認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

認知症治療のための投薬調整

前回は、認知症治療に使われる薬には様々な副作用があることや「薬の過敏性」がある方も少なくないため、薬の選択や投薬量の調整を適切に行わないと当然「認知症薬が症状を悪化させることがある」ということをお話ししました。

今回も認知症治療のための投薬調整についてお話ししたします。

 

認知症を伴う神経変性疾患で現れる精神症状や身体症状に対しては、多彩な症状に合わせて様々な薬が使用されます。

ただ認知症治療で薬を用いる際に皆さんに覚えておいてほしいことがあります。

それは全般的に「精神症状を抑える薬を使うと身体の動きが悪くなり、身体症状を改善させる薬を使うと精神症状が悪くなる傾向がある」ということです。

うちの先生はよく「認知症治療に用いる薬の『薬効』は、精神症状と身体症状においては完全に『シーソー関係』にある」と言っています。

そのため使用した薬の効能と副作用を注意深く見極めながら薬の微調整を行っていく必要があるのです。

 

例えば怒りやすかったり、落ち着かなかったり、幻覚や妄想、不眠などで困っている場合、それぞれの症状に対応する薬を開始したり投薬量を増やしたりしますが、次の診察ではそれらの症状が軽減されたかどうかを確認することはもちろん、動作が鈍くなっていないか、バランスが悪くなっていないか、足が出づらくなっていないか、飲み込みが悪くなっていないか、覚醒が悪くなっていないかなど、身体症状が悪化していないかどうかを確認していきます。

これらの身体症状はいわゆる「パーキンソン症状」と言われるものです。

この「パーキンソン症状」はとても多彩で、様々な疾患や「気質・器質」の方でも現れるものでもありますので、別の機会に詳しくお話しいたしますが、つまり薬を使って「精神症状を抑えようとするとパーキンソン症状が出現したり悪化しやすくなる」のです。

 

逆に足の出が悪い、起き上がったり立ち上がるのが難しい、バランスが悪い、身体が傾く、頭の回転が悪いなどのパーキンソン症状を改善させようとして、いわゆる「抗パーキンソン病薬」を用いると精神症状が悪化しやすくなります。

パーキンソン病は身体・精神活動のために必要な神経伝達物質の「ドーパミン」が少なくなって発症する病気ですが、「抗パーキンソン病薬」にはこの「ドーパミン」の量を増やしたり、働きをサポートすることで神経伝達をスムースにし、身体・精神活動を全体的に活性化させる働きがあります。

身体的に「パーキンソン症状」で困っている方に対しては、このような「抗パーキンソン病薬」を使って動作・思考緩慢、バランス不良、すくみ足などのパーキンソン症状の改善を目指していくのですが、同時に精神活動も活性化させてしまうため、怒りやすさ、落ち着きのなさ、妄想・幻覚などの精神症状が悪化するという副作用も出やすいのです。

そのためパーキンソン症状の改善のために抗パーキンソン病薬で「ドーパミン」を補充する場合は、ごく微量から開始して身体症状と精神症状の状態を見極めて微調整していく必要があります。

ちなみに原則的には精神症状に対する治療を優先し、易怒性や幻覚、妄想などの症状がある程度治まってから、パーキンソン症状の改善を目指していくことが多いです。

そして精神症状の状態を見極めつつ、抗パーキンソン薬を微量から開始するなどし、身体状態と精神状態の良さそうな「落としどころ」を探りながら薬の微調整を重ねていくのです。

 

また薬の調整を行う時は、正確に症状の変化を見極めるため、1回の診察では原則1~2種類くらいしか薬の調節・変更は行いません。

何種類もの薬を同時にいじってしまうと、何がどう影響したのかが分からなくなってしまうためです。

また1回薬の調整をしたら、明らかに状態が悪化してしまった場合を除いて、1~2週間はそのまま経過を見てもらうようにします。

少しずつ薬が効いてきて症状が「変化」したり、体調などの変動もあるなかで一定の「変化」を見極めるためには、そのくらいの期間が必要になるからです。

 

このように認知症治療において投薬する時は、どうしても薬の調整に一定の時間がかかってしまいます。

そのため、まずは本人はもちろん介護する家族が一番困っている症状に焦点を当てて治療を開始することがほとんどです。

全体的に症状が整ってくるのは、早ければ1回の診療で落ち着く場合もありますが、皆さんには「数か月から1年かかる場合もある」とお話しています。

他の医療機関ですでに投薬治療が開始されていて、薬を切り替える必要がある場合は、さらに時間がかかってしまいます。

すでに使用されている薬がある場合には、以前お話ししたように「悪性症候群」のリスクがあるため、その薬はすぐには中止できないため一定の時間をかけて少しずつ減量・中止していき、使いたい薬に切り替える作業が必要になるからです。

中には特定の認知症薬を減量・中止していくだけで、症状が落ち着くケースもあるので、やはり認知症の投薬治療は専門家でないとなかなか難しいのでは…と思うことも少なくありません。

 

このように認知症治療においては、困った身体症状や精神症状に対して安易に薬を開始したり、増量するという訳にはいきません。

身体症状と精神症状のバランスを見ながら、それぞれの症状に対する薬の効能と副作用を見極めて使用量を微調整していかなくてはならないからです。

そして、一定の時間をかけて身体・精神状態のいわゆる「落としどころ」を探っていきながら全体的な「底上げ」を図っていくことになります。

認知症治療における薬の使用・調整は慎重に行っていかざるを得ない理由を皆さんお分かりいただけたでしょうか。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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