ移行していく場合もあります。

またパーキンソン病のまま経過するものもあれば、アルツハイマー病を合併するものも少なくありません。

レビー小体型認知症も同様です。

 

話が少し逸れましたが、次にレム睡眠行動障害が疑われる症状をいくつか挙げてみます。

・よく夢を見る(あまりいい夢でないことが多い。戦っていたり、追われていたり)

・寝言をよく言う

・寝言で大きな声を出すことがあり、自分の声で起きるようなこともある

・寝ていて手足をバタバタ動かすことがある(夢の中で戦っていたりして隣に寝ているパートナーをぶったりする)

・夜、急に起きて行動することがある(覚えている場合と覚えていない場合の両方ある)

心当たりがある方はいらっしゃいますでしょうか。

うちの先生は病棟で当直をしていた時、日中は寝たきりで動けなかった患者さんが夜中に廊下を走り回っているのを見てびっくりしたことがあるそうですが、それも今考えるとレム睡眠行動障害だったのだろうと言っています。認知症の患者さんではいわゆる「スイッチが入った状態」になると、とたんに動きが良くなることがたびたびあり、これはおそらく運動が出現する神経回路が違うからではないかと言っています。

 

パーキンソン病レビー小体型認知症では神経伝達物質の「ドーパミン」が減ることで身体動作や思考活動などがスムースにいかなくなり「パーキンソン症状(とても多彩なので今後順次お話ししていくつもりです)」が出現するのですが、症状の改善には夜間しっかり眠ることがとても大切なのです。

なぜなら夜間十分な睡眠をとって「身体も脳もしっかり休む」ことで、ドーパミンもしっかり補充されるからです。

夜間浅い眠りの中でよく夢を見るということは、眠っていたとしても実は大脳皮質が活動していて脳は休めていない状態であり、さらに寝言を言ったり身体を動かしてしまうと、睡眠中に補充されるはずのドーパミンがなおさら消費されてしまうので、レム睡眠行動障害はしっかり治療して症状を抑えなければいけません。

レム睡眠行動障害をしっかり抑えることができれば、寝ている間にドーパミンもしっかり補充されるので、翌日はパーキンソン症状や意識の変容、幻覚、妄想、易怒性といったその他の認知症症状も改善したりします。

したがってパーキンソン病レビー小体型認知症の治療では睡眠障害の治療が最優先されるのです。(実は排便コントロールも!)

 

これらの病気は進行性ですので、当然時間の経過とともに病理学的には病変が拡がっていきます。

そのため本来は拡がっていく脳の局在部位に応じて症状も拡がったり、前景化していくのですが、夜間しっかり眠るように治療介入できれば、病気の発症や進行を遅らせることができうるのです。

これは認知症を伴う神経変性疾患全般についてもいえることですが、つまり適切な治療を行うことが出来れば、病気を「発病」していたとしても「発症」を遅らせたり、進行を遅らせることができうるので、治療を始めるのは早ければ早いほど良いのです。

そのためにはもちろん適切な「診断」が不可欠ではありますが・・・。

 

実際のレム睡眠行動障害の治療についてですが、漢方薬の抑肝散やクロナゼパム、メラトニン、リバスチグミンといった薬を使うことが多いようです。

また日中にストレスがかかる出来事があったりすると、その夜レム睡眠行動障害の症状が悪化するという報告もありますので、できるだけストレスのかからない生活を送るということも大事になります。

人によってストレスになることは違いますし、なかなかストレスを回避した生活を送ることは現代の生活では難しいのかもしれませんが、少なくとも一緒に生活している家族の方が本人に対してストレスをかけるような言動を行うのはできるだけ避けてほしいです。

愛情の裏返しでついつい怒ってしまったり、きつく接してしまうことがあるのもよく分かるのですが・・・。

またレム睡眠行動障害のある方は、もともと「ストレスに弱い」という傾向もあるようですが、このことについては今後お話ししていくつもりです。

 

長くなりましたので、次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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