前回は、認知症医療の臨床において、家族が勝手に薬を調整してしまうケースは治療に最も難渋するが、そもそも自己判断で内服薬の調整をすることは「悪性症候群」という命に係わる状況を引き起こしかねず、非常に危険なので絶対にしてはいけないというお話をしました。
また、認知症を伴う神経変性疾患ではほとんどの方が「薬剤過敏性」を有しているので、家族が内服薬を勝手に調節してしまうと症状が大きく波打ちやすく、治療が上手く進まなくなるということもお話ししました。
今回はその続きになります。
「薬剤過敏性」が認知症治療の難易度を上げている
私は昔「フライトシュミレーター」という旅客機を操縦して着陸させるアーケードゲームをしたことがあります。
ゲームでは、機体の傾きや方向をすぐに変えられないばかりか、ちょっとしたハンドル操作やエンジンの出力調整がその後の動きを大きく左右してしまうので、風の向きや強さを考慮しながら先の動きを予測して少しずつハンドル操作やエンジン出力を調整していかねばならず、とても神経を使ったのを覚えています。
個人的には、この「フライトシュミレーター」での旅客機の操縦は、認知症の投薬治療に非常によく似ていると思っています。
なぜなら、ちょっとした薬の出し入れが、その後の症状や経過を大きく左右しかねないばかりか、その効果がしばらくしないと得られないこともあったりして、患者さんの状態を短期間で目指す方向へ好転させたり、整えていくことはなかなか難しいのですが、それが旅客機の操縦において、ちょっとしたハンドル操作やエンジンの出力調整が、少し遅れて大きく機体の動きを左右してしまうのとそっくりだからです。
そして、このちょっとした薬の出し入れや投薬量の調整が認知症の症状を大きく左右しかねないのは、大多数の認知症患者さんが有している「薬剤過敏性」のためであり、この「薬剤過敏性」こそが認知症治療の難易度を上げている主要な要因の一つだとも言えるのです。
「薬剤過敏性」のある方への投薬調整には特に細心の注意が必要
また、認知症の投薬治療を開始すると、それまでは体内になかった薬の成分が精神や運動を司る神経に作用するようになり、その薬による作用が常に一定程度あることを前提にして、体内の神経も活動を調節するようになります。
それにより体内の神経活動が全体として大きく変動することがないよう、つまり心身の状態ができるだけ一定に保たれるようにバランスをとっているのです。
そのため薬をやめるにしても、内服量を増減させるにしても、それらの神経活動のバランスを大きく崩して心身の症状を急激に悪化させることがないよう、細心の注意を払っていかなければならないのです。
このことから、薬を開始した時や中止した時、投薬量を変更した時など体内の薬効成分を変動させた時が、特に患者さんの状態が急激に変化しやすくなるため「要注意」なのです。
これは「薬剤過敏性」が強い方だったらなおさらです。
そのため「薬剤過敏性」のある認知症患者さんの投薬治療を適切に進めていくには、患者さんの症状を注意深く見極めながら薬の微調整を重ねていくしかないため、どうしても時間と細心の注意を要することになります。
ましてや間違った診断のもとですでに不適切な投薬が開始されていたりすると、投薬を調整し直して症状を整えていくのに大変苦労するのです。
そんな場合には、2~3週間おきの診察ごとに、やめたい薬を少しずつ減量・中止(=ウォッシュアウト)していかねばならず、その後に使いたい薬を微量から開始していくことになるので、余計に時間と労力を要することになります。
患者さんや家族の勝手な内服薬の調整がいかに危険なことなのかが、このことからだけでも分かると思います。
おかしな兆候があればすぐ察知して対応できるよう微量で投薬調整
また認知症治療に用いられる薬は、内服し始めると身体中の神経に作用するようになるため、必ずしも期待する効果ばかりが得られるという訳ではなく、期待しないような効果つまり副作用が出てしまうことも少なくありません。
そのため、すでに開始されている薬を減量・中止したり、新たに薬を開始・増量していく時には、副作用が出ていないかどうか、出ていたとしても問題がない範囲に収まっているかどうかについても、細心の注意を払いながら投薬調節していかなければならないのです。
そのため安易な薬の調整が思いがけないような症状を引き起こしてしまうことがあり、その最悪のものが前回お話しした「悪性症候群」だと言えるでしょう。
また「悪性症候群」には至らなくても、思いもよらない副作用が出るということもあります。
例えば、一般的な総合感冒薬を1包内服しただけで、薬に含まれる「抗コリン作用」という神経に作用する成分が「首下がり症候群(=頭が前下方に垂れてしまって、自力でなかなか頭を上げられない)」を引き起こしてしまったり、ある種の向精神薬がわずかな量で「尿閉(=膀胱に尿が溜まっても、自力で排尿できない)」を引き起こしてしまうこともあります。
そのため、このようなことが起こらないよう経過を注意深く見守りながら、少しでもおかしな兆候があればすぐにそれを察知して適切な対応できるよう、微量で投薬調整を重ねていくしかありません。
したがって、認知症の治療を安全に進めていくためにはどうしても細心の注意を払っていかなければならず、時間もかかってしまうのです。
次回に続きます。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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