前回まで、認知症を伴う神経変性疾患の方は「便秘」や「体温上昇」、「低気圧」によって症状が悪化しやすく、それは「てんかん性異常放電」が誘発されやすくなるからではないかと考えられ、また「てんかん性異常放電」は神経線維の「脱髄」が生じている部位で起こりやすく、それを放置することで様々な病態を発症・進行させることになるので、「てんかん性異常放電」が疑われる場合には、いかに早期から治療介入できるかがカギになるということをお話ししました。
今回は「てんかん」の治療に有効だとされる食事療法についてお話しします。
「てんかん」の治療に用いられる食事療法に「てんかん食」があります。
実は「てんかん食」は2016年度の診療報酬改定で新たに「栄養食事指導」の対象に加えられ、医療保険が適用されるようになりました。
「てんかん食」は「ケトン食」とも言われています。
「ケトン食」は約100年前にアメリカで発表された歴史のある食事療法とされていますが、実は紀元前にヒポクラテスが断食によりてんかん発作が抑制された患者について記述しています。
断食をすると「ケトン食」を摂取し続けた時と同じように、身体に「ケトン体」が増えて同じような効果があることが分かっています。
そのため「ケトン体」のことは分かっていなくても、断食によって増える「ケトン体」がもたらす作用については、ずっと古い時代から認識されていたと言えます。
アメリカで発表された後「ケトン食」については研究が重ねられ、近年では抗てんかん薬の効果が不十分な難治性てんかん患者の発作を軽減させることが明らかになっています。
以下が「ケトン食療法」の歴史についてまとめたものです。
【ケトン食療法の歴史】
・紀元前-ヒポクラテスが断食によりてんかん発作が抑制された患者について記述。
・1921年-アメリカのWoodyatt:絶食や高脂肪・低炭水化物の食事でケトン体が産生されることを報告。メイヨークリニックのWilder:3例のてんかん患者に高脂肪・低炭水化物の食事を行い、発作軽減を確認し、「ケトン食療法」と命名。
・1938年-抗てんかん薬のフェニトインが開発され、薬物療法中心の治療となる。
・1990年代-アメリカのジョンズ・ホプキンス大学で有効性が見直される。
・2003年-アトキンズ食(高脂肪・低糖質食だがエネルギーやたんぱく質の制 限は行わない)が開発され、有用であることを報告。
・2007年-改良アトキンズ食(60%の脂肪、30%のたんぱく質、10%の炭水化物を含むエネルギー制限を行わない食事)でも治療効果があることを報告。
(中山智博.ケトン食の歴史.丸山博、岡崎由有香、竹浪千景ほか編.ケトン食の本-奇跡の食事療法-.第一出版、東京、2010、p3より引用)
「ケトン体」とは
「ケトン食」とも言われる「てんかん食」の大きな特徴は、高脂質・低糖質であることです。
つまり「てんかん食」というのは、いわゆる「糖質制限食」のことのことなのです。
「糖質制限食」を続けて体内の「ブドウ糖」が不足してくると、肝臓で脂肪が分解されて「ケトン体」が生成されます。
実はこの「ケトン体」は、脳も含めた身体の「エネルギー源」になることが分かっており、体内の「ブドウ糖」が不足してくると、「ブドウ糖」の代わりに「ケトン体」が主に利用されるようになります。
そもそも「ケトン体」とは、脂質の中に含まれる「脂肪酸」が主に肝臓でβ酸化を受けた代謝産物であり、「アセト酢酸」「3ヒドロキシ酪酸」(この2つを総称して総ケトン体)、「アセトン」(揮発性で肺から呼気として排出)の3物質からなっています。
これらの「ケトン体」が骨格筋、心臓、腎臓、脳などにおいて、実はエネルギー源としても利用されるというのです。
そして「ケトン体」が体内に増えて、脳神経細胞がエネルギー源として利用するようになると、認知症にとって好ましい影響が出てくることが知られています。
認知症になると糖質が多い甘いものを欲しがるようになり、甘いものを食べ続けていると認知症症状を進行させてしまうこともある、ということは以前お話ししました。(過去記事:「認知症になると甘いものが大好きになる!?」① ② ③ ④)
一方で「糖質制限」によって「意識の変容」や「もの忘れ」をはじめとする様々な認知症症状が改善した症例があることもお伝えしました。(過去記事:「認知症改善のために『糖質制限』を導入する際の留意点」)
アルツハイマー型認知症は「第3の糖尿病」と言われ、重度のアルツハイマー型認知症では脳細胞がブドウ糖をうまく取り込んでエネルギー源として利用できなくなると言われています。
しかし「糖質制限」を行うことによって、脳細胞のエネルギー源を「ブドウ糖」から「ケトン体」へ移行させる、すなわち「ケトン体質」になることで、脳細胞が「ケトン体」をエネルギー源として利用できるようになり、低下していた脳細胞の機能が改善して認知症の症状も改善するのではないかというのです。
つまりアルツハイマー型認知症を発症して脳細胞が「ブドウ糖」をうまく使えない状態になっても、「ケトン体」が供給されていれば脳細胞の働きが保たれたり、改善する可能性があるということです。
しかし認知症の症状が改善する理由は、それだけではなく「ケトン体」が「てんかん性異常放電」を抑制するからではないかとも考えられるのです。
次回に続きます。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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