認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「お父さん!違うでしょ!」が症状を進行させる(5)

前回は、高齢夫婦2人暮らしではどちらか一方が認知症になったとしても、相手の方からは毎日顔をつき合わせているためになかなか気づかれにくく、症状に気づいた時には病状がかなり進行していたりするばかりか、一緒にいる相手の方も認知症を発症していたり、何かしらの心身の不調を抱えていることが多いというお話をしました。

そのため、患者さんの認知症症状を落ち着かせる適切なケアを相手の方にしてもらうためにも、ご夫婦ともに治療介入するということも少なくなく、それによってケアがうまくいくようになると治療効果も目に見えて上がってくるため、認知症治療においては「投薬治療」と「ケア」はどちらも欠かせない両輪であるということをお話ししました。

前回までの内容と重複する部分もありますが、認知症を治療するうえではとても重要なことなので、今回もいかに周りの人の言動が認知症患者さんの症状を左右させてしまうのか、ということからお話を始めていこうと思います。

 

「不毛なやりとり」が認知症の症状を進行させる

高齢のご夫婦でどちらかが認知症になってしまった場合、一緒に暮らしている相手の方に適切な認知症ケアについての理解がないと、「違うでしょ!」「何やってんの!」「こんなこともできないの!」「いつもそうなんだから!」「ボケちゃったんじゃないの!」といった不用意な言葉を投げかけてしまいがちです。

するとその言葉に反応して患者さんが「うるさい!」「分かってる!」などと興奮して落ち着かなくなってしまいます。

ただでさえ認知症患者さんというのは、ちょっとした周囲の環境変化や自分の体調不良などに過敏でストレスに弱い傾向があるため、心ない言葉が心身状態を波立たせ、病状を進行させてしまうのです。

したがって前回までにもお話ししてきたように、このようなやりとりを繰り返していると、認知症の症状は確実に進んでいってしまいます。

そのため一緒に暮らしている相手の方には、患者さんの気持ちを逆なでするような言動は控えるようにお願いしているのですが、その方も高齢だったりすると、いくら患者さんに対する言動を改めるよう促してもなかなか難しかったりします。

ひどい場合には、診察中でさえも上記のようなやりとりをしているケースがあります。

そのようなケースでは、いくら認知症の症状が落ち着くよう投薬調整していっても、相手の方が毎日のようにいわば「火に油を注いで」しまっているので、症状が落ち着いて良くなるということはまずありません。

本当にそう断言してしまってもいいくらいなのです。

 

周りの方が患者さんが怒る「スイッチ」を入れていることも多い

「すぐに怒って大声を出したりするので本当に困っているんです!」などと、家族が訴えて本人を連れてくることも多いのですが、そのような場合には、大抵誰かが患者さんが怒る「スイッチ」を入れていたりします。

ちなみに「スイッチ」が入ると患者さんの目つきや表情が一変して、烈火のように怒り出したりするので、周りにいる方は本当に困ってしまうのですが、その間は本人に何を言っても怒りを増長させてしまうだけなので、周りにいる方はスッとその場を離れてしまうことが肝要です。

しばらくすると本人は、さっきのことなどケロッと忘れて元に戻っていたりするので、周りにいる人が面食らってしまうということもよく聞かれます。

またほとんどの場合、本人が怒るようなキーワードやフレーズがあったりするので、周りの方にはそれを見つけてもらって、決して言わないようにお願いしています。

この「すぐに怒ったり、キレる」というのは「易怒性」という認知症の症状であり、病気の進行によって前頭葉の機能が低下してくると、次第に色々なことを我慢して理性的に行動することが難しくなるために現れてきます。

そのため、この症状は前頭葉の機能を整える投薬治療を続けていけば、ある程度改善させることが可能なのですが、周りにいる人が本人を怒らせるような対応をとり続けていたら、当然ながら落ち着くものも落ち着きません。

それにも関わらず「いくら薬を飲ませても良くならない!もっと薬を調節してください!」などと毎回訴えてこられる家族が実際に少なくないのです。

周りにいる人にそんな気はなくても、これでは一生懸命消火活動をしながら、逆に火に油を注いでしまっているようなものです。

 

不適切な対応が続く場合はその方と2人だけでいる時間を減らす

繰り返しになりますが、認知症の治療において「投薬治療」と「ケア」は両輪であり、どちらが欠けてもうまくいきません。

そのため、患者さんの認知症をしっかり治療していくためには、ある意味「家族丸ごと診察する」ことが必要なのです。

家族が私たちと同じ方向を向いて、患者さんに対して適切なケアを行っていくことができるのかどうか、家族の心身の状態はもちろん、理解力や性格・気質、家族関係などについても見極めなければいけないからです。

実際そこまで注意を払って対応しなければいけないほど、家族など周りにいる人の言動やケアは患者さんの認知症症状はもちろん、心身の状態に大きく影響を与えるものであり、認知症を治療していくうえで適切なケアは不可欠なものなのです。

しかし適切な認知症ケアをお願いしても、高齢のご夫婦だったりすると、2人の間には子供たちにも立ち入れないような愛憎関係もあったりして、どうしても好ましくないやりとりをやめることができなかったりします。

そんな2人が四六時中一緒にいたら、認知症の症状を悪化させてしまうような「不毛なやりとり」が毎日のように繰り返されることになり、本当にろくなことになりません。

したがって当院では「同居している相手の方が不適切なケアを改めることは難しい」と判断される時には、その相手と2人だけでいる時間をできるだけ減らしていくようアプローチしていくのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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