前回は、もの忘れを除いて認知症になると出現しやすい症状⑦の「前頭葉症状」についてお話ししました。
お気づきの方もいるかと思いますが、実はこの「前頭葉症状」は「発達障害の症状」にとても似ています。
今回は、次の認知症チェックリストの項目の説明にいく前に「前頭葉症状と発達障害」についてお話ししようと思います。
まずは認知症チェックリスト⑦の「前頭葉症状」を挙げてみます。
**************************************************************************************************
⑦前頭葉症状がある
・態度が横柄で、気遣いができなくなった
・怒りっぽくなった。スイッチが入ると目が座って手が付けられない。しばらくするとケロッとしている
・疑い深くなった
・食べ物の好みが変わって味が濃いもの、特に甘い物やお菓子などが好きになった
・早食いや食べこぼしがある
・空気が読めなかったり、場にそぐわない言動が見られる
・相手に違和感や変な印象を与えるようになった
・化粧や身だしなみに気を配らなくなった
・着替えない
・風呂好きだったのに嫌がって入浴しなくなった
・よくトイレを汚す
・自分が変だという認識(病識)がない
・同じような言動を繰り返し(常同行動)、止められると怒り出す
・時刻表的行動がある(毎日同じ時間に同じ店で同じ席に座り同じ物を注文するなど)
・1つの行為や物事にこだわり、執着する(物を集める、同じ物を買う、ごみ屋敷、クレーマー、ストーキングなど)
・善悪観念が欠如し、悪いことをしても何とも思わない(万引きなど)
・多動で落ち着きがない
・子供っぽくなった
・going my wayな性格に輪がかかった
・感覚過敏(においや味、寒暖など)や痛覚過敏(血圧測定で痛がるなど)がある
・無気力で引きこもりがちになった
**************************************************************************************************
次に発達障害の中で自閉症スペクトラム障害(ASD)と注意欠陥多動性障害(ADHD)の2つの診断基準を挙げてみます。
**************************************************************************************************
DSM-5における自閉(症)スペクトラム症/障害(ASD:Autism Spectrum Disorder)の診断基準
以下のA、B、C、Dを満たすこと
A:社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害(以下の3点)
・社会的、情緒的な相互関係の障害
・他者と交流に用いられる言語を介さないコミュニケーションの障害
・(年齢相応の対人)関係性の発達・維持の障害
B:限定された反復する様式の行動、興味、活動(以下の2点以上で示される)
・常同的で反復的な運動動作や物体の使用、あるいは話し方
・同一性へのこだわり、日常動作への融通のきかない執着、言語・非言語上の儀式的な行動パターン
・集中度や焦点付けが異常に強く限定、固定された興味
・感覚入力に対する敏感性あるいは鈍感性、あるいは感覚に関する環境に対する普通以上の関心
C:症状は発達早期の段階で必ず出現するが後になって明らかになるものもある
D:症状は社会や職業その他の重要な機能に重大な障害を引き起こしている
**************************************************************************************************
DSM-5における注意欠陥・多動性障害(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の診断基準
A1:以下の不注意症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.細やかな注意ができず、ケアレスミスをしやすい。
b.注意を持続することが困難。
c.上の空や注意散漫で、話をきちんと聞けないように見える。
d.指示に従えず、宿題などの課題が果たせない。
e.課題や活動を整理することができない。
f.精神的努力の持続が必要な課題を嫌う。
g.課題や活動に必要なものを忘れがちである。
h.外部からの刺激で注意散漫となりやすい。
i.日々の活動を忘れがちである。
A2:以下の多動性/衝動性の症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.着席中に、手足をもじもじしたり、そわそわした動きをする。
b.着席が期待されている場面で離席する。
c.不適切な状況で走り回ったりよじ登ったりする。
d.静かに遊んだり余暇を過ごすことができない。
e.衝動に駆られて突き動かされるような感じがして、じっとしていることができない。
f.しゃべりすぎる。
g.質問が終わる前にうっかり答え始める。
h.順番待ちが苦手である。
i.他の人の邪魔をしたり、割り込んだりする。
B:不注意、多動性/衝動性の症状のいくつかは12歳までに存在していた。
C:不注意、多動性/衝動性の症状のいくつかは2つ以上の環境(家庭・学校・職場・社交場面など)で存在している。
D:症状が社会・学業・職業機能を損ねている明らかな証拠がある。
E:統合失調症や他の精神障害の経過で生じたのではなく、それらで説明することもできない
**************************************************************************************************
「前頭様症状」とASDおよびADHDの診断基準を見比べてみると、やはり重複している症状が多いことに気付きます。
「前頭葉症状」と重なっている症状を具体的に挙げてみると、ASDでは社会性の障害、コミュニケーションの障害、他人の気持ちを想像することが困難、常同行為、1つのことへのこだわり・執着、痛覚過敏など、ADHDでは落ち着きがなくて多動、注意散漫で1つのことに集中できない、じっとしていられないなどの症状になります。
これらの症状は程度の差はあれ、誰でもある程度持ち合わせている特性でもあり、子供の時にはもっと性格の前面に出ていたものではないでしょうか。
それが年齢とともに前頭葉が発達、成熟していくにつれて「我慢すること」「他人の気持ちを自分のものとして考えること」などができるようになり、いわば自分の「わがまま」を理性的に「抑える」ことができる、社会性を持った「大人」へと成長していくのでしょう。
そのためASDやADHDの特徴や「前頭葉症状」というのは、すなわち「子供っぽい」言動であるとも言えます。
そもそも発達障害というのは幼児期から青年期くらいまでの方を対象にして診断されるものです。
ただそれ以上の年齢の大人であっても、診断されないだけで発達障害の特徴を持ち合わせる方は間違いなく存在しており、それは高齢者も例外ではありません。
そしてたとえ年齢層が異なっていたとしても、持ち合わせる発達障害の本質というのは変わらないとされています。
ちなみに子供の頃ADHDだった人は、1/3が思春期までに症状がなくなり、1/3が大人になっても症状が残るものの生活に支障はなくなり、1/3が大人になっても症状が残り生活に困難が生じるとされています。
大人になってもADHDの特徴は変わりませんが、ただ仕事を始めるなどして環境が変化したりすると周囲の人たちの対応が違ってきます。
子供時代は落ち着きのなさといった多動性が目立ってはいるものの、家庭や学校に守られているので、本人の自覚がない場合も多いですが、子供ということで大目に見られたり、励まされたり叱られることで一時的に症状が治まるので、「個性」の範囲内であると周りは見てくれたりします。
それが大人になると多動性は弱まるものの、そのかわりに忘れ物や集中力のなさといった不注意が目立つようになり、そのことを家族や周りの人たちから指摘されることで、否が応でも症状を自覚することが多くなります。
さらに忘れ物ばかりで片付けができない、仕事をやりとげられないなどと、子供の頃は見過ごされていた症状が会社勤めや結婚生活などで目立ってくると、周りから非難の目で見られることも多くなるため、成長するにつれて自己評価が極端に低くなって、うつ病や不安障害などの二次障害が出やすくなったりします。
また近年は、幼少期にはADHD傾向はなかったけれども、成人後に日常生活におけるストレスが誘因となって初めてADHDを発症する一群(late-onset ADHDといわれる)がいることも分かってきました。
以前もお話ししましたが、認知症外来で「認知症」と診断される方の元々の性格を伺うと、ASD傾向やADHD傾向、またはASDとADHD両者の傾向を併せ持つタイプの方が圧倒的に多いことに驚きます。
そういった傾向の方は「脳の脆弱性」を持ち合わせていてストレスに弱く、仕事や人間関係、病気やケガといった心身へのストレスが引き金になってASDやADHDの症状が前景化し、それが「認知症様」の症状になったり、さらに加齢的要素も加わることで本物の「認知症」へと移行しやすくなるのではないかと思われます。
そして実際の臨床場面においても、元々何かしらの「前頭葉症状」があって、そこに「もの忘れ」が合併するとともに、元々の性格や特性に輪が掛かって「前頭葉症状」も前景化してしまい受診に至るといったケースが非常に多いのです。
長くなりましたので、次回に続きます。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
↑↑ 応援クリックお願いいたします