認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「便秘」が認知症を悪化させる!?

認知症患者さんでは「便秘」によって精神症状・身体症状ともに悪化することがたびたびあります。

以前「認知症の症状が急激に出現・悪化する時は」でお話しした通り、腸と脳にはとても深い関連性があり、腸は「第二の脳」とも言われているほどです。

 

そもそも「便秘」とは、日本内科学会の定義によると「3日以上でない状態、または毎日排便があっても残便感がある状態」とされています。

実際、認知症を伴う神経変性疾患のほとんどの方に「便秘」があるといっても過言ではなく、もう1週間も便通がないという方も珍しくありません。

そういった方が毎日もしくは少なくとも2日に1度程度、お通じが出るようになって「便秘」が解消されると、それだけでボーっとなりがちだった意識がはっきりしたり、不安定で緩慢だった動作が素早くなったり、妄想や幻覚・易怒性などの困った症状が改善されたりといったことをたびたび経験しますので、うちの先生はよく「排便コントロール認知症治療の第一歩だ」と言っているほどです。

ではなぜ「便秘」になると認知症の症状が悪くなるのでしょうか。

 

それを知るにはまず「腸内環境」を形成している腸内細菌の働きを知る必要があります。

人間の腸内には様々な腸内細菌が住んでおり、人間が消化できない「食物繊維」や「オリゴ糖」などをエサにしているのですが、それらが「セロトニン」や「ドーパミン」といった人間の活動に不可欠なホルモンを生成したり、大腸の細胞のエネルギー源となる「短鎖脂肪酸」などを生成しています。

セロトニン」は「幸福を感じる」ための、「ドーパミン」は「意欲を生み出したり、身体の動きをスムースにする」ための神経伝達物質(ホルモン)であり、「短鎖脂肪酸」は酪酸、プロピオン酸、酢酸などの有機酸のことで、特に酪酸は腸上皮細胞の最も重要なエネルギー源となり、抗炎症作用など優れた生理効果を発揮することが知られています。

まさしく人間と「腸内細菌」は「共生関係」にあるのです。

また、体内に存在している「セロトニン」や「ドーパミン」のうちで「脳」に存在しているのは全体のわずか2%ほどしかなく、残りのほとんどが「腸」にあるため、まさしく「腸」が人間の精神的・身体的活動を左右しているとも言えるでしょう。

 

ちなみに大腸に生息する腸内細菌は2万~2万5,000種以上で600~1000兆個おり、大腸内の腸内細菌の総重量は1.5kgで、便1g当たりに含まれる腸内細菌は約1兆個もあるそうです。

腸内細菌だけの重量が1.5kgもあるというのは驚きですよね。

腸内細菌の種類も非常に多いですが、腸内細菌研究のパイオニアである光岡知足先生は人間から見てそれらを便宜上「善玉菌」「悪玉菌」と命名して分類されました。

光岡先生によれば「善玉菌」と「悪玉菌」そしてそのどちらでもない「日和見菌」の理想的な割合は、「善玉菌」20%、「悪玉菌」10%、「日和見菌」70%であり、「善玉菌」は20%くらいいれば十分だそうです。

また「悪玉菌」もバランスが保たれていれば悪さはせず、無理に排除しようとすると、かえってバランスが崩れてしまうそうで、「悪玉菌」がいるおかげで、全体的に腸内細菌の働きが常に刺激され、適切に働くことができると言われています。

面白いのは、大部分を占めるどっちつかずの「日和見菌」は、普段はおとなしいけれど「悪玉菌が増えると悪になびいて身体に害を及ぼす」ものも出てくるそうで、人間社会によく似ているところです。

「善玉菌」も20%もいれば十分であり、「善玉菌」がしっかり働けば「悪玉菌」の働きが抑えられて「日和見菌」が悪へなびくのも防げるそうです。

そして光岡先生は「これらの菌のバランス・調和こそが大事なのだ」と繰り返し強調されています。

「腸内環境」は「腸内フローラ(=様々な菌によって形成される腸内の生態系のこと)」とも言われていますが、「腸という一個の完結した世界=生態系」が調和してくると体調も心も穏やかになるので、現実社会と同じく「調和=平和の本質」であるとも言われています。

私自身「腸内の調和」すなわち「腸和」が人間の身体的・精神的健康にとって欠かせないものであり、悪者だから排除するという態度は腸内だけでなく、人間社会の平和にとっても自然の摂理に反することだというのはとても合点がいきました。

 

話が少し脱線しました。

話を元に戻しますと、「便秘」の状態はすなわち「腸内フローラ」のバランスが崩れて「腸和」ができていない状態だと言えます。

そのため「便秘」になって腸内細菌がうまく活動できない状態になると、人間にとって大切な「ホルモン」や「短鎖脂肪酸」などが十分に生成されなくなり、身体的・精神的活動もスムースにいかなくなるのです。

さらに腸内が「悪玉菌」優位の状態になっていると、腸内細菌が作り出す物質が脳の炎症を引き起こす可能性を示唆する研究報告もあり、それによってさらに身体的・精神的活動が悪い影響を受けることになるのかもしれません。

いずれにしても、いわば「ギリギリの状態でバランスをとっている」ような認知症の方では、「悪玉菌」優位の腸内環境で生成される物質の影響をもろに受けてしまい、身体・精神症状ともにすぐに悪化しかねないのでしょう。

 

実際に認知症患者さんが「便秘」によってバランスや歩行・立位動作などで見られる、いわゆる「パーキンソン症状」が悪化したり、幻覚や妄想が悪化したり、怒りやすくなって不穏になったりするなど、身体的・精神的な症状が全体的に悪化する症例を何度も経験しています。

そして「便秘」が解消されただけで、すぐに患者さんの表情が明るくなり、身体の動きも良くなったりするのを目の当たりにすると、健康にとって「腸和」がいかに大切なのかということを実感させられます。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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