前回は、アルツハイマー型認知症の発生機序に関する「ミエリン仮説」について少し詳しくお話ししました。
そのうえで、発達障害の人が有する「神経軸索の髄鞘化機能の低下」という特性と、アルツハイマー型認知症の発生機序には「脱髄」と「再ミエリン化不全」が深く関与しているとする「ミエリン仮説」は、いずれもその病理学的背景が大きく共通していることから、もし「ミエリン仮説」が正しいとすれば、発達障害の人がもの忘れを発症しやすいのも納得がいくというお話をしました。
今回はその続きになります。
発達障害の気質が強い人の「もの忘れ」は認知症疾患が原因でないことが多い
20~50歳代でも「もの忘れ」を主訴に当院を受診される人がいますが、そういった人たちには共通して発達障害の気質が色濃く認められます。
それらの症例については今後紹介していくつもりですが、彼らは「もの忘れ」の病態について、私たちに色々な示唆を与えてくれます。
主訴に「もの忘れ」があるので、念のため若年性の認知症疾患を疑っていくつかの検査をするのですが、長谷川式認知症スケール(HDS-R)はほぼ満点であり、頭部MRI検査や脳血流シンチグラフィー(SPECT)検査を実施しても、例えばアルツハイマー型認知症で認められるような海馬の萎縮や後部帯状回、楔前部、頭頂葉の血流低下といった所見が認められないということがほとんどだからです。
また「もの忘れ」を呈する疾患というのは、実は認知症疾患の他にも多くあるため、それらについても確認していくのですが、それでも異常がなかったりするのです。
ちなみに認知症を呈する代表的な原因疾患には、以下のようなものがあります。
【認知症を呈する代表的な原因疾患】
1.神経変性疾患
アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症、パーキンソン病、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、ハンチントン病、嗜銀顆粒性認知症、神経原線維変化型老年期認知症など
2.脳血管障害
脳梗塞や脳出血といった、脳血管障害(脳卒中)による脳血管性認知症など
3.外傷性疾患
脳挫傷、慢性硬膜下血腫など
4.脳腫瘍
脳腫瘍(原発性、転移性)、癌性髄膜症
5.感染症
髄膜炎、脳炎、脳膿瘍、神経梅毒、クロイツフェルト・ヤコブ病など
6.代謝・栄養障害
アルコール依存症・肝不全(=肝性脳症)、ビタミンB1欠乏症、ビタミンB12欠乏症、葉酸欠乏症、など
7.内分泌疾患
甲状腺機能低下症、副甲状腺機能亢進症、副腎皮質機能低下症、反復性低血糖など
8.中毒性疾患
薬物中毒(向精神薬、抗癌剤、抗痙攣薬など)、一酸化炭素中毒、金属中毒(水銀、マンガン、鉛など)
9.膠原病
ベーチェット病、シェーグレン症候群など
10.その他
特発性正常圧水頭症、慢性呼吸不全、その他
上記の「1.神経変性疾患」と「2.脳血管障害」を除いたこれらの疾患の中には、治療できるものが多く含まれています。
そのような疾患では、病状の進行に伴ってあくまで二次的に認知症様の症状が出現したり、前景化しているため、大もとの疾患を治療できれば、認知症様の症状も改善できることが多いのです。
そのため、これらは「Treatable Dementia(=治る認知症)」とも呼ばれています。
このような「Treatable Dementia」の中でも、当院では「甲状腺機能低下症」や「ビタミンB12欠乏症」、「葉酸欠乏症」などにはよく遭遇しますし、これらを治療することによって認知症の症状が劇的に改善するということも繰り返し経験しています。
そのため、当院では「症状の原因となっている病気は何なのか」を、まずはしっかり診断することを心掛けています。
また、上記した疾患の一覧には含まれていませんが、「貧血」や「脱水」なども認知症の症状を引き出したり、急激に悪化させることがあるため、受診時には家族の話や全身状態をしっかり確認するようにしています。
しかし、20~50歳代で「もの忘れ」を主訴に受診される発達障害の気質が強い人たちは、しっかり検査や診察を行っても、認知症疾患や上記したような疾患ではないことがほとんどなのです。
では、どうして彼らは「もの忘れ」を訴えて受診されてくるのでしょうか。
この疑問を解くカギは「注意機能」と「覚醒度」にあるのではないかと、私たちは考えています。
発達障害の気質が強い人は「注意障害」を合併していることが多い
前述したように、「もの忘れ」を主訴に当院を受診される比較的若い年代の人たちは、発達障害の気質を色濃く持っていることが多いのですが、ここでいう発達障害とは「自閉症スペクトラム症(ASD)」と「注意欠陥多動性障害(ADHD)」の2つを指しています。
そのためここで「発達障害で『注意機能』に問題がある群は?」と聞かれれば、当然ADHDの方を思い浮かべると思います。
しかしこれも前述したように、発達障害の気質を持つ人は、ASDとADHDのどちらかの気質を単独で有しているというよりは、両者の気質を合併していることがほとんどであり、そのうえで、両者の気質が出ていたり、どちらか要素が強い方の気質が前面に出ていることが多いため、一見ASD気質の強い人でも、実はADHD気質も合併していて「注意機能」に何かしらの「弱さ」を持っていることが多いのです。
では、一旦ここで「注意機能」について整理してみたいと思います。
「注意機能」とは、次の5つの機能をまとめたものになります。
①選択性:複数の刺激の中から特定の対象に注意を向ける機能。
②持続性:特定の対象に振り向けた注意を一定時間持続させ、注意を集中し続ける機能。
③転導性:特定の対象に注意を向けつつ、必要に応じて他の刺激にも注意を向ける機能。
④多方向性:まんべんなく色々な対象に注意を向ける機能。
⑤容量:目的に応じて注意の配分をバランスよく保つ機能。
これらの機能に何らかの問題があると「注意障害」があるとされ、「注意障害」がある場合には、これらの5つの機能がそれぞれ程度の差はあれ、単独もしくは重複して障害されています。
例えば、複数の刺激の中から特定の対象や課題だけにうまく注意を向けられない「注意選択の障害」、特定の対象に注意を向けられても、注意を集中し続けることができない「注意集中困難・注意の持続の障害」、注意が他へ逸れやすく、それまでの流れやその場と関係のない刺激に引き込まれやすくなる「注意転導性の亢進」といった症状が出現します。
また、より高度で複雑な注意機能を要するとされる、ある刺激から他の刺激に注意を切り替えることができない「注意転換の障害・注意の固着」、2つ以上の刺激に対して同時に注意を配り続けることができない「注意分配の障害」といった症状も出現します。
これらの症状は、発達障害の人の特徴や認知症の症状としてよく見られる「1つのことに執着しやすい」「1つのことをずっとやり続けることができる」「複数のことを同時に行うのが苦手」といったものと深く関連しているのではないかと思われます。
いずれにしても、発達障害の気質を持つ人というのは、そもそもこのような「注意障害」を合併していることが多いのです。
次回に続きます。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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