認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「お父さん!違うでしょ!」が症状を進行させる(12)

前回は、認知症患者さんの多くが有している「薬剤過敏性」こそが認知症治療の難易度を上げている主要な要因の一つであり、そのため投薬治療を安全に進めていく上では、予期せぬ薬の効果が出ていないかどうかを注意深く見極めながら、おかしな兆候があればすぐにそれを察知して、減薬・中止などの適切な対応ができるよう、微量で投薬調整を重ねていくしかないというお話をしました。

今回はその続きになります。

 

精神症状と身体症状に対する「薬効」は「シーソー関係」

①最も出現頻度が高い副作用は「薬剤性パーキンソニズム」

以前もお話ししましたが、認知症治療に用いる薬の効果は、精神症状と身体症状においては完全に「シーソー関係」にあり、「精神症状を良くする薬を使うと身体の動きが悪くなり、身体症状を良くする薬を使うと精神症状が悪くなる」という傾向があります。

認知症の投薬治療において最も出現頻度の高い副作用が、この「精神症状を良くする薬によって身体の動きが悪くなる」というものであり、これは「薬剤性パーキンソニズム」と呼ばれます。

「薬剤性パーキンソニズム」とは、薬の副作用で出現する「パーキンソニズム」のことです。

代表的な「パーキンソニズム」には、「動作が遅くなった(動作緩慢)」、「手足が固くなった・歩行時に手を振らなくなった(固縮)」、「手が震えるようになった(安静時振戦)」、「歩行時の歩幅が狭くなった(小刻み歩行)・歩き初めの一歩目や方向転換時、目的地に近づいた時に足が出なくなった(すくみ足)・すり足で上下左右の重心移動が少なくなった(お能歩き)」、「ふらつくようになった・転びやすくなった(姿勢反射障害)」、「声が小さくなった(小声症)」、「字を書いているとだんだん小さくなってしまう(小字症)・ミミズが這ったような字になってしまう」、「表情が少なくなった・瞬目が少なくなった(仮面様顔貌)」、「ムセやすくなった(嚥下機能低下)」、「急に身体が傾くようになった(斜め徴候)・姿勢が前かがみになった」、「自律神経障害(便秘や不眠、気分変動、体温・血圧調整不良など)」などがあります。

投薬によって認知症の精神症状がいくら改善したとしても、このような「パーキンソニズム」が増強してしまったら、転倒しやすくなって日常生活が安全に送れなくなったり、自分でできることが少なくなって介助量が増えてしまったりするので、それでは元も子もありません。

したがって、投薬治療を進めていく上では「薬剤性パーキンソニズム」をできるだけ起こさないようにするのと同時に、その兆候があったらできるだけ早く察知して適切な対応をとるということが非常に大事なのです。

しかし残念ながら軽微な「パーキンソニズム」を鋭敏に察知できるのは、神経内科などの限られた専門医でなければなかなか難しいというのが実情であり、たとえ定期的に医療機関に通院していたとしても見落とされがちになっているので、認知症の治療を受ける際には自分たちも注意しておかなければなりません。

 

②身体症状に対する過度な投薬が精神症状を再燃・出現させる

また、逆に「パーキンソニズム」を改善させて身体の動きを良くする「ドーパミン」を補充したり、その作用を強めるような薬を始めたり、使う量が多すぎたりすると、確かに動けるようになって動作もスムースになってきたけれども、その一方で、せっかく落ち着いてきた妄想や幻覚、不隠状態などの精神症状を再燃させてしまったり、新たに出現させかねないのです。

ちなみにこの「新たに出現しかねない症状」というのは、その方に全く関係がないという性質のものではなく、そのような症状が出現する素因をその方がすでに有しているということであり、病気の進行によって将来的に出現する可能性が高いものだと理解しています。

つまり過度な投薬が、将来的に出現するであろうそれらの症状を先に引き出してしまうということなのです。

 

認知症の投薬調整の「キモ」は「シーソー関係」を保ちつつ「底上げ」すること

このような副作用が前面に出てしまうと、いくら患者さん本人の身体の動きが良くなったとしても、精神症状によって周りにいる人が本当に困ってしまう状況になって、その方との生活自体が成り立たなくなってしまうことにもなりかねませんので、特に気をつけています。

とはいっても認知症の治療では、精神症状を落ち着かせつつ、身体の動きも維持したり、改善させていかなくてはなりません。

そのため認知症の投薬調整の「キモ」というのは、精神症状と身体症状の「シーソー関係」をいかに保ちながらも全体の症状を「底上げ」できるかということであり、さらに言えばどうしても薬の効果には限界があるので、本人と家族が許容できる精神症状と身体症状の「落としどころ」を探りながら投薬調整していくことになるのです。

 

投薬治療には必ず副作用が伴うため他のアプローチも不可欠

このように認知症の投薬治療には必ず副作用が伴います。

ましてや認知症患者さんの多くが「薬剤過敏性」を有しており、そのために副作用も出現しやすいので、認知症の治療で使う薬の種類や量はできるだけ少なくしておきたいのです。

もし本人に対するケアを改善したり、食事や睡眠、運動などの生活習慣を改善すること、もしくはデイサービスなどを導入して1日の過ごし方や生活環境を整えたりすることによって、少しでも困っている認知症の症状を改善させられるのであれば、それに越したことはありません。

どうしてもリスクを伴ってしまうような投薬による治療は、必要最小限にしておきたいからです。

そのため認知症治療においては、投薬治療を進めていくのと同時に、適切な認知症ケアについて家族に理解してもらったり、好ましい生活習慣について指導すること、さらには生活環境を整えるために介護保険サービスを導入したり、ケアマネージャーや看護師といった在宅サービスの提供に関わるスタッフなどとも連携していくことが不可欠になっているのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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