前回は、「ケトン食」を通じて身体のエネルギー源を「ブドウ糖」から「ケトン体」に切り替えることによって、脳神経細胞の「てんかん性異常放電」そして「てんかん発作」の抑制効果が期待できるというお話をしました。
今回はその続きになります。
「ケトン食」の効果が出るまでの期間と効果の持続性について
前回ご紹介した通り、「ケトン食」によって「てんかん性異常放電」や「てんかん発作」の抑制が期待できることが分かっています。
では実際に「ケトン食」を始めたら、どれくらいで効果が出てくるものなのでしょうか?
また「ケトン食」での治療がうまくいったとしても、「ケトン食」をやめてしまったら、また「てんかん発作」が再発してしまうのでしょうか?
岡山大学病院小児神経科の柴田敬先生と吉永治美先生の報告によれば、「ケトン食」が有効だった人の約9割の人が「ケトン食」を開始してから1ヶ月以内に何らかの効果を認めたそうです。
また「ケトン食」を開始してから3ヶ月以降に効果が出たという人はいなかったため、もし「ケトン食」を3か月間続けて効果がなければ、中止した方が良いとしています。
そして「ケトン食」の効果が認められた場合は、2~3年を目安に治療の終了を検討するそうです。
また「ケトン食」治療によって「てんかん発作」が消失した症例では、2年間治療を続けて「ケトン食」を中止した場合、「てんかん発作」の再発率は20%であったと報告されています。
この報告により「ケトン食」は開始して1ヶ月以内に効果を得られやすいこと、2年間続けて「てんかん発作」が消失している場合は「ケトン食」をやめても8割の人が再発せずに治療効果が持続する、ということが分かりました。
効果があった場合は、必ずしもずっと「ケトン食」を続ける必要がなく、2年を目安に継続できれば大半の方が治療効果の持続を期待できるということならば、少し頑張ってみようという気になれるかもしれません。
「ケトン食」の実践はなかなか難しそう
身体の中に「ケトン体」を増やす「ケトン食」は難治性てんかんの治療に適応されるものであり、いわゆる「糖質制限食」と同じようなものですが、「糖質制限食」の中でも摂取できる糖質量がより少なく制限された「厳格な糖質制限食」であると言えます。
そのため「厳格な糖質制限」の実行にあたっては、食べられる物が制限されて、使える食材が限られている中で献立ても考えていかなければなりません。
そのため実際に取り組もうとしても、このように厳しく制約された食生活を続けていくことはなかなか難しいですし、また本人の体質に合わなかったりして、実行にあたっては一定のリスクもあります。(過去記事:「認知症改善のために『糖質制限』を導入する際の留意点」もご参照ください)
したがって「厳格な糖質制限」をしっかり行うのは結構ハードルが高いと思います。
そこでお勧めなのが「ゆるやかな糖質制限」です。
「ゆるやかな糖質制限」とは?
「ゆるやかな糖質制限」は北里大学北里研究所病院の糖尿病センター長である山田悟先生が「おいしく、楽しく食べて、健康に」をテーマに無理のない範囲で取り組めるものとして推奨されています。
また、この「ゆるやかな糖質制限」のことを「ロカボ」と呼び、「厳格な糖質制限」では1日の糖質量60g以下に制限しているのに対し、「ゆるやかな糖質制限」すなわち「ロカボ」では1食当たり20~40gで1日当たり70~130gの摂取量に抑えるとしています。
糖質には甘い物だけでなく、ご飯やパン、麺類などの炭水化物も含まれるため、糖質制限ではどうしても主食の摂取を抑えなければならず、ストレスが大きくなって実践・継続が難しいという方が少なくありません。
実際に主食に含まれる糖質量を見てみると、お茶碗1杯のご飯(150g)で約50g、食パン6枚切り(60g)で約25g、うどん1玉(250g)で約50g、そば1玉(200g)で約50g、ラーメン小1玉(100g)で約50gとなっており、主食の糖質量だけで結構な量になってしまうことが分かります。
「厳格な糖質制限」では1食の主食だけで1日の糖質量を軽く超えてしまいますので、実践するのは非常に難しいのではないでしょうか。
そこで一定の糖質摂取量を確保したうえで、一定程度糖質制限の効果も期待できる「ゆるやかな糖質制限」が提唱され、おいしく楽しく長く続けられることを目指しているのです。
「ゆるやかな糖質制限」はいわば実践にあたってのハードルが低くてリスクが少ないうえに、継続できれば十分に「ケトン体」の恩恵に与ることもできると考えられていますので、個人的にも安心してお勧めすることができます。
「ケトン体」が生成されやすい「中鎖脂肪酸」も利用できる
そもそも「ケトン体」はどのようにして生成されるものなのでしょうか?
「ケトン体」はブドウ糖と同じように身体のエネルギー源になるものです。
そのため体内のブドウ糖が不足した状態になると、エネルギー源がブドウ糖から「ケトン体」に切り替わります。
すると体内に蓄えられた脂肪を材料に、主に肝臓で遊離脂肪酸を基にして「ケトン体」が作られるようになります。
そのため「糖質制限」はダイエットにも有効だとされているのですが、この「ケトン体」を増やすスイッチを入れるためには、まず体内のブドウ糖を減らさなければならないので「糖質制限」が必要になるわけです。
また「ケトン体」の生成に効率的だと言われている食品もあります。
それが「中鎖脂肪酸」です。
「中鎖脂肪酸」は一般的な油と比較すると、同じ量で約10倍も多くの「ケトン体」が作られると言われています。
ただ「中鎖脂肪酸」を含む食品は、実は自然界にはあまり多く存在していません。
「中鎖脂肪酸」を含む代表的な食品とその含有量としては、ココナッツオイルやパーム核油に約60%、牛乳や乳製品に約8%とされていますが、「中鎖脂肪酸」をより効率良く摂取するには「中鎖脂肪酸油」を利用するのが一般的です。
この「中鎖脂肪酸油」は食品から抽出した「中鎖脂肪酸100%の油」で、最近は「MCT(Medium Chain Triglyceride)オイル」として販売されているのをよく見かけます。
「ケトン体」を効率的に体内に増やすためには「MCTオイル」を摂取するのが有効です。
そのため「MCTオイル」を食生活に取り入れながら、無理のない範囲で「ゆるやかな糖質制限」を実践していくのが現実的ではないかと思っています。
今回まで9回に渡って「てんかん」の視点から「認知症」を捉えてみました。
繰り返しになりますが「てんかん」の病態と「認知症」の病態は部分的に重なっており、一部は「同じもの」ではないかと確信しています。
是非「認知症」の診断や治療そしてケアにあたり、今回お話ししてきたような「てんかん」の視点を入れた対応が少しでもお役に立てれば幸いです。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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