繰り返しになりますがレビー小体型認知症の中核症状である「意識の変容」を改善させるためには、良質な睡眠習慣の確立(睡眠障害の治療)が不可欠になります。
そして前回までは良質な睡眠習慣の確立(睡眠障害の治療)のために当院で実践している投薬治療についてご紹介してきました。
ただやはり副作用を伴う薬に頼る前にできること、やっておきたいことがいくつかあります。
そこで今回は投薬治療の前に、良質な睡眠習慣を持つために自分たちが日常生活の中でできること、気を付けた方が良いことなどについてお話ししようと思います。
良い睡眠習慣を持つのためには「体内時計」を整えることが不可欠
人はそれぞれ自分の身体の中に「体内時計」を持っており、良い睡眠習慣を持つためには何といってもこの「体内時計」を整えることが不可欠になります。
ただ人の「体内時計」は24時間よりも30分ほど長くなっていることが知られています。
そのため人は生活していく中で自分の「体内時計」のズレを毎日修正していかなくてはなりません。
実はこの「体内時計」のズレを修正する仕組みには「光の刺激」と「食事の刺激」の2つが大きく関わっています。
したがって「光の刺激」と「食事の刺激」をうまく活用することができれば、1日の生活サイクルに「体内時計」を合わせて良質な睡眠習慣も持ちやすくなるのです。
前回までにご紹介した、当院で使用している新しいタイプの睡眠薬であるラメルテオン(ロゼレム®)とスボレキサント(ベルソムラ®)は、それぞれ「光の刺激」と「食事の刺激」を活用した時と同じ身体の反応を利用したものになっています。
そのためラメルテオンとスボレキサントは睡眠薬の中でも副作用が少なく、高齢者に対しても使いやすいというメリットがありました。
しかしやっぱり薬なので副作用が全くないというわけではないので、使わないで済むならそれに越したことはありません。
そのため「眠れない」と言って薬に頼る前に、生活の中で「光の刺激」と「食事の刺激」をうまく活用すれば「体内時計」を整えやすくなるので、まずはそこから始めてほしいのです。
「体内時計」を整える「光の刺激」
人の「体内時計」の中枢は脳の視床下部にある「視交叉上核」という小さな神経核にあり、そこに1日24.5時間の「メイン時計」があります。
また胃、腸、肝臓、腎臓、さらに血管や皮膚などの組織には「サブ時計」があります。
「光の刺激」では、特に朝の「太陽の光」が網膜を通じてメイン時計のある視交叉上核を刺激し、末梢の組織にある「サブ時計」に対して時間のズレをリセットするよう指令を出すのです。
心身ともに夜の休息の状態に切り替える働きをするのが「メラトニン」というホルモンです。
「メラトニン」は脳の「松果体」から分泌されるホルモンで、夜暗くなると脳から分泌されて「体内時計」に働きかけます。
前日に十分寝ても、次の日の夜になるとまた眠くなるのはこの仕組みのためだと言われています。
それが朝になって光を浴びると、脳にある「体内時計」の針が進んでリセットされ、心身ともに活動状態になって「メラトニン」の分泌が止まり「覚醒」を促してくれるのです。
つまり「メラトニン」の分泌は主に「光の刺激」によって調節されていると言えます。
そのため夜中に強い照明の中にいたり、パソコンやスマホなどのブルーライトを浴びると「体内時計」の働きが乱れてメラトニンの分泌が抑えられ、睡眠覚醒リズムが乱れる原因になるので注意が必要です(=iPad不眠症、スマホ症候群)。
ちなみに先述したラメルテオンは「メラトニン」の働きを促すことで眠気を誘発する睡眠薬でした。
身体の生理的な反応として強い朝日の「光の刺激」を浴びると12時間後に「メラトニン」の分泌が開始されます。
そのため朝ベランダに出て1分ほど太陽の光を浴びるだけでも睡眠周期をリセットすることができるのです。
朝8時にたっぷり朝日を浴びれば、夜の8時には「体内時計」から指令が出て再び「メラトニン」が分泌されてきます。
そして徐々に「メラトニン」の分泌が高まってくると、その作用で深部体温が低下し、心身ともに休息の状態に導かれ眠気を感じるようになるのです。
実は人には深部体温が下がると眠くなる性質があります。
そのためお風呂に入るといったん体温が上昇し、そこから大きく深部体温が下がって眠気が出やすくなるので、寝る1~2時間前の入浴も眠気を誘発するには有効だといえます。
逆に冬寒い時に電気毛布のスイッチをずっとつけておいたりするのは控えた方が良いでしょう。
ちなみに睡眠に悪いものとしてコーヒーや緑茶に含まれるカフェインや利尿作用のあるアルコールがあります。
しっかり眠るためにはカフェインの摂取は、就寝4時間前までにし、深酒や寝酒は控えた方が良いと言われています。
逆に睡眠に良い食べ物として牛乳、バナナ、豆類、ナッツ類などが挙げられます。
これらは必須アミノ酸であるトリプトファンを含んでいて、脳内物質のセロトニンの材料になるのですが、このセロトニンが「メラトニン」の分泌を促してくれるのです。
ただ睡眠ホルモンである「メラトニン」は、年齢を重ねるとともに分泌量が減ってきます。
年をとると朝早く目覚めたり、夜中に何度も目が覚めたり、若い頃より睡眠時間が減ってくるのは、加齢により「メラトニン」の分泌量が減り、「体内時計」の調節機能が弱まってしまうからなのです。
したがって加齢に伴って弱まる「体内時計」の調節機能を補うためにも、特に高齢者では上記のような「光の刺激」を活用した生活習慣を意識的に持つことが大事だと言えます。
「体内時計」を整える「食事の刺激」
「食事の刺激」では、食事を摂ることで「体内時計」の「サブ時計」がある胃腸、肝臓、すい臓、皮膚、血管などのすべての細胞に対して「朝ですよ。リセットして下さい」と直接指令が届きます。
そのため朝食を抜くと「体内時計」が乱れやすくなり、肥満や生活習慣病、がんなどの病気にもかかりやすくなると言われています。
ちなみに外国に旅行に行った時の時差ボケを少なくするためには「体内時計」を整える「食事の刺激」を利用して、現地の朝食時間に合わせて機内などで食事を摂ると良いとされています。
「光の刺激」には睡眠ホルモンの「メラトニン」を介して「体内時計」を整える作用がありました。
もう一つの睡眠ホルモンとして「体内時計」を整えるのが「オレキシン」になります。
「食事の刺激」にはこの「オレキシン」を介して「体内時計」を整える作用があるのです。
「オレキシン」は食欲中枢のある視床下部外側野から産生され、食欲や睡眠・覚醒に関わる神経ペプチドとして知られています。
人は「オレキシン」が低下すると眠くなるのですが、食後に眠くなるのは「オレキシン」が低下するためなのです。
つまりお腹が空いた時に分泌される「オレキシン」が食欲を増進させるのですが、満腹になると血糖値の上昇とともに「オレキシン」が低下して眠気が誘発されるのです。
昼食後などは特に眠くなりやすいですが、「体内時計」を整えるためには、日中はしっかり起きて活動することが大切なので、昼寝をするなら午後3時までで20~30分以内にした方が良いでしょう。
ちなみに先述したスボレキサントは「オレキシン」の働きを弱めることで眠気を誘発する睡眠薬でした。
その他にも、良質な睡眠習慣を持つためには、軽い運動習慣を持つことで日常的に心地良い疲労感を得ることや、休日の起床時間は平日と2時間以上ズレないようにして生活リズムと「体内時計」を整えておくことなどが大事だと言われていますので、併せてお伝えしておきます。
「睡眠不足」は認知症に限らず、多くの病気の「元凶」になり得るものです。
認知症の方はもちろん、もし睡眠に何らかの問題を抱えているのであれば、良質な睡眠習慣を持つために、まずは今回お話しした「光の刺激」や「食事の刺激」を生活の中に取り入れてみてはいかがでしょうか。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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