認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

高齢者ほど「和式生活のススメ」(13)

前回は、高齢者やパーキンソン症候群のある人ではお尻の筋肉が衰えやすく、お尻の筋肉が衰えてくると、歩く時に腰や膝が曲がった姿勢になって、すり足や小刻み歩行、動作緩慢などの「パーキンソン症候群」が増強しやすくなったり、さらには腰痛や膝痛、首痛の原因になることもある、ということをお話ししました。

そのため、お尻の筋力をしっかり保つことが若さを保つ秘訣であるとも言え、お尻の筋肉を鍛えるには、日常的に床からの立ち座り動作に代表される「床上動作」を頻繁に行う「和式生活」が適しているということや、お尻の筋肉を効率良く鍛えられる体操についても2つご紹介しました。

今回はその続きになります。

 

認知症高齢者の身体活動を活発にする選択肢に「和式生活」も

認知症になると、自分の身体の健康管理がおろそかになりやすく、病気になっても病状を悪化させやすくなったりするので、周りが気付いた時には大ごとになっている、ということも少なくありません。

これは認知症が進行していくと、自分の身体の状態に無頓着になりやすくなるため、身体に何かしらの不具合があってもそれに気付けなくなったり、気付いたとしてもそれを周りの人に訴えるなど、適切な対応ができなくなってくるためです。

これは運動機能についても同様で、認知症になると身体の動きが悪くなってきても、そのことをしっかり認識して注意深く行動するということが難しくなるため、ますます転倒しやすくなったりするのです。

また「身体を動かさないとまずいな」と自戒して意識的に身体を動かすといったことも難しくなりますし、さらに、その場その場の感情で行動するようになってくると、身体が動きにくいのでいつも「動くのがおっくうだから」ということになって、ますます動かなくなってしまいます。

ちなみに認知症の初期にも、急に生活が不活発になることがあります。

それは、認知症の初期に「うつ症状」が出てくることがあるためですが、「うつ症状」があると何をするのにも意欲がなくなってしまい、心身ともに引きこもりにがちになって活動量が激減してしまうのです。

このように認知症になると、心身ともに「廃用症候群」が発症・進行しやすくなってしまいます。

そのため認知症になったら、半ば強制的であっても、できるだけ本人が心身ともに活動的に過ごせるような生活環境や生活スケジュールを設定しまうことが不可欠だというのは、今までお話してきた通りです。

そして今回のテーマである「和式生活」も、導入することで「床上動作」を通じて日常的に全身の筋力を鍛えられるようになるため、認知症高齢者の身体活動を活発にする選択肢としても十分考えられるのではないかと思うのです。

この「床上動作」を日常的に行うことによって、実際に動作能力が大きく向上した症例がありますので、次にご紹介します。

 

日常的な「床上動作」が動作能力を飛躍的に回復させた症例

施設入所をしており、伝い歩きだったら何とかトイレまで行くことができる90歳過ぎの方がいらっしゃいました。

高齢で身体の動きも徐々に悪くなっていましたが、認知症症状が出現・進行して、理解力や注意力の低下が目立ってきたこともあり、ある時転倒して大腿骨頚部骨折を受傷してしまいました。

この方は幸いにも入院して手術が上手くいき、もとの施設に戻ることができたのですが、ただ入院によってさらに認知症が進行してしまいました。

退院時の動作能力としては、介助があれば何とか立てるという状態であり、そのため一人で立ったり歩いたりするのは難しく、ベッドから車椅子への移乗はすべてスタッフの介助が必要でした。

しかし本人はそのことを理解できず、さらに多動で落ち着かないという認知症症状も前景化していたため、頻回に一人で立ち上がろうとして、ベッドや車椅子から転落する事故が続くようになりました。

ただ本人にとっては、それがかえってリハビリになり、数か月後には危ないながらも手すりに摑まれば一人で立ったり、何とか伝い歩きができる状態にまで回復することができました。

しかし、そのうちに昼夜を問わず、居室のベッドから一人で立ち上がり、壁を伝いながら歩いて廊下まで出てきてしまうということが頻発するようになり、それに伴って転倒事故も増えてしまったのです。

そのためまずは、本人が休む時にはベッドの高さを一番低くしてみたのですが、ベッドが低くて一人では立ち上がれなくなりましたが、それでも立ち上がろうとして、今度は床に転落する事故が起こるようになりました。

施設では、ベッドの両側にすき間なく柵を設置するなどして本人の行動を「抑制」することはもちろん、本人の動きを監視して知らせてくれるセンサーマットの設置も禁止されていたため、スタッフはどのように対応したら良いか対応に苦慮したのですが、最終的には居室ではベッドの代わりに布団で休んでもらうという「お座敷対応」をすることになりました。

布団で休むようにすれば、一人で立ち上がることもできず、布団と床の高さがほぼ同じになるので転落する心配もなくなると考えたからです。

するとこの対応がとても上手くいき、しばらくは転倒・転落事故はもちろん、危ない場面も見られなくなったのですが、ただ本人は相変わらず布団から起き出して、床の上をお尻でずって歩いて廊下まで出てきてしまったり、立ち上がることはできないけれど何とか四つ這いから立ち上がろうとする行動は続いていました。

するとまた数か月後には、一人で廊下まで歩いて出てくるようになってしまったのです。

そこで本人の動作を確認してみたところ、一人で布団から起きて床の上で四つ這いになり、そこから洗面台や机などにつかまって何とか立ち上がれるようになっていたのです。

その後もさらに動作能力が向上していきました。

そして数週間後には、何と一人で床から立ち上がってトイレで排泄することもできるようになったのです。

現在この方は90歳半ばとなり、認知症も強いままですが、もうほとんど転倒することがなくなり、施設で元気に暮らしています。

転倒・転落防止対策として、そもそも一人で立ち上がれないようにすればいいのではないかと、いわば「苦肉の策」として行った「お座敷対応」が、かえって本人に「床上動作」を毎日反復して行わせることになり、結果的にそれが、認知症で大腿骨頚部骨折術後の90歳を超えた高齢者であっても、飛躍的に動作能力を回復させることになったということです。

そして、これこそがまさに「床上動作」のリハビリ効果そのものではないかと感じているところです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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