前回は、治療に難渋する患者さん家族には一定のパターンや傾向があり、大まかに「話が主観的でまとまりがない」タイプと「熱心で細かく要求が高い」タイプの2つに分けられことをお話ししました。
そして、それぞれのタイプの特徴や傾向についてご紹介し、そのような家族の場合には、主治医が処方した薬を自己判断で勝手にいじってしまう傾向があることを踏まえて対応していくというお話をしました。
今回はその続きになります。
治療に難渋する家族に共通する傾向
前回は治療に難渋する患者さん家族の2つのタイプについてご紹介しましたが、さらに両者には共通する特徴や傾向があります。
①悪いことばかり強調して良いことは話さない
それはまず「困っている大変な症状や悪いことばかり話して、良くなったことについては自ら話さない」ということです。
受診される方は皆さん、困った症状を良くしてほしいと思って来られるので、診察時にはどうしても悪いことばかりを強調して訴えがちになるという気持ちは分かります。
ただ診察を重ねていっても毎回同じように「こんな症状があって大変なんです!全然良くなりません!こんな大変なこともあったんです!」などと繰り返し訴えられるような家族の場合には、投薬調整以外にも課題があることがほとんどだと言って良いでしょう。
もちろん投薬調整がまだうまくいっていないということもあります。
ただ今までお話ししてきた通り、投薬調整にはどうしても時間がかかりますし、投薬治療だけで、しかも数回の調整だけで症状を良くすることはまず難しいと言えます。
そのことを家族には理解していただき、日中の過ごし方や接し方を工夫するなどして家族にも協力してもらいながら、一緒に大変な時期を乗り越えていかなくてはなりません。
そのうえで投薬調整していくのが、認知症治療の進め方としては理想的だと言えます。
さらに言えば、効率良く適切な投薬調整を行っていくために、診察で主治医が一番知りたいのは「前回の投薬によって症状がどのように変化したか」という客観的な情報になります。
それにも関わらず「悪くなったこと」ばかり強調されていては、適切な投薬調整が行えません。
例えば、診察時に悪くなった症状ばかりを強調されるので「ところで〇〇の症状はどうなりましたか?」とこちらから改めて確認してよくよく話を聞いてみると、その症状は以前より「軽快」していたりすることもたびたびあります。
また診察のたびに決まった症状を訴えていたのが、ある時から訴えが少なくなったり、その症状に触れなくなったりするので、それで「良くなったんだな」と理解できることもあります。
いずれにしてもこのような家族の場合は「良くなったことについては自ら話さないことが多い」ということを踏まえて診療に臨んでいます。
そうしないと本来は必要のなかった薬や薬の量を処方しかねないからです。
薬を過量投与してしまうと、当たり前ですが副作用も出やすくなってしまいます。
すると易怒性や落ち着きのなさ、幻覚、妄想、不眠などの症状を増進させてしまったり、逆に過鎮静になって心身ともに動かなくなってしまうことにもなりかねません。
それでは本来の症状に副作用の症状も加わることになるので、さらに全体の症状が複雑化してしまい、治療にも一層難渋することになってしまいます。
実際に他の医療機関で本人や家族の訴えを真に受けて、受診のたびに処方される薬が増えていってしまい、どうにもならなくなって当院を受診されるケースも少なくありません。
そのため家族や患者さんによっては、話の内容をそのままで受け止めてはいけない場合があるのです。
ちなみにパーキンソン病やレビー小体型認知症といったレビー小体病の患者さんでは、パーキンソン症状などが明らかに改善したとしても、そのことをすぐに自覚できないことが多いようです。
それで半年~1年経ってからようやく「そういえば良くなったかもしれません」とお話ししてくれることもあります。
おそらく病気の症状として「自分の症状を客観的に把握するのが難しい」のではないかと考えています。
そのためレビー小体病の患者さんについても「良くなった症状を自ら話されることが少ない」ということを踏まえて診療に臨んでいます。
②なかなか話が通じなかったり、急に来院しなくなることもある
このような患者さんや家族は、前回もお話しした通り、ドクターショッピングや転医を繰り返していることが多く、医療従事者がどんなに熱心に応対していても、ある時点で急に通院しなくなることがあります。
また、望ましい生活習慣やケアなどについてアドバイスしたりしても、なかなかそれを理解して実行できなかったりします。
こういうことをあらかじめ医療従事者が理解しておかないと、親身になって熱心に応対すればするほど肩透かしを食ったり、心ない言動に苦慮したりして「振り回される」ことになりかねません。
そしてこういうことが繰り返されるうちに、医療従事者自身がどんどん疲弊していってしまうこともあるのです。
そのため話が主観的でまとまりがなかったり、熱心で細かく要求が高いような患者さんや家族の場合には、医療従事者の健康のためにも、あらかじめ「こういうことがありうる」ということを心に留めておくことが大切だと考えています。
次回に続きます。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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