認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(2)

前回は、発達障害の気質がある人は意外に多く、最近の文部科学省による報告では自閉症スペクトラム(ASD)保有率が1.1%、注意欠陥多動性障害ADHD保有率が3.1%、米国のCDCによる報告ではASD保有率は1.85%、ADHD保有率は6.1%とされているけれども、実は当院で認知症と診断される患者さんの多くに発達障害の傾向があるというお話をしました。

また、発達障害のある人は脳の神経細胞脆弱性(ぜいじゃくせい)があり、ストレスによって脳の神経細胞が変性しやいため、発達障害の気質がある人は認知症になりやすいと考えられるけれども、これは発達障害の人はもともと神経軸索の髄鞘化(ずいしょうか)機能が低下していることが要因の1つになっているというお話もしました。

今回はその続きになります。

 

神経軸索の髄鞘化機能の低下が発達障害認知症疾患を呈する一因

前回、発達障害の人は神経軸索の髄鞘化機能が低下しているために、脳神経ネットワークが発達しにくいのではないかというお話をしましたが、これは髄鞘が再生する場合にも当然影響します。

本来であれば軸索がむき出しになった部位の髄鞘は速やかに再生されるのですが、髄鞘化機能の低下があるとそれが上手くいかなくなるからです。

軸索がむき出しのままでは、髄鞘が果たしている電気信号の伝導・伝達をスムースにするという働きが得られないばかりか、実はその周囲にも髄鞘の損傷を拡げかねません。

電気コードに例えると、内側の銅線が軸索で、外側にある絶縁体のゴムが髄鞘になります。

通電した状態で銅線がむき出しになり、そこに水分や異物が接触したらどうなるでしょうか。

当然ショートして発火してしまいます。

これと同じことが脳内でも起こるのです。

つまり、むき出しになった軸索はショートしやすくなっており、それによってさらに周囲の髄鞘を損傷させかねないということです。

そして、このことが発達障害の人の脳神経ネットワークが成熟しにくくなっていることや、さらにはストレスなどで神経細胞が変性しやすくなっていることの一因になっていると考えられるのです。

さらにいえば、脳神経ネットワークが成熟しにくいことにより、その部位に応じて特徴的な発達障害の症状を呈しやすくなっていたり、またストレスなどで神経細胞が変性しやすいことによって、発達障害の症状を増強させたり、さらには認知症を伴う神経変性疾患をも発症しやすくなっているのではないかと考えられるのです。

そもそも発達障害の人は、精神的にも、神経細胞レベルにおいても、様々な刺激に対して過敏であり、ストレスに弱い傾向があります。

そのような発達障害の人が長期間大きなストレスを受け続けたとしたら、神経細胞の変性が加速度的に進行し、できあがっていた脳神経ネットワークさえも棄損してしまう、ということが容易に想像できると思います。

これらのことを鑑みれば、当院の認知症外来を受診される患者さんに発達障害傾向の人が多いということにも頷けるのではないでしょうか。

 

アルツハイマー認知症の発生機序に関する「ミエリン仮説」

発達障害の人はもともと神経軸索の髄鞘化機能が低下しているというお話をしましたが、実はアルツハイマー認知症の発症には、この「髄鞘(=ミエリン)」が大きく関与しているという仮説が近年提唱されるようになりました。

アルツハイマー認知症の発生機序については、今まで「脳にアミロイドβという異常タンパクが蓄積すると神経細胞が死んでいく」という「アミロイドβ仮説」が有力でした。

しかし、多くの学者が数十年にわたってこの仮説の証明に取り組んできたのにも関わらず、それに成功した研究者は未だに一人もおらず、逆にこの仮説に対して様々な疑問が呈されるようになりました。

そればかりか、初めに1992年に「アミロイドβ仮説」を提唱したDennis SelkoeとJohn Hardyの当人たちでさえも、2016年のレポートの中で自らの仮説に疑問を呈するようになったのです。

そうすると、今まで「脳にアミロイドβが蓄積すると、神経細胞が死んでいくのではないか」と考えられていたのが「間違い」だったことになります。

つまり、そもそもアミロイドβの蓄積と認知機能にはほとんど相関がなく、アルツハイマー認知症の人の脳において、アミロイドβの蓄積と神経細胞の減少を確認したに過ぎなかったということです。

そのため近年では「アミロイド仮説」に替わって、アルツハイマー認知症の発生機序に関するいくつかの仮説が提唱されるようになりました。

それらの仮説の中で有力なものの1つが「ミエリン仮説」になります。

「ミエリン」とは神経軸索を覆っている「髄鞘」のことです。

このミエリンが崩壊して神経軸索がむき出しになる「脱髄(だつずい)」現象の中に、アルツハイマー認知症の発症機序を解き明かすカギがあるのではないか、とするのが「ミエリン仮説」なのです。

もしこの「ミエリン仮説」が正しいとすれば、もともと神経細胞髄鞘化機能が低下している発達障害の人が認知症を発症しやすくなるのは当然です。

すると「ミエリン仮説」は、発達障害の人がもの忘れを発症しやすいことについても病理学的に説明してくれることになります。

アルツハイマー認知症の発症も、発達障害の人がもの忘れを発症しやすいことも「脱髄」と「髄鞘化機能の低下」が深く関与している可能性があるということです。

 

次回は、この「ミエリン仮説」についてもう少し詳しくご紹介しようと思います。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村

↑↑ 応援クリックお願いいたします

f:id:kotobukireha:20190702092414j:plain