前回まで、認知症の症状が急激に出現したり悪化する要因として「薬」の影響や「脱水症」、「感染症」、「持病の悪化」などがあるとお話ししました。
今回はその他の要因についてお話しいたします。
「便秘」も認知症の症状を悪化させます。
認知症を伴う神経変性疾患では、パーキンソン症状を合併して自律神経障害を起こしやすいのですが、腸の動きが悪くなって「便秘」になりやすく、実は疾患を発症する前から便秘だったとか、若い時から便秘だったという方がとても多いのです。
もともと神経変性疾患になりやすい「器質・気質」で、疾患発症の前駆症状としてすでに自律神経障害を呈していたとも考えられますが、便秘になるとなぜ悪いのかというと「腸内環境(腸内細菌叢=腸内フローラ)」が悪化するからです。
便秘によって腸内細菌叢のバランスが崩れると、手足の動き、覚醒や動作が不良になったり、幻覚や妄想などの症状が悪化したり、怒りやすくなって不穏になったりなど、全体的に症状が悪化してしまうのです。
詳しくは今後お話ししていくつもりですが、腸と脳にはとても深い関連性があり、腸は「第二の脳」とも言われています。
実は、人間と「腸内細菌」はいわば共生関係にあり、腸内細菌が「幸福を感じる」ための「セロトニン」や「意欲を生み出したり、身体の動きをスムースにする」ための「ドーパミン」といった人間の活動にとって重要な神経伝達物質(ホルモン)を合成していることが分かっています。
ちなみに体内に存在しているセロトニンやドーパミンのうちで「脳」に存在しているのは全体のわずか2%ほどしかなく、残りのほとんどが「腸」にあるということなので、まさしく「腸」が人間の精神的・身体的活動を左右しているとも言えます。
そのため便秘になって腸内細菌叢のバランスが崩れると、人間の活動にとって重要なこれらの神経伝達物質の合成が妨げられて精神的・身体的ともに働きが鈍くなるため、認知症の症状(パーキンソン症状も)を悪化させてしまうことになるのです。
うちの先生はよく「排便コントロールは認知症治療の第一歩。毎日から2日に1度の排便を目指したい」と言っており、「便秘するよりも、多少緩くても排便することの方がはるかに良い」と家族や本人に伝え、内服薬はもちろん坐薬、浣腸なども適宜使用しながら、適切な排便コントロールを促しています。
次に認知症の症状を急激に出現・悪化させるものとして「新たな脳血管障害」が挙げられます。
糖尿病、高血圧症、高脂血症などがあったり、陳旧性の微小脳梗塞が多発性にあるような方は特に要注意です。
脳血管障害では病変が起こる部位によって現れる症状は様々ですが、今までお話ししてきたような要因に心当たりがなく、急激な認知症症状の悪化や意識障害(覚醒度の低下)が起こった場合や、特に手足の痺れや麻痺、めまいやバランス不良、構音障害(呂律不良)などが伴うような場合には、新たに脳血管障害が起こった可能性が高くなるため、すぐに救急車を呼ぶなどして病院を受診する必要があります。
脳血管障害によっていったん壊死した脳細胞は元には戻りませんが、その周辺にある「ペナンブラ」という「虚血によって細胞機能が障害されているものの、細胞死には至っていない神経細胞が存在する低灌流領域」の血流をいかに早く再開・回復させ、壊死する領域をを拡げないかがとても大事であり、その方の生命予後や人生を大きく左右しかねないからです。
ちなみに脳梗塞や脳塞栓の超急性期に実施できる血栓溶解療法は、発症後4.5時間以内のものが対象になりますので、とにかく迅速な対応が必要になります。
個人的には脳血管障害の発症が疑われたら、すぐに救急車を呼ぶなどして救急受診し、それで何ともなければ「それはそれで良かった」という考えで良いと思っています。
「あの時すぐに救急車を呼んでおけば良かった」とあとで後悔することだけは避けたいものです。
次に挙げる要因としては「頭部打撲」「転倒や骨折」「痛み」があります。
認知症を伴う神経変性疾患を持つ方が、骨折はもちろん転倒して打撲したり、ケガをして痛みが出たような場合、その影響が心身共にしばらく残ってしまうことが少なくありません。
もともと脳血管障害の後遺症で不全麻痺があるような方が、転倒によって新たな脳血管障害の発症を疑わせるほど一時的に麻痺が進行してしまったり、パーキンソン病の方が転んだ途端に小刻み、すくみ足などの症状が悪化してしまう、というようなことをよく経験します。
前回パーキンソン病関連疾患の方は、特に「暑さ」に弱いということをお話ししましたが、転倒などで受ける身体的・精神的ショックに対しても、とても敏感で影響を受けやすいという印象があります。
また、特に頭を打った時は外傷の有無に関わらず、心身ともに症状が大きく悪化してしまうことがありますので注意が必要です。
最後に挙げる要因としては「入院や入所などで生活環境が変わった時」があります。
よく高齢者が入院して「認知症になってしまった」「認知症がひどくなってしまった」ということをよく聞くと思います。
入院が必要なほど悪化した身体的状況からのストレスとともに、急激な生活環境の変化からも精神的に大きなストレスを受けるからだと思います。
それらのストレスによって将来出るであろう認知症の症状が引き出されてしまったり、現在出ている認知症の症状を悪化させてしまうことがたびたびあるのです。
高齢者が入院すると、その日の夜などに突然錯乱して暴れ出したり、妄想や幻覚などが出て訳の分からないことを言い出すといったような「せん妄」状態になることがよくあります。
若くて健康な人でも具合が悪い時に、いきなり知らないところに連れていかれ、知らない人たちに囲まれるようなことになったらとても不安になると思います。
ましてや認知機能が低下している、またはその疑いがあるような高齢者では、自分の置かれた状況をすぐに把握できずに大きな不安感を抱いたり、大きなストレスになるのではないでしょうか。
「引っ越し」や「施設入所」、時には「リフォーム」や部屋の「模様替え」が引き金になることもあります。
認知症のある方はもちろん、認知症の疑いのある高齢者は「変化」に弱いため、いわゆる「なじみの場所」「なじみの顔」というのが、症状を悪化させないためにはとても大事な要素なのだと思います。
認知症のケアにとっては、できるだけ「ストレスが少ない」「穏やか」な生活を送ってもらう、というのが大きなキーワードになると言えるでしょう。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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