認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

⑦前頭葉症状がある【認知症チェックリスト】(後)

前回は、「前頭葉症状」の典型的なものとして「無関心・自発性の低下」「感情・情動の希薄化とコントロール困難」「繰り返し行動(常同行動・時刻表的行動)」についてお話ししました。

今回はその続きです。

 

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前頭葉症状がある

・態度が横柄で、気遣いができなくなった 

・怒りっぽくなった。スイッチが入ると目が座って手が付けられない。しばらくするとケロッとしている 

・疑い深くなった 

・食べ物の好みが変わって味が濃いもの、特に甘い物やお菓子などが好きになった 

・早食いや食べこぼしがある 

・空気が読めなかったり、場にそぐわない言動が見られる 

・相手に違和感や変な印象を与えるようになった 

・化粧や身だしなみに気を配らなくなった 

・着替えない 

・風呂好きだったのに嫌がって入浴しなくなった 

・よくトイレを汚す 

・自分が変だという認識(病識)がない

・同じような言動を繰り返し(常同行動)、止められると怒り出す

・時刻表的行動がある(毎日同じ時間に同じ店で同じ席に座り同じ物を注文するなど)

・1つの行為や物事にこだわり、執着する(物を集める、同じ物を買う、ごみ屋敷、クレーマー、ストーキングなど)

・善悪観念が欠如し、悪いことをしても何とも思わない(万引きなど) 

・多動で落ち着きがない 

・子供っぽくなった 

・going my wayな性格に輪がかかった

・感覚過敏(においや味、寒暖など)や痛覚過敏(血圧測定で痛がるなど)がある

・無気力で引きこもりがちになった

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前回の特徴的な「前頭葉症状」の続きになりますが、まずは「反社会的行動・罪悪感の欠如」が挙げられます。

前頭葉機能が低下すると周りを気にすることなく、自分の気の向くまま「going my way」に振る舞うようになります。

病気の進行とともに他人に対する配慮やマナー、挨拶、礼儀といったものがなくなり、決まりごとやルールを守るのが難しくなることも少なくありません。

さらには他人に迷惑をかけることについて「罪悪感」を感じることがなくなってしまい、万引きや窃盗といった「反社会的行動」が認められるようになることもあります。

この場合、周りの人が本当に困ってしまうのが本人に全く「罪悪感」がないということです。

「万引き」が主症状だったあるケースでは、色々なお店に行っては大根やペットボトル飲料といった形状の「長い物」ばかり万引きして持ってきてしまい家族が大変困っていました。

治療が進むにつれて、まずは万引きに行くお店が限定されていき、最後は自宅から一番近いスーパーだけになりました。

次に1日に何回もお店に行っていたのが、だんだんと回数が減って1日1回か2日に1回になっていきました。

万引きする品数もだんだんと減っていき、最終的には万引きをしなくなったのですが、治療の過程で本人に「どうして万引きするのか」訊いてみたところ「どうしても盗りたくなっちゃうんだ」ということでした。

さらに万引きしなくなった時に「どうして万引きしなくなったのか」訊いてみたところ「盗っちゃいけないと思うんだ」と答えられ、治療によって内面的に「盗りたい」という欲望はあるものの「罪悪感」が出てきて自制できるようになったことが分かり、それがとても印象的でした。

ちなみに日常的に万引きが繰り返されていた時、もちろん家族は大変困っていたのですが、幸いにして「前頭葉症状」のために行くお店が決まっていたので、あらかじめお店の人に事情をお話ししておき、まとまったお金を先にお店に渡しておいた上で、本人が持ち帰った品物を後から家族がお店に伝えるなどして対応していました。

 

次に挙げる「前頭葉症状」は「食行動異常・嗜好の変化」になります。

この症状で最も多いのが「甘い物をたくさん食べる」ようになってしまうことです。

元々甘い物が好きだったけれどもさらに食べるようになっただとか、甘い物なんて全く食べなかったのに急にたくさん食べるようになったなど、認知症の症状として甘い物の過食は本当に多くケースで見られます。

アルツハイマー病は「第三の糖尿病」と言われており、甘い物を食べても食べても脳が糖をエネルギー源として利用できなくなるため、すぐにエネルギーになりやすい甘い物を脳がさらに欲するようになるということは以前お話ししましたが、甘い物の過食は前頭葉機能の低下によっても起こります。

「テーブルの上に甘い物を置いておくと、いつの間にか全部なくなっている」というのはよく聞かれるエピソードです。

チョコレートや饅頭、ケーキ、菓子パン、ジュースなどあればあるだけ食べてしまったりするのです。

糖尿病のある方や予備軍の方などでは本当に困ってしまうのですが、そうでない方でも糖尿病になりやすくなったり、栄養が偏りやすくなってしまうので注意が必要になります。

また甘い物ばかりでなく、全般的に味が濃い物を好むようになったりもします。

さらに元々の飲酒や喫煙の習慣があった人が、飲酒量や喫煙量が大量になってしまうこともあります。

とにかく好きなものを我慢できなくなって、同じもの「ばっかり」を続けてしまうようになるのです。

 

次に挙げる「前頭葉症状」は「被刺激性・環境依存性行動」になります。

この症状があると周囲からの刺激に容易に影響されるようになります。

日常生活場面では、目の前の人のしぐさや言葉を真似たり、目に入った看板の文字をいちいち読み上げるといった言動が見られることもあります。

診察室では、短期記憶の課題で覚えてもらう物品が入った箱を目の前に出すと思わず両手でその箱を持ってしまったり、診察机の上に置いてある紙を勝手にいじり出したりといった行動が見られたりします。

病院でも入院中の患者さんに「こんにちは」と挨拶すると、同室の他の患者さんが「こんにちは」とオウム返しをする「反響言語」に遭遇することがありますが、これもこの症状によるものです。

また痛みに敏感になる傾向もあります。

よく見られるのは診察での血圧測定時にマンシェットで腕を締め付けられると「痛い!痛い!」と言う場面です。

この症状のことを当院では「マンシェット徴候」と名付けていますが、これは「前頭葉症状」の有無や強さの目安になります。

また、その日の体調や薬が効いているかどうかを判断する上でも「マンシェット徴候」は有効な目安になっています。

 

次に挙げる「前頭葉症状」は「注意散漫・集中困難」になります。

落ち着かないことが多くなり、じっとしていられずそわそわと歩き回ったり、常に手を動かしていたりします。

また集中してひとつのことを続けられなくなったりします。

そのため、その場からどこかへ出て行こうとする「立ち去り行動」がみられ、介護上の問題になることもあります。

 

以上になりますが、認知症の方と一緒に暮らしている家族や普段周りにいる人にとっては、実は「もの忘れ」症状だけで困ることはそれほどありません。

この「前頭葉症状」が前景化してくると本当に困ってしまい、一緒に生活するのが困難になってくるのです。

そのため認知症の治療にとって、この「前頭葉症状」をいかにコントロールできるかがとても大事になるのです。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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