認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「てんかん」から「認知症」を診る(8)~「認知症」と「てんかん」~

前回は難治性てんかんに適応されている「ケトン食」についてご紹介するとともに、「ケトン体」が認知症の方の脳神経細胞に好ましい影響をもたらすということをお話ししました。

好ましい影響として、前回はまず「ケトン体」がアルツハイマー認知症の方の脳細胞を活性化させることについてご紹介しましたが、今回は「ケトン体」が「てんかん性異常放電」を抑制することについてお話しします。

 

てんかん発作」が起こる仕組み

そもそも「てんかん発作」はどのようにして起こると考えられているのでしょうか。

神経細胞が集まった軸索とその周囲を取り囲むミエリンで構成されている神経線維は、電線のように電気信号を伝えていきますが、次に情報を伝える神経線維や神経細胞の間には少し隙間が空いています。

この隙間を越えて情報を伝える役割をしているのが、いわゆる神経伝達物質になります。

神経伝達物質には様々な働きをするものがあり、次の神経細胞を興奮させたり、逆に興奮を抑制させるものがあります。

これらの神経伝達物質の働きを介して神経細胞から神経細胞へ情報伝達していく接合部位のことを「シナプスギリシャ語で『つなぎ目』という意味)」と呼んでいますが、「てんかん発作」ではこのシナプスの情報伝達に異常が起こっていると考えられています。

そして、この異常には少なくとも次の3つの要因が関係しているとされています。

神経伝達物質神経細胞を興奮させる作用があるグルタミン酸などが異常に増え、神経の興奮状態が招かれたり、何らかの原因で異常な神経回路が形成される。

②神経の興奮を抑制する作用があるGABAなどが低下したりする。

カリウムなどのイオンチャンネル(細胞の生体膜にあるタンパク質で、刺激に応じて開閉しイオンを透過させるタンパク質の総称)の障害により、神経細胞の過剰な興奮が起こる。

このような障害が起こることで、脳波の電気活動の異常すなわち「てんかん性異常放電」さらには「てんかん発作」が発生すると考えられています。

①について補足しますと、グルタミン酸にはそれらを運ぶ輸送体があります。

通常では、グルタミン酸輸送体が神経細胞から放出されたグルタミン酸を細胞内に回収し、細胞外のグルタミン酸濃度を低く保っています。

しかし、何らかの原因でグルタミン酸輸送体の働きが障害されると、脳の神経細胞の興奮性が亢進され、様々な精神神経疾患を引き起こすというのです。

GLT1というグルタミン酸輸送体がありますが、その機能を障害させる要因としてウイルス感染などによる炎症性サイトカインや高血糖、ストレスなどが挙げられています。

そして、これらのグルタミン酸輸送体に異常があると、脳の形成異常、シナプス伝達異常、神経細胞死などが引き起こされるとされています。

その結果「てんかん発作」が生じたり、統合失調症様の行動異常やうつ病様の症状、常同行動(同じことを繰り返して行う)が引き起こされたりする、ということがマウスの実験で明らかにされているそうです。

 

「ケトン食」によって「てんかん発作」が抑制される仕組み

難治性てんかんの治療に適用されている「ケトン食」は、糖質を減らし、脂肪を増やすことで体内での「ケトン体」の産生を促すように考えられた食事になります。

ではなぜ「ケトン体」を体内に増やす「ケトン食」を摂取し続けると「てんかん発作」や「てんかん性異常放電」が起こりにくくなるのでしょうか。

これについてはまだ不明な点が多く、現在も研究が進められているところですが、その機序として考えられるものがいくつか報告されています。

少し難しいのですが、「ケトン食によるてんかん抑制の作用機序」を4点にまとめて報告しているものがありましたので、以下に引用します。

 

【ケトン食によるてんかん抑制の作用機序】

神経伝達物質の調節

ケトン食を続けることでエネルギー源がブドウ糖からケトン体に切り替わるエネルギー代謝の変化を介し、間接的にGABA産生を亢進させるといった抑制系回路の賦活、小胞型グルタミン酸トランスポーターからのグルタミン酸放出抑制、中鎖脂肪酸(MCT)のカプリン酸(デカン酸)が直接グルタミン酸AMPA受容体をブロックする作用、など抑制系・ 興奮系両方の経路に作用する。

神経細胞膜の安定化

ケトン食を続けることでブドウ糖が減ることにより、ブドウ糖からエネルギーを作り出す解糖系が抑制されると、細胞膜近くでのATP産生が減少しK-ATPチャネルが開口し、その結果、過分極になり細胞膜は安定化する。

③ 抗酸化作用促進による神経保護

ケトン体の一つであるβ-ヒドロキシ酪酸ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤として作用し、酸化的ストレス抵抗因子の責任遺伝子のプロモーター領域のヒストンのアセチル化を促進し、酸化的ストレス抵抗因子の発現量を増やし、神経保護作用を発揮する。

④アデノシン増加によるA1受容体を介した抗けいれん作用

ケトン食中はミトコンドリア生合成が亢進し、ATP産生が亢進し、アデノシンも増加する。増加したアデノシンはA1受容体を活性化し、シナプス前膜でグルタミン酸放出を抑制、シナプス後膜でGタンパク共役カリウムチャネルを介して過分極へ、とA1受容体を介した抗けいれん作用を発揮するほか、DNAメチル化抑制にも関与するなどエピジェネティックな作用機序も注目されている。

滋賀県立小児保健医療センター小児科 熊田知浩)

(吉永浩美・小国弘量、2018年、ケトン食療法の有効性と課題、脳と発達、2018:50:203-5より引用し一部加筆しました)

 

これらを簡単にまとめて言うと、いわば「ケトン食」が神経伝達物質神経細胞膜の働きを整えるとともに、いくつかの機序を介して抗けいれん作用を発揮したり、「ケトン体」が持つ抗酸化作用が神経保護に働いたりすることで「てんかん性異常放電」や「てんかん発作」を抑制するということになるでしょう。

つまり「糖質制限食」であるともいえる「ケトン食」には、身体のエネルギー源を「ブドウ糖」から「ケトン体」に切り替えることによって、脳神経細胞の「てんかん性異常放電」そして「てんかん発作」の抑制効果を期待できるということです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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