前回は、心の動きや頭の働きは「目」の動きと連動していることと、自閉症スペクトラム症の気質も「目」に表れることについてお話ししました。
今回はその続きになります。
眠っていても、まぶたごしに「目」が動いているのは脳が活動している証拠
前回までは日中起きている時の「目」の徴候についてお話ししてきましたが、今回は寝ている時の「目」の徴候についてお話しします。
脳が活動するのは、日中覚醒している時ばかりではありません。
皆さんは眠っている人の「目」が、まぶたごしにクルクル動いているのを見たことがないでしょうか。
そういう時は、眠りが浅くなっていて、夢を見ていることも多く、脳は活発に活動しているのです。
これは前回「脳の活動性と眼球運動は連動している」とお話しした通り、「目」が動いているのは脳が活動している証拠だからです。
このように、身体は休んでいるのに脳は起きている睡眠状態のことを「REM(レム)睡眠」といいます。
そもそもREMとはRapid Eye Movementすなわち急速眼球運動を表す英語の頭文字をから名付けられました。
したがって、レム睡眠中にその名の通り「目」がクルクルと動いているのは、脳の活発な活動を反映していることになるので、当然眠りも浅くて夢を見やすくなっているのです。
さらに、このレム睡眠中に夢を見て寝言を言ったり、大声で叫んだり、手足をばたつかせたり、隣に寝ている人を叩いてしまったり、起き上がって行動を始めてしまうようなことがあります。
これは「レム睡眠行動異常(Rapid eye movement sleep Behavior Disorder;RBD)」と呼ばれており、実は認知症と密接に関連していることが分かっています。
この「レム睡眠行動異常」は、認知症を発症する10年以上も前から始まっていることが少なくなく、認知症を伴う神経変性疾患の前駆症状ともいわれているほどです。
最近の報告では「レム睡眠行動異常」があると、驚くことに発症から5年間で33%、10年間で76%、14年間で91%の症例が「αシヌクレイノパチー」を発症し、中でもパーキンソン病やレビー小体型認知症に進展する頻度が高いとされています。
「αシヌクレイノパチー」とは脳の特定の部位にαシヌクレインというタンパクが蓄積して発病する神経変性疾患のことで、パーキンソン病(PD)やレビー小体型認知症(DLB)、多系統萎縮症(MSA)、進行性核上性麻痺(PSP)などがあり、これらは進行とともに認知症を合併することが多い疾患群でもあります。
そのため、夜よく夢を見てうなされたり、寝言を言ったり、身体を動かしたりするというのは、決して笑って見過ごせるようなものではなく、そのような状態を放置していると、高率で認知症を伴う神経変性疾患に移行してしまうのです。
しかし、幸いにも「レム睡眠行動異常」は投薬治療しやすい症状でもあります。
心当たりのある方は是非神経内科などを早めに受診されることをお勧めしますが、ただ夜間睡眠時の症状は本人に自覚がないことが少なくありません。
そんな場合は、周りにいる家族が本人と一緒に受診して医師に症状を伝える必要があるでしょう。
睡眠の質を上げることが認知症の予防と改善につながる
「レム睡眠行動異常」は早期に治療を開始して、症状を抑えることができれば認知症を伴う神経変性疾患の発症を防いだり、発症を先延ばしすることができるのではないかと考えています。
実際、すでに認知症疾患を発症している場合には、「レム睡眠行動異常」を抑えることで病気の進行を遅らせたり、症状を改善させることが可能であり、そのような患者さんを多く経験しているからです。
では、なぜ「レム睡眠行動異常」を抑えて睡眠の量や質を向上させると、認知症疾患の発症や進行を予防することができるのでしょうか。
認知症疾患になると、神経伝達物質の「ドーパミン」が減ることで身体動作や思考活動などがスムースにいかなくなり、いわゆる「パーキンソン症状」が出現したり、前景化しやすくなります。
実は、この「ドーパミン」は、夜間十分な睡眠をとって「身体も脳もしっかり休む」ことで補充されることが分かっています。
そのため、夜間眠りが浅くてよく夢を見るという睡眠状態では、たとえ見た目は眠っていたとしても、脳は活動しているため、本来睡眠中に補充されるはずの「ドーパミン」が逆に消費されてしまうのです。
さらに寝言を言ったり身体を動かしてしまう状態では「ドーパミン」の消費量がもっと増えてしまいます。
したがって「レム睡眠行動異常」は、認知症疾患の発症や進行を抑えるためには、早期からしっかり治療しなければならない症状なのです。
「レム睡眠行動異常」を抑えて睡眠の量や質が上がれば、寝ている間に「ドーパミン」がしっかり補充され、翌日は「パーキンソン症状」が改善するからです。
さらにスッキリして覚醒度も上がるので、意識の変容、幻覚、妄想、易怒性といったその他の認知症症状も改善しやすくなります。
そのため、認知症疾患に対する治療の第一歩は、生活習慣の改善や投薬治療を通じて、いかに夜間しっかり寝てもらうかということになります。
生活習慣の改善とは、日中はしっかり起きて昼寝は長くても30分未満にする、運動習慣を持つ、朝日を浴びるといったことです。
ただ、睡眠の質を下げてしまうのは「レム睡眠行動異常」だけに限りません。
イビキや寝言があったり、夢をよく見るというのも、脳が充分に休めていない可能性が高いのです。
そのような場合にも、生活習慣の改善と投薬治療を通じて、夜間の睡眠をしっかりとってもらうようにしています。
これは認知症の予防にもつながります。
実は認知症疾患は発症する10~20年前から始まっているといわれています。
実際、当院で認知症疾患と診断される患者さんは、10年以上前から「レム睡眠行動異常」をはじめ、イビキや寝言、夢をよく見るといった睡眠時の症状を何かしら持っているということがほとんどなのです。
これらのことから認知症疾患は、もし「発病」していたとしても、睡眠の質を上げることで「発症」を遅らせたり、予防できるのではないかと考えています。
そのため、睡眠時の症状があってもそれを放置し、夜間しっかり脳が休めていない状態を長年続けてしまうということは、間違いなく疾患の「発症」を後押ししているようなものだといえます。
したがって、健康寿命を伸ばすためには、良質な睡眠習慣を持つことが不可欠なのです。
皆さんも、イビキや寝言などと同じように、睡眠中によく「目」をクルクルと動かして夢を見ていないかどうかも目安にして、日ごろから睡眠の質について気にかけていただければと思います。(認知症と睡眠の関連については、過去記事カテゴリー「認知症と『睡眠』」の記事もご参照ください。)
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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