認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(5)

前回は、発達障害の気質が強い人の「もの忘れ」は認知症疾患が原因でないことが多く、その原因として私たちは「注意機能」と「覚醒度」の関与を考えているというお話をしました。

そして、発達障害傾向の人が合併していることが多い「注意障害」の理解を深めるうえで、まずは「注意機能」は5つの機能に分けられるというお話ししました。

今回はその続きになります。

 

「注意障害」による「注意の容量」と「ワーキングメモリ(作業記憶)」の低下

「注意障害」は、前回お話ししたように「注意機能」の「選択性」「持続性」「転導性」「多方向性」「容量」の5つの機能が単独もしくは重複して低下することで生じます。

この5つの機能の中で「容量」とは、前回「目的に応じて注意の配分をバランスよく保つ機能」であると説明しましたが、これは同時に「その人が外界からの刺激を一度に明瞭化できる意識の範囲」であるともいえます。

この「注意の容量」は、「記憶」の視点から見れば「その人が明瞭に意識することで一時的に保持しながら操作できる情報量」に相当し、「ワーキングメモリ(作業記憶)」と呼ばれます。

つまり「ワーキングメモリ(作業記憶)」とは「一時的な記憶の容量」のことであり、「注意の容量」とほぼ同一のものと考えられます。

この「ワーキングメモリ(作業記憶)」で操作できる情報量、つまり「注意の容量」は、正常な人の場合では「7±2」とされており、言葉なら5~9語、数字なら5~9桁ほどになります。

しかし「注意障害」があると、この「注意の容量」が低下することで、一度に注意を向けて処理できる情報量が少なくなってしまうため、結果的に新たな情報を得る効率が悪化したり、長い会話や文章などの理解が不十分になったり、同時に複数のことを上手くこなせなくなったりするのです。

人は生活していく中で、実は「複数のことを同時に行う」ことが日常的に要求されています。

皆さんも普段の生活の中で、意識的にも無意識的にも、おそらく常に何かを考えたり、何か別なことを気に掛けながら仕事や家事などをこなしているのではないでしょうか。

そしてその際、同時に行うことができる活動数(身体活動・精神活動ともに)というのは、当然ながらその人が持つ「注意の容量」の範囲内になるはずです。

そのため「注意の容量」の大きい人は、同じ作業をしていても、同時により多くの処理を行うことができるので、作業の効率や精度、スピードが上がりやすくなります。

反対に「注意の容量」が低下している人では、何気なく行っている日常的な活動はもちろん、その人が行っているあらゆる活動において、その作業効率や精度、スピードなどが下がりやすくなります。

そのため「注意の容量」が低下することで、「物を失くしたり忘れ物することが多く、大事な書類や約束なども忘れてしまう」「集中力が続かず、周りの音などですぐに気が散ってしまう」「何かをやりかけたまま別のことを始める」「片付けや整理整頓が苦手」「人が話をしていてもボーっとして聞いていないように見える」といったことが起こりやすくなるのです。

これらは発達障害の気質がある人によく見られる特徴ですが、そうなるのは、発達障害の傾向が強い人はもともと「注意障害」の合併によって「注意の容量」が低下していることが多いからだと思われます。

 

「注意の容量」を低下させる要因は?

「注意の容量」はパソコンでいえば、一度に処理できる情報容量を表す「メモリ」に相当します。

パソコンも連続して長時間使っていると、作業履歴が膨大になっていわゆる「動きが重くなる」ことがありますが、基本的に余程のことでもない限り「メモリ」が変動することはありません。

しかし、人間の場合、「注意の容量」は「心身の状態」や「周囲の環境」などの変化によって、容易に変動してしまいます。

普通の人でも、例えば体調が悪い時や心配事や気になることがある時、憂鬱な時、周囲が騒がしくて落ち着かない時、暑い時などには、どうしても集中力が低下して注意散漫になりやすくなるのではないでしょうか。

すると、あちこちに注意がいきがちになり、何か仕事をしていても「あれっ?今何をしていたんだっけ?」といったことや、何か物を取りに来たはずなのに「あれっ?何をしに来たんだっけ?」といったことが起こったりします。

皆さんもきっとこのような経験をしたことがあるのではないでしょうか。

つまり、このようなことが起こる原因のひとつに「注意の容量」の低下があるということであり、「心身の状態」や「周囲の環境」に変化をもたらすものであれば何でも、その人の「注意の容量」を変動させる要因になり得るということです。

そうでなくても発達障害の気質が強い人は、もともと「注意の容量」が低下している傾向があります。

すると、「心身の状態」や「周囲の環境」の変化によってさらに「注意の容量」が低下することで、それまでできていた仕事や作業が途端にできなくなるということも十分起こり得るのです。

なぜなら、その仕事や作業の実行に必要な「注意の容量」の水準をギリギリで保っていたとすれば、たとえ「注意の容量」の低下が少しだけだったとしても、容易にその水準を下回ってしまうことになるからです。

さらに、そもそも発達障害の気質が強い人には「心身の状態」や「周囲の環境」の変動に敏感で影響を受けやすいという特性があり、ちょっとした変動でも過敏に反応してしまう傾向があります。

そのため、普通の人では気付かないようなちょっとした「心身の状態」や「周囲の環境」の変化であっても、すぐにその影響を受けてしまい「注意の容量」が低下しやすいのです。

すると「注意の容量」をベースにした「注意機能」の低下が前景化しやすくなり、そのために発達障害の気質が強い人では、生活に支障をきたすようなさまざまな症状も出現しやすくなるのですが、その症状のひとつにいわゆる「もの忘れ」もあるのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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