認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「もの忘れ」を主訴に受診された「発達障害」傾向のある症例(その3)

前回に引き続き今回も「もの忘れ」を主訴に受診された「発達障害」傾向のある症例についてお話しします。

 

3番目の症例は初診時40代後半の男性でやはり「もの忘れ」を主訴に受診されました。

妻と幼い子供2人と4人暮らしで、本人は金融関係の仕事をしているが、最近妻から「もの忘れ」がひどいと指摘され受診に至りました。

以下が初診時の問診内容になります。

・人の名前が出てこない。特に最近会った人。

・以前に比べて仕事が忙しくなっている。

・妻から「何回も同じことを聞いて、あなた大丈夫?」と言われる。下手すると10回位同じことを聞いているみたい。

・怒りっぽくなった。

・去年の脳ドッグで脳の隙間が大きくなっている。「もの忘れはないですか?」と言われた。

・寝言はなく、夜は眠れる。夢は見る。良い夢ではなく心配事。

・運動はしてません。

 

次に初診時に行った主なテスト結果と所見を以下にまとめます。

・指を順番に曲げ伸ばしする(指数え)テスト:両手指とも拙劣。鏡像運動は認めず。

・指節運動失行テスト:両手指とも拙劣で、運動時に対側手指に明らかな鏡像運動が出現。

・マイヤーソン徴候:陽性

・姿勢反射障害:後方優位に前後で障害。

・眼球運動:両側とも下転制限あり。上転制限も軽度あり。

・改訂長谷川式簡易知能評価スケール:28/30点(3単語の遅延再生で1つだけヒントで正答、5つの物品記銘で4つ正答)

 

次は再診時に奥さまと2人の子供が一緒に受診されたのですが、その時に奥さまがお話しされた内容です。

・うつがひどかった時は食事をしている時、机にうつ伏せに寝てしまうことがあった。

・いつも朝起きられない。身体がつらいと。

睡眠時無呼吸症候群があり、あおむけで寝るといびきが強い。

・金融の仕事で多額のお金を動かしているので心配。

・体重が減った。内科的に問題なく、それで脳ドックを昨年受けた。

・今日連れてきた上の子供も多動(通院中)。夫も「発達障害」だと思う。

・昔は温厚な人だったのに、最近すぐ切れる。

・先日洗濯物の下着から便が出てきた。本人は全く覚えがないと。それがきっかけで受診を促した。

・もう一人子供を作りたいのですが・・・

 

最後は画像検査の結果になります。

・頭部MRI検査:両側前頭葉と右優位に両側頭頂葉の萎縮。

・脳SPECT検査(脳血流シンチグラフィ):両側前頭葉と右頭頂葉の血流低下。

 

これらの結果から診断は、ADHD注意欠陥多動性障害)タイプの「もの忘れ」となり、軽度ASD(自閉症スペクトラム障害)を合併している可能性も考えられました。

そして治療薬として「リバスチグミン」4.5mgを隔日、就寝前に「クロルプロマジン」2mgを処方し、さらにサプリメントの「フェルラ酸」を摂取するようお勧めしました。

すると初診から約2か月後には、本人の目つきや表情がはっきりしてハキハキと受け答えできるようになったのです。

そして本人は、

・シャープになった。

・ボーっとしなくなった。

・仕事もきちんとやっている。

・実は子供の頃、息子と同じようにとても落ち着きがなかった。

・会社から40分かけて歩いて帰っている。

とお話ししてくれました。

 そして初診から約半年後には、

・調子は良いです。

・仕事も順調です。

・妻にも良くなったと言われている。

という状態になったのです

 

投薬については、経過中まだ夢を見るということで就寝前に「抑肝散」2.5mgを1包追加されましたが、その後は調子が良いので減薬・中止しています。

最終的には「リバスチグミン」4.5mgを毎日と「フェルラ酸」のみで良い状態が保てるようになりました。

 

この症例もやはりご自身の成育歴や子供が「多動」で通院していることから、ADHDの特性が強い「発達障害」であると比較的容易に診断できました。

また奥さまがこのような夫や子供の状態にも関わらず「もう1人子供がほしい」とお話しされるなど、奥さまにもASDの気質があることが伺えました。

奥さまにこのような気質があることや本人に「うつ症状」が出ていることも診断を後押ししていると言えます。

この症例では、金融関係の仕事で日頃から多額のお金を扱っている「プレッシャー」があるところに「忙しさ」も加わったことが引き金となり、もともとの「注意障害」が前景化して「もの忘れ」症状が出現してきたものと考えられます。

ただ頭部MRIと脳SPECTにおいて両側前頭葉と右頭頂葉の萎縮と機能低下を示す所見が出ていることから、治療介入や生活習慣の改善がなければおそらく数年のうちに本物の「認知症」へ移行する可能性が高かったのではないでしょうか。

実際の治療では、まず脳の血流を上げる効果のある「リバスチグミン」と前頭葉機能を整えて気分を落ち着かせる効果がある「クロルプロマジン」と「フェルラ酸」を使用しました。

また経過中「夢を見る」ということだったので、睡眠の質を向上させてさらに日中の覚醒度を上げるために「抑肝散」も一時的に使用しました。

すると数か月で薬とサプリメントが著効し、「スッキリ」「シャープ」になって「もの忘れ」が目立たなるとともに動作も「素早く」なったのです。

さらに運動習慣を持つよう勧めたところ、会社から毎日40分ウォーキングして帰るようになったことも効果的だったと思われます。

軽く汗ばむような運動習慣を持つことによって、身体が適度に疲れ、体内時計も整えられるので夜間の睡眠の質がさらに向上し、ドーパミンなどの神経伝達物質もしっかり補充されて活動しやすくなったと考えられるからです。

その結果、日中の覚醒度が上がるとともに精神面・動作面ともに「素早く」なったのでしょう。

もしかすると病理的には何かしらの認知症疾患をすでに「発病」しているかもしれませんが、適切な治療と生活習慣によって「発症」を予防したり、先送りできることが決して不可能ではないことを、この症例もまた示してくれているように思います。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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