認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「お父さん!違うでしょ!」が症状を進行させる(13)

前回は、精神症状と身体症状に対する薬の効果は完全に「シーソー関係」にあり、精神症状を良くする薬を使うと身体の動きが悪くなり、身体症状を良くする薬を使うと精神症状が悪くなる傾向があること、そして精神症状に対する投薬で最も出現頻度の高い副作用は「薬剤性パーキンソニズム」であること、一方で身体症状に対する過度な投薬は幻覚や妄想などの精神症状を出現・再燃させかねないということをお話ししました。

そのため認知症の投薬調整の「キモ」は、精神症状と身体症状の「シーソー関係」を保ちつつ、両者のバランスが大きく崩れないよう全体的に症状を「底上げ」することになりますが、薬には必ず副作用があるのでどうしても投薬治療の効果には限界があり、そのため投薬治療と並行して適切な認知症ケアについて指導したり、好ましい生活習慣について指導すること、さらには生活環境を整えるために介護保険サービスの導入を促すといった家族へのアプローチが不可欠になっているということもお話ししました。

今回はその続きになります。

 

認知症の投薬治療は「100人いたら100通り」

同じ薬であっても、その効果には個人差があり、人によっては同じ量でも効きすぎてしまったり、時には期待する効果と正反対の効果が出てしまうこともあります。

そのため、特に認知症患者さんへの投薬では「どの薬を選択するか」ということはもちろんですが、選択した薬を「どのくらいの量で使うか」ということが非常に大事になります。

なぜなら認知症患者さんは「薬剤過敏性」を有していることが多く、「どの薬に対して過敏なのか」さらには「どれくらい過敏なのか」についても個人差があるからです。

また、病気の進行とともに病巣や病変が拡がっていくにつれ、当然認知症の症状も変動していきます。

つまり、新たな症状が出現したり、すでに出現している症状についてもその様相が変化していくということですが、これについては「薬剤過敏性」も例外ではありません。

病気の進行に伴って、新たに「薬剤過敏性」が出現してきたり、その「過敏性」が増強したりするのです。

そのため、途中から「薬剤過敏性」が強まってきた場合には、薬によっては減量・中止したり、微量で調節していくことが必要になってきます。

つまり病気が経過していく中で、患者さんごとに「その時点における適切な薬の量」があるということであり、その量を探りながら投薬調整を重ねていくことになるのです。

そして「その時点における適切な薬の量」を投与できると、あたかも「鍵穴に鍵がピッタリはまって扉が開く」ように、改善したい認知症症状が速やかに治まってくるので、その効果にはいつも驚かされています。

したがって、認知症の投薬治療においては、必ずしも処方薬ごとに定められている使用量つまり「常用量」通りに処方すれば良いという訳ではなく、使う薬の組み合わせや量はまさしく「100人いたら100通り」だと言えるのです。

 

1回に調節できる薬は限られている

投薬調整を進めていくうえで、もう1つ注意しなければならないことがあります。

それは1回の診察で調節する薬の種類や量をある程度「限定」しなければならないということです。

そうすると、どうしても1回の診察でアプローチできる症状が限られてしまうことにもなるのですが、これは一度に複数の症状に対して複数の薬をいじってしまうと、結果的に「何が良くて何が悪かったのか」が分からなくなってしまうからです。

そのため1回の診察で1~2種類の薬しか調節できないということも、実際に少なくないのです。

そこで私どもは、患者さんや家族がその時点で一番困っている症状を最優先してアプローチしていくようにしているのですが、当然ながら困っている症状が多ければ多いほど、治療には時間がかかってしまうことになります。

したがって、投薬調整においてはこれらの点に留意し、前回の投薬でアプローチした症状がどのように変化したかについて、数週間おきの診察で毎回確認しながら微量で薬を調整していくことになるので、患者さんによっては全体の症状を落ち着かせるまでに、長い期間を要することになるのです。

 

投薬治療によって症状が落ち着くまでにはどれくらいかかるのか

ちなみに認知症の困った症状が落ち着いてくるまでに、大体どれくらいの時間がかかるのかというと、まず認知症疾患にはアルツハイマー認知症レビー小体型認知症認知症を伴うパーキンソン病、大脳皮質基底核症候群、進行性核上性麻痺、意味性認知症、前頭側頭型認知症、嗜銀顆粒性認知症、血管性認知症、神経原線維変化型老年期認知症などがあり、そもそも何の疾患なのかをしっかり「診断」しなくてはなりません。

なぜなら、疾患によって治療法が異なるからであり、何の疾患か分からないと安全で適切な投薬治療ができないからです。

例えば「薬剤過敏性」が伴いやすい疾患群では、投薬を少量で開始し、微量で調整していかなくてはなりません。

この「診断」のために、必要な問診や身体的所見、認知機能検査、画像検査(頭部MRI、脳血流シンチ、MIBG心筋シンチ、DATスキャン)などを実施していくことになるのですが、それらを実施して結果が出るまでには、早くても数週間はかかってしまいます。

そして「診断」がついてから治療が開始されることになりますが、1回の診療で困っている認知症の症状を全て落ち着かせることは難しく、少なくても数か月から半年かかると思っておいた方が良いかもしれません。

もちろん投薬がピタッとはまって、困った症状が1回で落ち着いてしまうケースもありますが、逆に落ち着くまでに1~2年かかってしまうケースもあります。

病気が長期間放置されていたり、しっかり「診断」もされずに不適切な治療が開始されていたりして、そのために幻覚や妄想、易怒性、多動、夜間不隠などの症状が顕著化してしまっており、しかも「薬剤過敏性」がある場合などでは、どうしても症状を落ち着かせるまでに時間がかかってしまうのです。

このことから、病状が進行すればするほど、もしくは困った症状が大きくなればなるほど治療しにくくなると言えるので、もし自分自身や家族に対して何かしらの違和感や異変を感じたら、できるだけ早く専門医を受診するようお勧めします。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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