認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

①手の使いにくさがあり、明らかな鏡像運動が出る【認知症チェックリスト】(前)

前回は、もの忘れを除いて認知症になると出現しやすい症状をリストにしてご紹介しました。

このリストは認知症のチェックリストとしても利用できますが、各項目の内容で分かりづらい点もあるかと思いますので、今回から①~➉の各項目について順番にお話ししていこうと思います。

 

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①手の使いにくさがあり、明らかな鏡像運動が出る

・手が使いにくくなった(左右差がある)

・手のこわばり感、腫れぼったい感じがして動かしづらい

・字が下手になった

・指を親指から1本ずつ曲げたり開いていったりするのが速くスムースにできなかったり、手でキツネやチョキなどの形を素早く模倣できない (指節運動失行)

・この時、対側の手を上向きに開き膝の上に置いておくと指が勝手に大きく動く(鏡像運動)

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年齢を重ねると、だんだん手を上手く動かせなくなってきます。

もちろん筋力が落ちてくることも影響しますが、それよりも細かい手の動きが難しくなるのは運動と感覚の神経系の働きが鈍ってくるためだと言えます。

実は手の動きと脳の働きは非常に関連性が高く、大脳皮質の運動野と感覚野における身体部位の機能局在を示したペンフィールドマップによると、運動野・感覚野ともに大脳皮質に占める手の機能局在の割合が身体全体の何と1/3ほどにもなっています。

アルツハイマー病や前頭側頭葉変性症、大脳皮質基底核症候群といった認知症を伴う変性疾患では、前頭葉後方から頭頂葉にかけて、手指の運動野と感覚野の機能局在が存在する大脳皮質の萎縮が高頻度で認められるようになります。

そのためこれらの疾患を発症すると手の使いにくさが出現しやすいのです。

 

手の使いにくさが進行すると「チョキ」や「キツネ」などの手指の形を模倣するように指示しても、うまくできなくなり「指節運動失行」の状態になります。

「失行」とは、麻痺などの運動障害がなく、言われたことも理解しているにも関わらず、日常生活で普段行っている動作などがうまくできなくなる「高次脳機能障害」のことです。

使い慣れた物品の使用ができなくなる「観念運動失行」や服の左右や上下が分からなって服を着れなくなる「着衣失行」などが有名ですが、いわゆる手指の巧緻性が障害されるのが「指節運動失行」です。

指節運動失行の病巣としては前頭葉と側頭葉の境にある中心溝周辺が考えられており、やはり認知症を伴う変性疾患で萎縮しやすい部位になります。

認知症前頭葉後方から頭頂葉にかけて萎縮が起こると、表層の神経組織から脱落していくので、脳のシワ(脳溝)が開いていき、特に中心溝が大きく開いてしまうのです。

ちなみにこの部位の萎縮を確認するには、頭部画像の矢状断や冠状断が分かりやすいので、本人や家族への病状説明でよく使用しています。

 

このように手の巧緻性を調べることは、前頭葉後方から頭頂葉にかけて脳萎縮があるかどうかを確かめるスクリーニング検査として非常に有用なので、当院の認知症外来初診では必ず実施しています。

実際の検査方法としては、まず手掌を開いた状態で親指から数を数えるように指を曲げて行き、グーの状態になったら今度は小指から順番に伸ばしていく「指の曲げ伸ばし」の検査を片手ずつ行います。

この時、指の動きが1本ずつ分離しているか、スムースに速くできているかを確認しますが、よくある拙劣な例としては、1本ずつ指の動きが止まってしまって流れるような指の曲げ伸ばしができなかったり、指を曲げるところまではできるけれども小指から1本ずつ伸ばしていくことができずにいっぺんに開いてしまう、といったものなどがあります。

もう一つ続けて行うのが手指の巧緻性を調べる「指節運動失行」の検査です。

これは患者さんの対面にいる検査者が作る「チョキ」や「キツネ」などの手の形を、患者さんに模倣してもらう検査で、一側ずつ行います。

手指の動きが拙劣だと、検査者の手と自分の手を何度も見比べて間違えながらも何とか模倣できる場合があったり、本人は模倣しているつもりでも間違っている場合や全く模倣できない場合などがあり、正確に模倣できない場合に指節運動失行があると判断しています。

 

ちなみにいわゆる脳トレ認知症予防のために手の体操をするのは、運動野・感覚野ともに大脳皮質において占める手の機能局在の割合が大きいのでとても効果的だと言えます。

「手」以上に機能局在の割合が大きいのが「口」になります。

口の機能局在の割合は手よりも大きく、全体の半分ほどを占めています。

そのため、おしゃべりをしながら食事を楽しむなどして、たくさん口を動かすことは大脳皮質を活性化させるにはとても有効なのです。

したがって手と口をたくさん動かす人は脳の神経ネットワークもたくさん使うことになるので、認知症にもなりにくいと言えます。

 

脳には「可塑性(かそせい)」というものがあります。

「脳の可塑性」とは、よく使われる神経回路の処理効率を高め、使われない回路の効率を下げるという脳が持っている性質のことを言います。

つまりリハビリはもちろんスポーツや勉強などを一生懸命頑張ることで特定の能力が回復・向上していくのは、脳に可塑性があるためなのです。

私はよく「昨日のあなたは今日のあなたではない。今日のあなたもまた明日のあなたではない」と言うのですが、それは脳の可塑性によって人間の脳神経ネットワークは日々再編成されてモデルチェンジしているからです。

もちろんモデルチェンジされて特定の能力が向上する場合もあれば、低下する場合もあります。

よく使う神経ネットワークは強化されますが、使わないものは全体の効率化のために弱められてしまうからです。

また、脳の可塑性による神経ネットワークの再編成は、脳梗塞などで脳が障害を受けた直後ほど起こりやすいことが知られています。

それは脳の神経ネットワークが障害を受けて危機的状態に陥ると、まずはそこから速やかに脱するために、受傷後早期ほど神経ネットワークの発達・再編成が強力に行われるためだと考えられます。

そのためリハビリは受傷後できるだけ早期に開始して、集中的に行うと効果が得られやすいのです。

 

また、残念ながら脳梗塞などで障害を受けて一旦死んでしまった脳細胞は元には戻りません。

しかしリハビリなどを通じて、適切な刺激が神経ネットワークに繰り返し入力されると、別の部位の神経ネットワークが発達・再編成され障害された機能が回復していくのです。

脳は使われていない部分がほとんどだと言われています。

そのため脳血管障害や脳外傷といった急激に起こる脳神経の障害はもちろん、神経変性疾患で徐々に脳神経の障害が進む場合においても、脳の可塑性を利用して使われていない脳部位を賦活できれば、十分に機能回復が望めるのです。

脳の可塑性は年齢に関係なく発現されます。

たとえ加齢や高齢の方が病気によって脳が萎縮して既存の神経ネットワークが失われていったとしても、それ以上に使われていない脳部位を賦活できれば、全体的な機能を維持はもちろん向上させることさえも十分可能なのです。

実際に90歳を過ぎた方でもリハビリによって心身の機能が回復することも少なくありません。

したがって、年齢に関係なくどんどん運動や勉強などに取り組んで脳の可塑性を最大限に活用していただきたいと思います。

そして脳の可塑性を活用するうえでも、大脳皮質の運動野と感覚野の大部分を活動させる手と口をよく動かすということは非常に有効であり、認知症の予防や改善にも当然つながるということも覚えておいてほしいのです。

 

長くなってしまいましたので、「鏡像運動」については次回お話しいたします。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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