認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「お父さん!違うでしょ!」が症状を進行させる(4)

前回は、認知症の人に対していわば「大人の対応」をすることに、少なからず抵抗感を感じてしまう身内の方もいらっしゃるかもしれないが、適切なケアの出発点というのは、今まで良いことも悪いことも、楽しいこともつらいことも一緒に乗り越えながら共に長い人生を歩んできた、自分のことを一番分かってくれているはずの相手のことを、一旦「あきらめること」であるかもしれないというお話をしました。

そして介護するこちら側が腹を決め、落ち着いて適切なケアができるようになると、相手も自然に落ち着いてくることが多いけれども、適切なケアを実践するのが難しいという家族も少なくなく、特に長年連れ添った高齢夫婦の2人暮らしの場合、もう一方の方に適切なケアを期待するのが難しかったりするとお話ししました。

今回はその続きになります。

 

高齢夫婦2人暮らしでは「認知症」に気付かれにくい

高齢夫婦2人暮らしでどちらか一方が認知症になった場合、四六時中一緒にいるもう相手の方に「まったく認知機能低下がない」というのは「ごく稀」であり、何かしらの認知症を疑わせる所見があることがほとんどです。

前回お話ししたように、一緒に暮らしている相手は身近な人であればあるほど「自分を映す鏡」でもあり、ご夫婦の一方に「異変」があると、ずっと一緒にいて日常的なやりとりをしている相手の方も、知らず知らずのうちに「おかしく」なっていたりします。

そもそも認知症の病状というのは、突発的なケガや感染症、内科的疾患などによって急激に悪化することもありますが、大抵は数年かけて少しずつ進行していくものです。

それが、本人と毎日顔を突き合わせて暮らしていたりすると、病状が少しずつ進行していくため「異変」に気付きにくくなるのです。

そのため、明らかに「おかしい」のに「こんなものだ」「大したことない」などと言って、大ごとになるまで気付かないばかりか、その相手と四六時中やりとりをしていることで、自分も知らず知らずのうちに「おかしく」なっていたりするのです。

そして、久しぶりに会いに行った子供が、そんな両親の様子にびっくりして慌てて病院に連れてくるというのが典型的なパターンになっています。

いずれにしても高齢夫婦2人暮らしの場合、一緒に暮らしている相手の方に適切なケアを期待できないケースが非常に多いのです。

 

高齢夫婦の場合は2人とも治療介入することも多い

では、一緒に暮らしている相手の方に適切なケアを期待できない場合、どのように対応していけば良いのでしょうか。

当院ではまず、子供たちなどから受診の予約を受ける際、高齢夫婦2人暮らしで話の様子からご夫婦とも認知症が疑われる場合には、可能な限りご夫婦2人の受診を促します。

本人に病識がなかったりして受診を拒んでいる場合には、よく「健康診断で」というフレーズを使うようお勧めしていますが、相手の方にも「せっかくだから、ついでに健康診断を兼ねて2人一緒に診察してもらいましょう」などと言って受診を促してもらうのです。

ちなみに「私が病院に行くのに付き合って」などとお誘いして、とにかく病院に来てもらうようにすることもあります。

また本人だけ受診する場合にも、診察時には相手の方の様子を注意深く診ていくようにしています。

今までお話ししてきたように、認知症治療がうまくいくかどうかは、一緒に暮らしている方の対応の良し悪しに掛かっているとも言えるからです。

相手の方が適切な認知症ケアについて理解して実践できるかどうかはもちろん、本人による薬の内服管理が難しい場合にはしっかり薬を飲ませてもらえるのかどうか、投薬によって症状がどのように変化したのかをできるだけ客観的に観察してそれを報告できるのかどうか、そもそも私たちと一緒に「認知症を治療していくんだ」という目的や想いを共有し、同じ方向を向いてケアしていけるのかなどについて確認していくのです。

円滑に治療を進めていくうえでは、それらをしっかり見極めることが不可欠だからです。

そしてやはり相手の方の対応が治療の障害になっており、認知症も疑われる場合には、診察を重ねていく中でまずはお互いの信頼関係を構築していき、どこかの時点で相手の方にも「介護が大変ですよね?」「よく眠れていますか?」「ストレスが溜まってないですか?」「体調はいかがですか?」「具合の悪いところはないですか?」などと訊くようにしています。

すると「実は〇〇の調子が悪いんですよ」などと、何かしらの心身の不調を訴えてくれることがほとんどなので「一緒に診させてください」とご夫婦での受診をお勧めしたりして、2人とも治療介入していくのです。

ちなみに相手の方への治療としては、認知症の治療さらには予防にもつながるために真っ先に整えなければならないとされる「睡眠習慣」を改善させたり、気分を落ち着かせる効果がある「抑肝散」や「甘麦大棗湯」といった漢方薬を処方することが多くなっています。

これらを内服することで、だんだん細かいことが気にならなくなって腹も立ちにくくなるため、イライラして本人と言い合ってしまったり、怒ってしまうといった不適切なケアが出にくくなるのです。

 

「家族の健康」が「治療の土台」であり「投薬治療」と「ケア」は両輪

認知症の治療においては、心身ともに介護している「家族の健康」がとても大事であり、いわばそれが「治療の土台」であると言っても過言ではありません。

これは高齢夫婦の場合に限ったことではありませんが、やはり介護する家族が健康でないと適切なケアを続けていくのが難しいからです。

そして家族が落ち着いて対応できるようになると、本人も落ち着いてきて、さらに家族も落ち着けるようになるので、それが一層好ましいケアにつながって治療効果が目に見えて上がってくるのです。

したがって、認知症治療をスムースに進めていくには、いわば「投薬治療」と「ケア」の両輪を回すことが不可欠だと言えます。

この両輪のどちらかがうまく回らないと治療が停滞し、両方ともしっかり回り出すと治療も劇的に進んでいくようになります。

そのため診察中に介護している家族の言動に少しでも「違和感」を感じたら、家族の治療についても躊躇なくお勧めするようにしています。

ただこういった治療介入も難しかったりして、どうしても同居している相手の方の不適切なケアを改めることが難しいというケースも珍しくありません。

 

次回に続きます。 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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