前回は、20~50歳代で「もの忘れ」を主訴に当院を受診される発達障害の気質が強い人の場合、「ストレス」が原因でさらに「注意障害」が増悪し、その結果「もの忘れ」を訴えるのに至ったのではないかと考えられるケースがほとんどだというお話をしました。
これは「ストレス」が加わったことで、もともと低下している「注意の容量・ワーキングメモリ(作業記憶)」がさらに低下し、一度に処理できる情報容量が減ることで、本来入力されるはずの情報が入力されないために起こると考えられ、そのため「記憶」そのものが形成されていないので、厳密にいえば「もの忘れ」と表現するのは正確ではないというお話もしました。
今回はその続きになります。
発達障害の人は「覚醒度」が低下して「注意障害」が前景化する場合がある
前回まで、発達障害の気質が強い人が「もの忘れ」を訴えるようになるのは、何らかの原因でもともと有している「注意障害」が増悪してしまい、その結果、あたかも「もの忘れ」したかのようになるからではないかというお話をしましたが、実はもう一つ別の機序もあると考えています。
それが「覚醒度」が関与するものです。
ADHD(注意欠陥多動性障害)をはじめとする発達障害の人は、もともと脳の活性が低く、その場その場の状況に応じて自分で覚醒度をコントロールするのが苦手な傾向があります。
これは脳の発達に偏りがあるからだと考えられていますが、覚醒度を適正な範囲に保てないと、当然ながら認知や思考、判断が適切に行えなくなったり、感情のコントロールもうまくいかなってしまいます。
そのため、ADHDでは二次的にさまざまな症状を出現させやすいのです。
ちなみに覚醒度が低いと「ボーッとしている」「他の人の話を理解できない」「眠ってしまう」「一見、ハイテンションになる(眠い子供が、妙にハイテンションになるのと同じ)」といった状態になったり、逆に覚醒度が高くなりすぎると「ハイテンションになる」「興奮する」「拒否的な言動になる」「不安感が増す」といった状態になってしまいます。
このように、ADHDでは覚醒度のコントロールがうまくいかないために、自分の行動を自制できずに多動になったり、不注意になったりすることがあるのです。
つまり、覚醒度が低下することで、もともと持ち合わせている「注意障害」が前景化し、そのために「もの忘れ」を訴えることもあり得るということです。
発達障害の人は「覚醒度」を保つうえで中心的な役割を果たす「前頭葉」機能が低下傾向にある
なぜ発達障害の人は覚醒度をコントロールするのが苦手なのでしょうか。
まず、覚醒度を適切なレベルに保つ主な脳内機序としては「脳幹網様体賦活系」の働きが知られており、覚醒度のコントロールの他に、意識や注意、覚醒と睡眠リズムのコントロールにも関与するとされています。
この「脳幹網様体賦活系」の中軸をなすのは、「前脳基底部(前頭葉底面の後端)」とそこに興奮性の投射を送る「青斑核(橋の背側)前域」および「結合腕傍核(橋の背側)内側部」にある神経細胞の集合体であることが分かっています。
つまり「前頭葉」にある「前脳基底部」が、覚醒度のコントロールにおいて中心的な役割を担っているのです。
しかしADHDの人は、もともと「前頭葉」の機能が低下傾向にあるとされています。
ADHDを対象にした多くの研究において、脳神経の未熟さが指摘されており、年齢不相応の脳波が確認されたり、中枢神経系や小脳の発達が未熟で小さかったり、「前頭葉・前頭前野の活性や血流が低下している」ことが示されているからです。
脳の血流量とその部位の機能は相関していることから、ADHDにおいて「前頭葉」の血流量が低下傾向にあるということは、「前頭葉」の機能も低下傾向にあるということになります。
そもそも「前頭葉」は意思や計画性、判断、創造、記憶、抑制、集中など、人間活動を営むうえでは欠かせない重要な働きをしています。
また「前頭葉」は、自らの言動を抑制して理性的にふるまうようセルフコントロールを促す部位でもあり、その人が社会生活を送っていくうえでも欠かせない働きをしています。
そのため「前頭葉」は非常に高度で複雑な働きをしているといえるのですが、実は一番最後に成熟する脳の部位でもあるため、発達障害の人は「前頭葉」が未成熟になりやすい傾向があるのです。
そして当然ながら、この「前頭葉」が未成熟で機能低下があることが、発達障害に特徴的な気質や特性の由縁にもなっているといえます。
このようにADHDの人では、覚醒度を適切なレベルに保つ「脳幹網様体賦活系」の働きにおいて、中心的な役割を担う「前頭葉」が未成熟でその機能も低下傾向にあるため、覚醒度のコントロールがうまくいかず、「注意障害」をはじめとしたさまざまな症状を前景化させやすくなっているのです。
しかもこれはADHDの人だけに限ったことではありません。
前回までにもお話しした通り、発達障害の人は程度の差こそあれ、ASD(自閉症スペクトラム症)とADHDの両方の特性を併せ持つことが多いからです。
次回に続きます。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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