認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(8)

前回は、発達障害の人は覚醒度が低下することで、もともと持ち合わせている「注意障害」が前景化し、そのために「もの忘れ」を訴えることもあり得るというお話をしました。

さらにその原因として、発達障害の人は「覚醒度」を保つうえで中心的な役割を果している「前頭葉」機能がそもそも低下傾向にあることが考えられるというお話もしました。

今回は、その続きになります。

 

発達障害の気質のある人が「もの忘れ」を訴えるようになるパターンを整理すると

前回までに、20~50歳代で発達障害の気質のある人が「もの忘れ」を主訴に受診されてくる場合、その「もの忘れ」は認知症疾患が原因で生じたものではないことが多く、何らかの原因でもともと持っていた「注意障害」が悪化することによって「注意の容量・ワーキングメモリ(作業記憶)」がさらに低下し、本来入力されるはずの情報が入力されないために「記憶」そのものが形成されず、一見「もの忘れ」を発症したかのようになる、ということをまずお話ししました。

また、発達障害の気質のある人は「覚醒度」を保つうえで中心的な役割を果している「前頭葉」機能がもともと低下傾向にあり、そのため状況に応じて「覚醒度」をコントロールしたり、適正な範囲に保つことが苦手で「覚醒度」が低下しやすくなっていることから、それで二次的に「注意障害」が前景化して一見「もの忘れ」を発症したかのようになる、ということもお話ししました。

つまり、発達障害の気質のある人が「もの忘れ」を訴えるようになるパターンとしては、

①もともとの「注意障害」が悪化することで、一見「もの忘れ」を発症したかのようになるパターン

②「覚醒度」が低下することで二次的に「注意障害」が前景化し、一見「もの忘れ」を発症したかのようになるパターン

の2通りが考えられるということです。

もちろん「注意障害」の悪化と「覚醒度の低下」の両方が起こり、一見「もの忘れ」を発症したかのようになるパターンもあるでしょう。

いずれにしても、発達障害の気質のある人が「もの忘れ」を主訴に受診されてくる場合には、本人の「注意障害」と「覚醒度」に注視するとともに、最近それらを変動させるような出来事がなかったかどうか、つまり本人にストレスがかかるようなことがなかったかどうかを確認することが不可欠なのです。

 

ADHDではもともと脳内のドーパミン「流通量」が少ない傾向がある

このように発達障害の気質のある人が「もの忘れ」を訴えている場合には、「注意障害」と「覚醒度の低下」が大きく関与していることが多いのですが、ではそもそも「注意障害」や「覚醒度の低下」はなぜ生じるのでしょうか。

注意欠陥多動性障害ADHD)では、注意力や集中力の低下、多動性といった症状が特徴的に見られますが、実は、これらの症状が生じる原因の1つに神経伝達物質(ホルモン)のドーパミンの関与が考えられています。

というのも、ADHDの約3割以上の人で「ドーパミントランスポーター」の働きに異常があり、脳内のドーパミン量がもともと少ない傾向があるといわれているからです。

神経伝達物質とは、神経細胞の神経終末から少し離れた次の神経細胞へ信号を伝える働き(伝達)をしている物質です。

ドーパミンも信号の強さに応じて一定量、神経終末から次の神経細胞へ向けて分泌されるのですが、その過程において、どうしても次の神経細胞に受け取ってもらえず、使われないまま余ってしまうドーパミンが出てきます。

それらのドーパミンを無駄にしないように回収し、再利用するために元の神経細胞へ戻す働きをしているのがドーパミントランスポーターになります。

ただADHDでは、このドーパミントランスポーターが過剰に働いている傾向があるというのです。

ドーパミントランスポーターの働きが過剰になると、次の神経細胞に到達するはずのドーパミンもどんどん元の神経細胞に戻されてしまいます。

すると、脳内におけるドーパミンの「流通量」が少なくなってしまい、本来伝えられるべき信号が次の神経細胞に伝わりにくくなってしまいます。

そのため、全体的にドーパミンを介した神経伝達の作用が不十分になり、結果として様々な症状が生じると考えられているのです。

 

ドーパミンはどんな働きをしているの?

このドーパミンの働きを理解するためには、ドーパミンが不足することで生じる一連のパーキンソン症状を見るのが手っ取り早いかもしれません。

まず運動面における主なパーキンソン症状としては、無動や動作緩慢、固縮(筋肉のこわばり)、安静時振戦(手足の細かく震え)、姿勢反射障害、すり足、すくみ足、小刻み歩行、仮面様顔貌などが挙げられます。

これらの症状は、ドーパミンが不足することで運動神経ネットワークの働きがうまくいかなくなり、筋肉の力を抜くのが難しくなって筋肉がこわばったままになったりするので、身体をスムースに動かせなくなったり、バランスをとるのが難しくなって生じると考えられます。

精神面における主なパーキンソン症状としては、覚醒度の低下や思考緩慢、意欲低下、うつ、感情の平坦化、認知機能の低下といったものが挙げられます。

これらもドーパミンが不足することで、思考や意欲、感情、認知機能に関わる神経ネットワークがうまく働かなくなるために生じると考えられます。

つまりドーパミンは、このような一連の症状が起こるのとは逆の働きをしていると考えればいいのです。

このようにドーパミンは脳の神経細胞間の伝達という重要な働きをしていることから、運動面や精神面に限らず、あらゆる人間活動を遂行するうえで欠かせない存在になっています。

しかしADHDでは、この重要な働きをしているドーパミンの「流通量」がもともと少ない傾向があることから、結果的に「注意障害」や「覚醒度の低下」が生じやすくなっていると考えられるのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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