認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(6)

前回は、「注意障害」があって「注意の容量」や「ワーキングメモリ(作業記憶)」が低下すると、その人が行っているあらゆる活動において、その作業効率や精度、スピードなどが下がりやすくなるということをお話ししました。

また、そもそも発達障害の気質が強い人には「心身の状態」や「周囲の環境」の変動に敏感で影響を受けやすいという特性があり、ちょっとした変動でも過敏に反応し「注意の容量」が低下しやすいというお話もしました。

今回はその続きになります。

 

「注意機能」を低下させている主要な要因は「ストレス」がほとんど

前回お話ししたように、「注意機能」の低下を招く要因としては、「心身の状態」や「周囲の環境」を変動させるものであれば何でもあり得ます。

しかし、私たちの経験上、20~50歳代で「もの忘れ」を主訴に当院を受診される発達障害の気質が強い人の場合、「注意機能」を低下させている主要な要因が「ストレス」であるということがほとんどなのです。

そもそも発達障害の気質が強い人たちは、精神的にも器質的にも「ストレス」に弱い傾向があります。

ASD(自閉症スペクトラム症)の特徴として「感覚過敏」や「執着性・常同行為」などがありますが、感覚が過敏であるがゆえに周囲の「変化」を鋭敏に察知して影響を受けやすく、また同じことをずっとやり続けることが得意な反面、いつもと違うことをするのが苦手なため、全般的に「変化」に弱い傾向があります。

つまり、ASDの人は、ちょっとした「変化」であっても大きな刺激として捉えてしまい、それが「ストレス」になってしまいやすく、さらにその「ストレス」の影響を受けやすいのです。

しかし、この「変化」に過敏で「ストレス」に弱いという特性は、実はASDの人に限ったものではありません。

発達障害の気質を持つ人というのは、ASDとADHD注意欠陥多動性障害)のどちらかの気質を単独で有しているというよりは、両者の気質を合併していることが多いからです。

つまり、発達障害の気質を持つ人というのは、全般的にASDの特性である「過敏性」と「ストレス」に弱い傾向も持ち合わせていやすいのです。

すると、ちょっとしたことでも「ストレス」になって「注意障害」を増悪させやすいことから、そのような人では「注意障害」が前景化して「もの忘れ」を訴えるようになることも十分にあり得るということです。

そのため当院では、「注意障害」が原因の「もの忘れ」が疑われる場合には必ず「最近、生活で何か変わったことがありませんでしたか?」と本人や家族に確認するようにしています。

すると大抵の場合、「生活環境の急激な変化」や「体調不良」、「人間関係がうまくいっていない」など、本人にとって「ストレス」になり得る出来事があったりします。

そのような場合には「ストレス」が原因で「注意障害」が増悪し、「もの忘れ」を訴えるのに至ったのではないかと考えられるのです。

 

「注意障害」が増悪すると、なぜ「もの忘れ」を訴えることがあるのか?

では、なぜ発達障害の気質が強い人では「注意障害」の増悪によって「もの忘れ」を訴えることがあるのでしょうか。

このような「もの忘れ」を主訴に当院を受診される人たちは、もともと「注意の容量」もしくは「ワーキングメモリ(作業記憶」が低下している中でも、何とか仕事や家事などをこなして日常生活を送っていたのだと思われます。

しかし、そこに何らかの「ストレス」が加わったことで「注意の容量・ワーキングメモリ(作業記憶」がさらに低下し、一度に処理できる情報容量が、生活に支障が出るレベルまで減ってしまったと考えられるのです。

処理能力を超えた分の情報はどうなるかといえば、いわば「スルー」されて入ってこなくなったり、操作できなくなってしまいます。

すると、表面上は一見普通に会話したり、何か作業をしているようでも、実は本人は「うわの空」になっていて、外部からの情報が本人には入っていないばかりか、自分が行っていることでさえも把握できていなかったりするのです。

当然、その間に何か作業をしていれば、ミスが増えたり、作業効率が落ちることになります。

すると本人は「最近、前はやらなかったようなミスをするようになった」「やらなければいけない約束事や仕事がすっぽり抜けてしまう」「何かをしている時に別のことを頼まれると、もともとしていたことをすっかり忘れてしまったりする」などと訴えて受診されてくるのです。

そして周りの人も、確かにやりとりしたはずなのに、本人が「覚えていない」ということを何度か経験するうちに、「忘れっぽくなった」と思ってしまうわけです。

このようなことから、本人も周りの人もこれらの症状を「もの忘れ」と表現してくるのですが、実際のところ「もの忘れ」と表現するのは正確ではありません。

「忘れる」というのは、一度情報が入力されて「記憶」として保持されたものが失われることをいうからです。

しかし、実際には「注意障害」の増悪によって、そもそも情報が入力されておらず「記憶」そのものがしっかり形成されていないために、本人が「覚えていない」だけなのです。

つまり「もの忘れ」という「記憶障害」が原因なのではなく、「注意障害」が原因で起こった症状だということです。

しかし、「注意障害」が原因であるということを本人が自覚するのはなかなか難しく、周りにいる人にも気付かれにくいので、てっきり「もの忘れ」が出てきたものと勘違いされやすいのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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