認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

⑤睡眠障害(レム睡眠行動異常・睡眠時無呼吸症候群)がある【認知症チェックリスト】(前)

前回までは、もの忘れを除いて認知症になると出現しやすい症状④の「言葉の理解や発語がスムースでなかったり(失語)、人の顔や名所などが分からない(視覚性失認)」についてお話ししました。

今回からは「睡眠障害レム睡眠行動異常・睡眠時無呼吸症候群)がある」についてお話しいたします。

 

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睡眠障害レム睡眠行動異常・睡眠時無呼吸症候群)がある

・よく夢を見る(あまりいい夢でないことが多い)

・寝言をよくいう。寝言で大きな声を出すことがある。自分の声で起きるようなことがある 

・寝ていて手足をバタバタ動かすことがある 

・夜、急に起きて動きだすことがある 

・イビキをかく 

・睡眠時に無呼吸になる

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認知症の発症と睡眠障害にはとても密接な関係があります。

以前も睡眠障害があると認知症を発症しやすくなることや、睡眠へのアプロ―チが認知症治療の第一歩になることについてはお話ししたことがありますが、これはとても大事なことですので改めてお話しいたします。

 

認知症外来の初診患者さんの多くが何かしらの理由で十分な睡眠を取れていません。

昼間ウトウト眠ってしまって夜はあまり眠れていなかったり、眠っていたとしても嫌な夢をみたり寝言を言っていたり、夜中に何回も目が覚めてしまったりして、しっかり眠れていない方が本当に多くいらっしゃいます。

では睡眠を十分にとれていないとなぜ認知症になりやすいのでしょうか。

認知症疾患で一番多いアルツハイマー病では、脳に「アミロイドβ」といういわゆるタンパク質のゴミが溜まっていき、それによって脳神経が変性・脱落していくことで徐々に脳の萎縮が起こり、病気が発症すると言われています。

したがって、いかに「アミロイドβ」を脳に蓄積させないかがアルツハイマー病の予防および進行を防ぐカギになるわけですが、実は脳の「アミロイドβ」は普段寝ている間に脳脊髄液とともに脳から排出されています。

しかし睡眠不足や、眠りの質が悪いと脳の「アミロイドβ」がうまく排出されずに蓄積されてしまうため、そのような生活が続くと当然アルツハイマー病を発症しやすくなるのです。

 

また睡眠が不十分だと当然翌日の覚醒度が悪くなるので、以前お話ししたように認知症の症状である「意識の変容」が起こりやすくなります。

そして「意識の変容」で覚醒度が落ちると、記憶の欠落や判断力の低下などが起こり、錯視、幻覚、妄想、易怒性、意識消失などの症状を引き出したり、増強させてしまったりします。

そのため認知症の発症はもちろん症状の進行を防ぐためにも、十分な睡眠習慣を持つことが不可欠なので、十分な睡眠がとれていない方や「意識の変容」がある方に対しては、まず治療の第一歩として「睡眠の量と質の確保」を目指すことになります。

ただ、もともと睡眠障害をもたらす病気があるために眠れていないということもあります。

その場合は認知症の治療と並行して睡眠障害をもたらす病気の治療も始めなければなりません。

睡眠障害をもたらす病気で認知症の方や認知症予備軍の方に多く見られるのが、チェックリストにある「レム睡眠行動障害(sleep behavior disorder;RBD)」と「睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome;SAS)」になります。

ちなみに「ムズムズ脚症候群(restless legs syndrome;RLS)」も夜間に出現したり、増強することが多いので睡眠障害をもたらす病気になるのですが、この「ムズムズ脚症候群」については「⑧原因不明の手足の痛み・しびれ・違和感・むくみがある(特に左右差がある)」のところでお話しいたします。

 

レム睡眠行動障害」はレム睡眠中に見る夢の内容通りに大声をあげたり、身体を動かしてしまうことを言います。

睡眠には深さがあり、浅いものは「レム睡眠」、深いものは「ノンレム睡眠」と言われますが、レム睡眠の「レム(REM)」は浅い睡眠時に見られる「急速眼球運動(Rapid Eye Movement)」の頭文字が取られて命名されたそうです。

睡眠中は脳の大脳皮質活動は全体的に低下しますが、レム睡眠の最大の目的はあくまで「身体を休める」ことなので、外敵が近づいた時に反応しやすいよう脳活動は比較的高めに維持されます。

そのためレム睡眠時には脳波も覚醒時に近い波形になり、大脳皮質活動も比較的活発なため、鮮明でストーリー性のある夢を見やすいといわれています。

一方ノンレム睡眠は、眠りが深くなるほど脳波も大きく低下し、「身体を休める」以上に「脳を休める」ことが大きな目的だといわれています。

したがって、認知症の発症や進行を防ぐためには、いかに「脳を休める」ための深いノンレム睡眠を十分に確保するかが重要になるかと思われます。

 

この「レム睡眠行動障害」は睡眠時随伴症(パラソムニア)の1つとされており、これがあると「αシヌクレイノパチー」と呼ばれる疾患群を高率に発症することが報告されています。

「αシヌクレイノパチー」とは脳の特定の部位にαシヌクレインというタンパクが蓄積して発病する神経変性疾患のことで、パーキンソン病(PD)やレビー小体型認知症(DLB)、多系統萎縮症(MSA)、進行性核上性麻痺(PSP)などがあります。

レム睡眠行動障害」があると、驚くことに発症から5年間で33%、10年間で76%、14年間で91%の症例がαシヌクレイノパチーを発症し、中でもパーキンソン病レビー小体型認知症に進展する頻度が高いという報告もあるため、「レム睡眠行動障害」は軽視できない症状だといえます。

レム睡眠行動障害」のよくある症状としては、夢をよく見る(あまりいい夢でないことが多い。戦っていたり、追われていたり)、寝言をよく言う、寝言で大きな声を出すことがあって自分の声で起きるようなこともある、寝ていて手足をバタバタ動かすことがある(夢の中で戦っていたりして隣に寝ている人をぶったりする)、夜中に急に起きて行動することがある(覚えている場合と覚えていない場合の両方ある)などがあるため、心当たりのある方は早めに神経内科などへ受診することをお勧めします。

早期に治療を開始できれば「αシヌクレイノパチー」の発症を防いだり、発症を先延ばしすることが臨床的には十分可能だと思われるからです。

 

パーキンソン病レビー小体型認知症では神経伝達物質の「ドーパミン」が減ることで身体動作や思考活動などがスムースにいかなくなり、認知症チェックリストの②でお話しした「パーキンソニズム」が出現してくるのですが、症状を改善させるためには夜間しっかり眠ることがとても大切なのです。

なぜなら夜間十分な睡眠をとって「身体も脳もしっかり休む」ことで、「ドーパミン」もしっかり補充されるからです。

夜間浅い眠りの中でよく夢を見るということは、たとえ眠っていたとしても実は大脳皮質は活動していて脳が休めていない状態であり、さらに寝言を言ったり身体を動かしてしまうと、睡眠中に補充されるはずの「ドーパミン」がさらに消費されてしまうので、「パーキンソニズム」による動作面の症状を改善させるためにも「レム睡眠行動障害」はしっかり治療して症状を抑えなければいけません。

レム睡眠行動障害」をしっかり抑えて十分な睡眠をとることができれば、寝ている間に「ドーパミン」もしっかり補充されるので、翌日は「パーキンソニズム」が改善されますし、覚醒度も上がるので、意識の変容、幻覚、妄想、易怒性といったその他の認知症症状も改善しやすくなります。

したがってパーキンソン病レビー小体型認知症の治療では睡眠障害の治療が(今後お話しする排便コントロールと並んで)最優先されるのです。

 

長くなりましたので、次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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