認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「もの忘れ」を生じさせやすい「発達障害」の症状(後)

前回は若年層や中壮年層の方が「もの忘れ」を主訴にして受診されてくる場合、ADHD注意欠陥多動性障害)傾向があって「注意障害」をベースに持っていることが多く、また「もの忘れ」の出現の仕方も比較的「急に」というのが多くのケースで共通しているというお話をしました。

そして症状の出方が「急」であることについても理由があるとお話ししましたが、今回はその理由についてから話を始めます。

 

ADHD傾向がある若年層や中壮年層で「もの忘れ」を主訴にして受診されてくる方のお話を聞くと、最近「忙しい」「異動などで職場が変わった」「就職した」「管理職になった」などによって今までよりも本人が「ストレス」を受けている場合がほとんどです。

実は「発達障害」傾向のある方は「ストレスに弱い」ということが知られています。

ある医療機関を受診された大人のADHDのある方のうち、うつ病や不安障害、社会的ひきこもり、パーソナリティ障害、依存症、嗜癖行動などの合併症を併発していた割合が86.2%という極めて高い頻度だったという報告もあります。

(出典:星野仁彦「ひきこもりと発達障害」P23(最終閲覧日2019年12月9日)https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/hikikomori/handbook/pdf/1-2.pdf

その理由として「近年の専門医の考え方では、発達障害の合併症は、脳の脆弱性とストレスの強さの相互作用によって生じるとし、これを『ストレス・脆弱性モデル』と呼んでいる。これはもともと脳に弱さを持つ人は少しのストレスでも反応を起こし、脳が健常であればストレスに強いという考え方である。脳の脆弱性とは、脳のある部位の機能障害である。」と述べています。

ちなみに「脳のある部位の機能障害」とは、具体的に「前頭葉から基底核線条体に至る『報酬系ドーパミンを分泌して快感を高める神経系)』 という部位が未発達」であることだと指摘しています。

また、そもそもこの「脳内報酬系」の機能障害がADHDの特性である「注意障害」の原因ではないかと考えられているのです。

発達障害の中でもADHDの特性が目立つ人は脳の構造上の特徴として、脳内報酬系の活性が低い(ドーパミンが少ない)傾向があることが指摘されています。脳内報酬系は、専門的にはA10神経と呼ばれるドーパミンが関与する神経系です。

人は、脳内報酬系が刺激される(ドーパミンが増加する)ことで、やる気や快感が生じ、集中力を持続することが可能となります。したがって、脳内報酬系の活性が低い傾向があるADHDの人は、刺激が少ないと、やる気や快感を感じることがなかなか出来ず、また、不注意から様々なミスを繰り返すことになります。

そのため、ADHDの人は無意識のうちに、行動し続けること(すなわち多動)や、何かに依存することで脳内報酬系の活性を高めようとしていると思われます。」

(出典:依存症・大人の発達障害専門 マリアの丘クリニック(最終閲覧日2019年12月9日)http://www.maria-hill.jp/14866042308350

つまりADHD傾向の方は、脳の特性として「満足」が得られにくいために常に新たな刺激を求めて「多動」になっているというのです。

さらにADHDの方の脳では神経伝達物質であるドーパミンなどの働きが不足しているため、脳内に情報をしっかり伝達したり、やる気を起こしたり、集中力を持続させることができずに「ぼんやり」して「注意散漫」になりやすく、「多動」と「注意散漫」によって「注意障害」を呈しやすいというのです。

 

そしてADHD傾向の方は、この「脳内報酬系」にもともと「脆弱性」があって特に「ストレス」に弱いため、「ストレス」があると高頻度でADHD特有の症状を顕在化させてしまったり、それによって二次的な精神症状を呈しやすくなっているのです。

このことから「もの忘れ」を主訴にして当院を受診されるADHD傾向がある若年層や中壮年層の方も、心身の疲労や環境変化などによる「ストレス」によってもともと持っていた「注意障害」の症状が顕在化し、それによって二次的に日常生活に支障をきたすほどまでの「もの忘れ」症状が出現したのだと考えられます。

つまり「もの忘れ」が比較的に「急に」出現してきたのは、症状が出現する前あたりから本人にとって「ストレス」になるような何らかの原因が生じていたためであり、実際にそのような場合がほとんどなのです。

 

また「注意障害」はADHD傾向のある方に出現しやすい症状ではありますが、「ADHD特性」同様に、やはり認知症外来を受診される方がベースに持っていやすい「ASD(自閉症スペクトラム障害)特性」のある方も例外ではありません。

ASDとADHDは合併していることが多いからです。

和歌山県立医科大学医学部の森川吉博教授の研究によると「ASD患者の約70%が合併精神疾患(注意欠如多動性障害、不安神経症、知的障害、うつ病睡眠障害てんかん)を持ち、41~78%がADHDを合併する」とされています。

つまりASD傾向の方も「注意障害」を持ち合わせていることが多く、そのため何らかの「ストレス」がきっかけとなって「もの忘れ」が出現しやすいということになります。

そして実際にそのようなケースが少なくないのです。

 

では最後にADHDやASD傾向の方が「もの忘れ」を訴えられて受診されてきた場合、どのように治療を進めていくのかについてですが、それはやはり「もの忘れ」の原因となっている「注意障害」などもともとその方がベースに持っている「発達障害」の症状に対して治療を行っていくことになります。

実際には本人のベースにある症状が「落ち着く」ような処方薬やサプリメントを使用したり、生活習慣の指導などを行っていきますが、もちろん周囲の協力が得られる場合には「ストレス」の少ない環境づくりも進めていってもらいます。

そうすると自然に「もの忘れ」が軽快してくることが多いのです。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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