前回は「④言葉の理解や発語がスムースでなかったり(失語)、人の顔や名所などが分からない(視覚性失認)」の「失語」についてお話ししました。
今回は後半の「視覚性失認」と、これらの症状が出やすい疾患についてお話しいたします。
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④言葉の理解や発語がスムースでなかったり(失語)、人の顔や名所などが分からない(視覚性失認)
・言葉の意味がすぐに分からなかったり、言いたい言葉がすぐに出てこなかったりする(失語)
・分からないと怒ったり、笑ってごまかしたり、話を逸らしたりする
・都合耳に(一見耳が遠く)なった
・テレビを見たり、本や新聞を読まなくなった
・電話で一方的に話したり、頼みごとが伝わっていないことがある
・文字を書いたり、文章を読むことができなくなってきた(失書・失読)
・人の顔や名所などが分からなくなった(相貌失認・街並失認)
・身近な人が別の人と入れ替わって認識されていることがある(カプグラ症候群)
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「失語」の場合とは反対に、右利きの人が右の側頭葉、左利きの人が左の側頭葉を障害されると、よく知っている顔や建物などが分からなくなる「視覚性失認」が出てくることがあります。
よく知っている顔を認識・識別するのが難しくなるのが「相貌失認」であり、 よく知っている建物や風景を認識・識別するのが難しくなるのが「街並失認」です。
この「視覚性失認」があるかどうかについても簡単なテストで確認できます。
「相貌失認」のテストでは年齢層に合わせて「石原裕次郎」や「美空ひばり」、「長嶋茂雄」、「渥美清」などの写真を、「街並失認」のテストでは「東京タワー」や「ピラミッド」、「金閣寺」、「富士山」などの写真をよく使います。
有名人の顔や名所の場所や建物が分からない方は結構いらっしゃいますが、知っているけれども名前や名称が出てこない場合と、全く認識できずに答えられない場合があります。
「視覚性失認」は後者の場合に疑われますが、どちらなのかは検査時の様子からおおまかに推察できると思います。
ちなみに「富士山」を答えられない方はほとんどいらっしゃいません。
そのため「富士山」が分からない場合は、重度の「街並失認」があると判断して良いと思います。
視覚的な認知を司(つかさど)るのは側頭葉の他に後頭葉があります。
ただ後頭葉は身体に迫る危険を察知する大切な視覚を司る脳神経の中枢部位に当たることもあり、頭頂葉、前頭葉、側頭葉に比べて萎縮しにくい部位でもあります。
この後頭葉が萎縮している場合、臨床的には「アルコール多飲癧」がある場合が多いようです。
後頭葉の萎縮はないけれども、脳血流検査で後頭葉の血流低下がよく認められる疾患として有名なのがレビー小体型認知症です。
脳血流はその部位がしっかり機能しているかどうかを反映しており、血流低下がある場合は、その部位の機能が低下していることになります。
レビー小体型認知症の主要症状の1つに「幻視」がありますが、これは後頭葉の機能低下によって起こるのではないかと考えられています。
また身近な人が別の人と入れ替わって認識されてしてしまう「カプグラ症候群」も後頭葉の機能低下と関連性があると考えられます。
ちなみにレビー小体型認知症で見られるようなこれらの視覚的な症状は、以前お話しした主要症状の1つである「意識の変容」による覚醒度の低下が、後頭葉の機能低下を修飾して起こっているものと推測されます。
では、このような「失語」や「視覚性失認」の症状が出る疾患にはどんなものがあるのでしょうか。
どのような疾患であっても病変が側頭葉に及べば「失語」や「視覚性失認」が出やすくなりますが、例えば認知症で一番多いアルツハイマー型認知症でこれらの症状が出てくるのは、病期でいうと中期以降になります。
アルツハイマー型認知症ではまず側頭葉内側にある海馬と頭頂葉の委縮が起こりやすいのですが、病気が進行すると海馬から側頭葉にも委縮が及んでくるのです。
そのためアルツハイマー型認知症では海馬が司る「記憶」の障害が先行し、病気の進行とともに「失語」や「視覚性失認」が起こってくることになります。
一方でこの「失語」から発症する病気があります。
それが「意味性認知症(semantic dementia;SD)」になります。
「意味性認知症」は「前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration;FTLD)」の1つに分類される病気で、前頭葉と側頭葉前方部という脳の前方部から高度な委縮が起こって発症します。
そのため側頭葉の症状である「失語」や「相貌失認」などに加えて、いわゆる「前頭葉症状」が発症早期から表れやすくなります。
前頭葉症状については「認知症チェックリスト」の項目に含まれていますので、そちらで詳しくお話しますが、前頭葉が障害されると自分のやりたいことを「我慢する」のが難しくなり、理性的・自制的に行動できなくなってしまうのです。
そのため自分勝手で反社会的な行動や脱抑制による迷惑行動が出てきやすいため、そうすると家族など周りにいる人が本当に困ってしまいます。
このような特徴がある「意味性認知症」ですが、実は「アルツハイマー型認知症」と間違われて診断されていることが少なくありません。
ただ上記したことを踏まえて症状を観察すれば、臨床症状から「意味性認知症」を疑うことは十分に可能だと思います。
そうすれば正しい診断に基づく治療が可能になりますし、少なくとも「アルツハイマー型認知症」薬の投与による副作用に苦しんだりすることもありません。
認知症疾患の治療はスタートラインを間違わないことがとても大切なのです。
以上になりますが、「意味性認知症」は「前頭側頭葉変性症」に分類される疾患で難病に指定されており、しっかり診断を受けて役所に申請すれば医療費補助を受けることも可能になりますので、疑わしい場合はどうぞ医療機関に相談してみてください。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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