認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「お父さん!違うでしょ!」が症状を進行させる(21)

前回は、通所サービスのメリットをまとめてみましたが、認知症治療において患者さんには生活の中で改めていってほしい課題があることが多く、それらの課題は患者さんによってもちろん違うけれども、内容は大体決まっており、いずれも通所サービスの導入によって解決を目指せるものが多いというお話をしました。

今回はその続きになります。

 

認知症を一番進行させてしまうのは「座敷牢」のような生活

皆さんは「座敷牢」というものをご存じでしょうか?

昔は家族に精神疾患認知症の人が出たりすると、「恥ずかしい」と言って世間体を慮り、家族が本人を外に出さないようにすることがありました。

しかし本人の足腰が丈夫で自分で外に出ていってしまうような場合には、自宅の一角や離れ、土蔵などに仕切りを作って閉じ込められるようにしていたのですが、これが「座敷牢」と呼ばれるものです。

当院では、認知症患者さんのご家族に適切なケアや生活習慣などについて指導する時、例え話として「認知症をあっという間に進行させるには『座敷牢』の生活を送らせることだ」とお話ししています。

つまり認知症を進行させないためには、それとは逆の生活をさせてくださいと説明するのです。

座敷牢」に入れられた人は、食事や排泄も含めて生活のほとんどをそこで過ごすことになります。

そのため外部の人と接触することはもちろん、外に出て身体を動かしたりすることもできません。

これがいけないということです。

座敷牢」の生活とは逆のことをすればいいので、普段からできるだけたくさんの人と会って話をしたり、適度にウォーキングや体操といった運動はもちろん、掃除や洗濯、買い物といった家事をしてもらうなど、とにかく心身ともに活動的な生活を送れば良いということになります。

 

不活発な生活に風穴を空けてくれるのが通所サービス

もし自分が「座敷牢」の生活を強いられたとしたらどうでしょうか?

ずっと同じ場所にいて身体を動かせないばかりか、外に出ようとしたら止められて怒られたり、そもそも話をする人がいなかったり、誰かがいてもずっと無視され続たりしたら、心身ともに受けるストレスの大きさは計り知れないものになるでしょう。

健康な人でも、そのような生活を長期間強いられたら、まともな状態ではいられないはずです。

ましてや認知症患者さんだったら、それはなおさらでしょう。

そもそも認知症患者さんは環境変化やストレスに対してとりわけ過敏であり、心身ともに影響を受けやすいという傾向があります。

そのため、もし認知症患者さんが心身ともに不活発でしかもストレスの多い生活を強いられたりしたら、あっという間に認知症が進行していってしまうでしょう。

しかし日中独居の高齢者や高齢夫婦2人暮らしのケースでは、そもそもあまり外出したり身体を動かす機会がなかったりします。

また、高齢なので何かしら身体に不具合があったり体力が落ちているという人も多く、そうするとさらに生活が不活発になっていたりします。

そんな状態では、あたかも「座敷牢」に入っているような生活を送っているようなものです。

しかし実際には、人と会話することもなく、テレビの前に座ったままでうつらうつら過ごしているといった、不活発で刺激のない生活を毎日のように送っているという高齢者の人が少なくないのです。

もし認知症患者さんがそのような生活を送っていたとしたら、すぐに改めてもらわないといけません。

その際、不活発でストレスの多い生活に風穴を空けてくれるのが通所サービスであり、通所サービスの導入こそが「認知症治療の第一歩になる」とも言えるのです。

 

通所サービスをはじめとする介護保険サービスを導入するためには

前回もお話ししたように、本人が通所サービスに行くのを嫌がっていたとても、本人の意思に関わらずに導入できるかどうかが、その後の認知症治療の進展を大きく左右するとも言えるほど、通所サービスは認知症治療には不可欠なものになっています。

ただ通所サービスは介護保険サービスになるので、要支援・要介護といった介護認定を受けていないと利用することができません。

実際、通所サービスをはじめとする介護保険サービスの利用をお勧めしても、まだ認定を受けていないという方が少なからずいらっしゃいます。

そのような場合には、まず家族に市区町村の介護保険担当窓口や地域包括支援センターで介護認定の申請をするところから始めてもらうことになります。

ちなみに申請時には、介護度の判定に必要な「主治医意見書」の作成を依頼する「かかりつけ医」を訊かれるので、当院の医師が引き受けることを伝えておきます。

その後、市区町村から委託された認定調査員が自宅を訪問し、本人や家族に日常生活の状況を伺ったり、身体機能のチェックをすることになります。

また、訪問認定調査時の注意点についても伝えておきます。

それは、当日は本人が調査員に対して「いい顔」をして、普段できないことをできると答えたり、気が張っていて身体の動きや受け答えがいつもより良かったりする傾向があるので、家族は普段困っていることや本人ができないこと、認知症の症状について調査員にしっかり伝える必要があるということです。

そして、訪問認定調査が終わってから介護度の判定が出るまでには1か月くらいかかります。

しかし、すぐに介護保険サービスの利用を開始する必要がある場合は、介護度の判定が出る前に暫定で利用を開始することもできますので、そのような場合には「地域包括支援センター」に相談するようにしてください。

 

ケアマネージャ選びは非常に大事

介護度の判定が出たら、「要支援」の場合は「地域包括支援センター」へ、「要介護」の場合は「ケアマネジャー」を決めて、その後の介護保険サービスの利用について相談していくことになります。

認知症患者さんの場合は「要介護」が出ることがほとんどなので、その場合はまず「ケアマネージャー」を決めなくてはなりません。

「ケアマネージャー」は要介護度や本人・家族の要望に応じて、具体的な介護保険サービスの利用計画を提案・調整していってくれるので、介護保険サービスの利用にあたってはキーマンになると言えます。

そのため「ケアマネージャー」を誰にお願いするかということは、実は非常に大事なことになります。

将来的に急遽ショートステイや施設入所が必要になった時や、どうしても家族が病院受診へ付き添えない時など、すぐに対応してくれるような人でないと困ってしまうからです。

そのため本人や家族が相談しやすく、日頃から本人のことを気にかけてくれたり、何かと力になってくれるような頼りになる人を是非選ぶようにしてください。

ちなみに「ケアマネージャー」を探す時には、病院や知人から紹介を受けたり、市区町村のホームページなどでケアマネジャーを配置している居宅介護支援業者を調べたりすることもできますが、どこが良いか分からなかったら「地域包括支援センター」に相談すると良いでしょう。

 

さいごに

ここまで21回に渡って「『お父さん!違うでしょ!』が症状を進行させる」と題して、認知症治療における「適切なケア」とはどういったものなのか、もし家族が「不適切なケア」をしていたら当院ではどのようにアプローチしているのか、そのアプローチの中でも通所サービスをはじめとする介護保険サービスの導入は非常に効果的であることなどについてお話ししてきました。

認知症治療において適切な投薬治療は確かに効果的です。

しかし認知症は薬だけで良くなることは非常に稀であり、「適切なケア」がなければ認知症の治療は上手くいかないということを毎日のように経験しています。

それだけ家族や介護・医療スタッフといった患者さんの周りにいる人によるケアというのは、認知症の人に大きな影響を与えるものであり、「不適切なケア」は認知症を増悪させ、「適切なケア」は認知症を好転させるものなのです。

実際に、家族による「適切なケア」だけで認知症が良くなってしまった患者さんも少なからずいらっしゃいます。

それだけ「適切なケア」には「認知症を良くする力がある」ということであり、その「力」は投薬治療によるものより大きいのではないかと感じることさえあります。

そのため今回のシリーズを通じて、認知症で苦しまれている多くの人に是非そのことを知っていただき、「適切なケア」とはどういったものなのかについてお伝えしたかったのです。

そして「適切なケア」を知るためには「不適切なケア」を知ることが近道だと考えたので、今回はできるだけ詳しく「不適切なケア」についてお話ししてきたつもりです。

その逆が「適切なケア」になるからです。

これらのお話が少しでも皆さんのお役に立つことができれば幸せです。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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