認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

➉幻覚(幻視・幻聴・実体意識性など)や妄想がある【認知症チェックリスト】(後)

前回は、もの忘れを除いて認知症になると出現しやすい症状➉の「幻覚」について主にお話ししました。

今回はその続きです。

 

**************************************************************************************************

⑩幻覚(幻視・幻聴・実体意識性など)や妄想がある

・幻視(ネズミなどの小動物や虫、人、床が歪んだり水に濡れているように見えるなど)がある 

・幻聴がある 

・実体意識性(見えないが誰かがいる気配がする)がある

・物盗られ妄想や嫉妬妄想などがある 

・幻覚がもとで妄想に発展することがある

**************************************************************************************************

 

前回「幻視」や「幻聴」などの「幻覚」は本人にとって「まぼろし」とは思えないほどリアリティがあるため、それを本当のことだと思い込んで「行動化」してしまったり、「妄想」に発展しまうことがあるとお話ししました。

その具体的な例としては、「幻視」で知らない「男の人」が見えている場合、本人が財布やお金を入れた場所を忘れてしまった時に「きっとあの男が持って行ったに違いない。泥棒が入った」と思い込んで警察に通報して大騒ぎになってしまったり、知らない「女の人」が見えている場合、「夫が浮気しているに違いない」と思い込んで夫をずっと非難し続けてしまうといったケースがありました。

いわゆる「物盗られ妄想」とか「嫉妬妄想」などと言われるものですが、「妄想」の内容としては「お金」と「異性関係」に関するものが確かに多い印象があります。

「妄想」でやっかいなのは、本人が一旦そう思い込んでしまうと、なかなかそれを覆すことが難しく、さらにそれが間違いであることを本人に指摘すればするほど、ますます本人の「スイッチ」が入ってしまって「不穏」を増強させかねないことです。

それがエスカレートすると家を飛び出して隣の人を呼びに行ったり、警察に駆け込んだりしてしまうので、同居している家族が本当に困って病院に駆け込んできたりします。

 

「幻覚」も「妄想」も薬である程度コントロールすることはできますが、認知症を伴う神経変性疾患の場合、症状を全て「消す」のはなかなか難しいようです。

「幻覚」に対しては抑肝散やごく微量のクエチアピン・リスペリドン・クロルプロマジンを使ったりしますが、サプリメントのフェルラ酸が著効することもあります。

治療が上手くいくと、「幻視」の頻度や見える人数が減ってくるとともに、はっきり見えていたものがぼやけてきて、そのうち影になったり、「気配」だけになったりします。

この「実際には見えないけれども誰かがいるような気配がする」というのが「実体意識性」と呼ばれるものです。

「実体意識性」は「幻覚」症状の出始めや「幻覚」の治療経過中に現れたりしますが、本人には見えないけれど「誰かが2階に住んでいる」などと言ったりします。

また治療を進めているうちに「見えているもの」や「聞こえているもの」が「幻視」や「幻聴」であると本人が認識できるようになることもあり、そうなると治療はグッと楽になります。

「幻覚」を全て消そうとすると、どうしても薬を増やしていかなければなりませんが、そうすると姿勢が傾いてしまったり、起き上がりや立ち上がりや動作が鈍くなったり、歩行バランスや嚥下機能などが悪くなるなどの副作用が出やすく(=パーキンソン症状が増強しやすく)なります。

それを本人と相談して「変なものはまだ見えるけどあまり気にしない」という程度にまでなれば、副作用の出やすい薬を増やさずに済むからです。

ちなみに向精神薬と抗パーキンソン病薬の使用は全くのシーソー関係になっており、精神症状を改善させるために向精神薬を増やすと身体症状(パーキンソン症状)が増悪しやすく、身体症状を改善させるために抗パーキンソン病薬を増やすと精神症状が増悪しやすいという特徴があるため、両者の「落としどころ」を探りながら「薬の微調節」をしていかなくてはなりません。

しかし認知症を伴う神経変性疾患の方が持ち合わせていることが多い「薬剤過敏性」のため、「薬の微調節」で苦労することが結構多いのです。

 

また「妄想」に対しては抑肝散やトコフェロール酢酸エステル、ごく微量のチアプリド・クエチアピン・リスペリドンなどを使ったりします。

ただ微量の薬で「妄想」の症状が「微動だにしない」場合は、高齢発症する精神科領域の「妄想性障害/遅発性パラノイア」が疑われ、そういった場合は向精神薬をもっと多い量で使っていかねばなりません。

それで症状が軽減して副作用も少なければ、診断的治療の結果として「妄想性障害/遅発性パラノイア」の可能性が高いと判断できます。

認知症を伴う神経変性疾患による「妄想」であった場合は、「幻覚」の治療と同様に向精神薬の使用はごく微量から開始し、やはり副作用を見極めながら薬を「微調節」していかなくてはならず、やはり苦労することが多い印象があります。

 

投薬治療に並行して行っていかなければならないのが、「良質な睡眠」と「排便コントロール」そして「周りにいる人の適切なケア」の確保です。

「幻覚」と「妄想」は「意識の変容」や「睡眠不足」、「便秘」などによって「覚醒度」が落ちていると出現しやすくなります。(過去の記事もご参照ください。⇒「便秘が認知症を悪化させる!?」https://kotobukireha.hatenablog.com/entry/2019/07/19/143345、「③意識の変容があり、ボーッとしている時とはっきりしている時の波がある【認知症チェックリスト】」https://kotobukireha.hatenablog.com/entry/2019/10/18/065940

誰でもボーっとしている時は適切な認知や判断がしにくくなるため、「睡眠」と「便秘」の治療を行って意識が「はっきり」してくると、他の認知症の症状と同様に「幻覚」や「妄想」も出現しにくくなるのです。

また「幻覚」や「妄想」で落ち着かない本人に対して、「間違いを指摘」したり「理屈で説明して納得させよう」としたりするのは「火に油を注ぐ」ようなものですので、絶対にしない方が良いです。

本人に対して「そんな訳ないだろう!」「何を言ってるんだ!」などと大声をあげたりするのは「もってのほか」です。

そのような対応がさらに本人を興奮させしまうことになり、あらゆる認知症の症状が悪化してしまうからです。

周りの人に求められるのは、動じない態度で穏やかに見守りながら、小さい子供に接するように「それは大変ですね」などと優しく相槌を打ちながら本人が落ち着くまで待つという対応です。

どうしても本人の興奮が治まらないような場合は、しばらくその場から離れてみるのも一つの手です。

しばらくするとさっきまであんなに興奮していたことなどはすっかり忘れて、ケロッとしていることも少なくないからです。

「幻覚」や「妄想」の症状に限らず、周りの人が「適切なケア」を行えるようになるだけで、認知症の症状が安定してくることが少なくありません。

反対にどんなに適した薬を使っても、周りの人が「不適切なケア」をし続けている限り、症状が改善することは「まずない」と言っても過言ではありません。

それだけ認知症の治療にとって「周りにいる人の適切なケア」というのは大事なのです。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村

↑↑ 応援クリックお願いいたします

f:id:kotobukireha:20190702092414j:plain