前回は、認知症の人に対する適切なケアとしては、本人が「穏やか」に過ごせるようにすることが一番大事であり、いわば「子供返り」してしまったような認知症の人に対しては、同じ土俵に立って言い合ったり、感情をぶつけ合ったりすると病状をどんどん進ませてしまうことになるので、介護する側が一歩引いて、いわゆる「大人の対応」をする必要があること、そのためには本人に変化を求めるのではなく、こちらが変わるという意識を持つことが大切であり、あくまで「頑張るのは本人ではなく周りにいる人である」というお話をしました。
今回はその続きになります。
身内にとって適切なケアの出発点は一旦「あきらめること」
前回お話ししたような認知症の人に対していわゆる「大人の対応」をすることに、少なからず抵抗感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
相手が自分にとって大事な人であればあるほど、自分が一歩引いた「大人の対応」をすることは、とてもやるせない気持ちになり得るからです。
しかし、やはり相手は認知症なのだということを、まずはしっかり受け止める必要があると思います。
それはとてもつらいことで、大きな心の葛藤を伴うことかもしれません。
今まで良いことも悪いことも、楽しいこともつらいことも一緒に乗り越えながら共に人生を歩んできた、自分のことを一番分かってくれているはずの愛すべき夫・妻・父・母・・・をいわば一旦「あきらめる」ことになるからです。
しかし、その葛藤を乗り越えることによって、初めて本当の認知症ケアのスタート地点に立つことができる、とも言えるのです。
すべては本人が穏やかに過ごせる時間を増やすためであり、この対応は大切な人の病状を進行させないための手立てに過ぎないのだ、と割り切って接することができるかどうかに掛かっているとも言えます。
それができるかどうかが、本人のその後の病状を進ませず、さらには好転させられるかどうかの大きな分岐点の1つになる、そう言っても過言ではないからです。
なぜなら介護しているご家族が相手の状態を一歩引いて対応できるようになると、本人の認知症症状がぐっと改善し、治療効果も目に見えて上がってくるという症例とともに、逆に家族の間違った対応に足を引っ張られて、いくら治療しても症状が落ち着かずに病状がどんどん進行していってしまうといった症例を、毎日のように経験しているからです。
相手は「自分を映す鏡」
まずは現状を受け入れて介護するこちら側の腹が決まると、それまでになく相手のことが客観的に見えてくるようになります。
そして冷静に判断して落ち着いた対応ができるようになると、自然に相手も落ち着いてくるということが非常に多く、そのような症例を経験するたびに「いつも一緒にいる身近な人であればあるほど、本当に相手は『自分を映す鏡』でもあるんだなあ」ということを強く感じさせられます。
このことを理解できないと、いつまでたっても本人は落ち着かずに症状も波打ったままになり、こちらも介護負担が軽減されないのでいつまでたっても落ち着くことができません。
そして介護負担が増えてさらにこちらが落ち着かなくなると、相手ももっと落ち着かなくなる、といった悪循環に陥ってしまいかねないのです。
この悪循環を断ち切るためには、やはり自分の認識と実際の対応の仕方を変えるしかありません。
人生の中で2人の関係は新しい段階、時代に入ったんだと「いま」を受け止め、より良い未来に向けて、是非大切な人と一緒に新たな一歩を踏み出してほしいと思うのです。
適切なケアを理解して実践するのが難しいケースも少なくありません
ただ、お話ししてきたような適切なケアをしっかり理解して実践するというのは、意外に難しいことだと思います。
実際、このような適切なケアを実践できないケースが少なくないからです。
その中でも一番多いのは、ご夫婦のどちらかが認知症になってしまった場合の、もう一方の方がネックになるパターンであり、適切なケアについて理解できないばかりか、逆に火に油を注ぐような対応をしていたりします。
長年連れ添って暮らしてきたご夫婦の間には、長い時間かけて培ってきた2人の関係性、当人同士にしか分からない「あうんの呼吸」があると思います。
それを「認知症と診断されたから、今日から接し方を改めてください」と急に言われても、それは確かに難しいかもしれません。
ましてや2人とも高齢だったりすると、よっぽど相手の方がしっかりしていて治療に対しても協力的でなければ、適切なケアを実践するのはまず困難でしょう。
しかし受診される方たちの中には、高齢夫婦2人暮らしだったり、日中は2人きりで家にいるというケースが本当に多いのです。
また、高齢なために介護をする方にも何かしら身体に不具合があったり、自分のことで精一杯だったりするというのも決して珍しいことではありません。
そのような場合、もう一方の方に適切なケアを期待するなんてことは、とてもできない相談だったりします。
では、そのような場合にはどのように対応すればいいのでしょうか。
それについては次回、当院で実際に行っていることを紹介しながらお話ししたいと思います。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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