認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(14)

前回は、患者さん本人の訴えに家族が「共鳴」してしまうと、本人の症状をさらに「増幅」させかねないこと、本人や家族に「待てない」気質があると、目の前に表れる症状に振り回されて薬を勝手に調節してしまうことがあるため、そうなるとさらに治療が難渋しやすくなること、本人や家族が診察時に自ら良くなった点を話すようになったら、それがターニングポイントになって病状が好転していくことが多いことなどについてお話ししました。

今回からは、実際の症例をご紹介していくことにします。

 

(症例1)「もの忘れ」を主訴に来院された40代女性

夫と娘と3人暮らしでフルタイムで働いている方ですが、最近、仕事で前日に対応したお客さんのことや日常的にしている会話の内容などを忘れてしまうようになったため心配になり、当院を受診されました。

以下にまず、症状や神経学的所見、画像検査結果などについてまとめます。

 

【症状など】

・仕事で前日に情報収集したお客さんのことを忘れたり、同じミスを繰り返して上司に怒られるようになった。最近は注意しているが、それでも何か忘れていないか怖くなる。

・子供とした会話の内容を忘れてしまう。

・先日、病院で検査予約をしたことを忘れてしまい、数日後に予約票を見て思い出した。

・どもることが多くなった。言葉がスムースに出てこない。

・子供が言うことを聞かないと怒るが、最近は疲れてしまって「もういいよ」となってしまう。

・集中力がなくなった。

・思い出そうとすると後頭部に違和感が出るのでやめてしまう。

・目の周りがピクツクようになった。

・睡眠はとれている。夢はたまに見る程度で、寝言やいびきなどはない。

・仕事が忙しい時期ではあるが、去年は大丈夫だった。仕事のストレスは特に感じていない。

・もともとおっちょこちょいでせっかち、あわてんぼうではあるが、子供の頃は特に忘れ物が多いというほどではなかった。もともと運動神経はあまり良くない。

・下肢にしびれがあって整形外科を受診したら、亜鉛不足を指摘されて内服している。

 

【神経学的所見・画像検査など】

・指を順番に曲げ伸ばしする(指数え)テスト:右手指がやや拙劣で、両側とも運動時に対側手指の軽度な鏡像運動を認めた。

・指節運動失行テスト:両手指ともスムースに模倣できたが、両側とも運動時に対側手指の軽度な鏡像運動を認めた。

・固縮:右側のみ軽度あり。

・眼球運動:制限なし。

・マイヤーソン徴候:なし。

・歩行:右手優位に両手の振りが減少。

・改訂長谷川式簡易知能評価スケール:29/30点(5つの物品記銘で4つ正答)。

・成人期ASD自閉症スペクトラム障害検査:境界域。

・成人期ADHD注意欠陥多動性障害検査:境界域。

・頭部MRI検査:問題なし。

・脳SPECT検査(脳血流シンチグラフィ):血流低下なし。

・MIBG心筋シンチ検査:問題なし。

 

主な症状としては、最近忘れっぽくなり、仕事や日常生活で支障をきたすようになっているほか、目の周りのピクツキや下肢のしびれがあるということでした。

また、もともとおっちょこちょいでせっかち、あわてんぼうの性格で、仕事のストレスは感じていないものの、今は仕事が忙しい時期のことでした。

ただ「目のピクツキがある」ことから、ストレス過多になっていることも考えられました。

この「目のピクツキ」は「眼瞼ミオキミア」と呼ばれるもので、まぶたの下にある眼輪筋が自分の意志とは関係なく勝手に収縮して生じるのですが、その原因としては、疲労や睡眠不足、自律神経の乱れ、栄養不足(マグネシウム、ビタミンA・B6・B12など)、そして心因的ストレスが考えられています。

したがって、この患者さんは体調や仕事の忙しさによって、知らず知らずのうちに疲労や睡眠の質の低下、自律神経の乱れが生じ、心身ともにストレスが加わった結果「眼瞼ミオキミア」を起こしている可能性が高く、いずれにしてもストレス過多になっていることが考えられました。

神経学的所見としては、両側手指に鏡像運動が認められたほか、右側に軽度固縮があり、歩行時には右手優位に両手の振りが減少するといった軽度のパーキンソン症状が認められましたが、頭部MRI、脳SPECT検査、MIBG心筋シンチではいずれも異常所見は認められず、パーキンソン病関連疾患は否定されました。

また、改訂長谷川式簡易知能評価スケールは29点であり、テスト上は明らかな低下が認められませんでしたが、成人期ASD検査と成人期ADHD検査はいずれも「境界域」という結果であり、問診の内容と神経学的所見から発達障害の気質を有する可能性が高いと考えられました。

特に、生来の性格に加えてASDに合併しやすい軽度のパーキンソン症状を有すること、MIBG心筋シンチ検査でパーキンソン病関連疾患が否定できること、そして鏡像運動が認められることが発達障害の気質を有する可能性を高めています。

したがって、この患者さんには発達障害の気質があり、本人は感じていないけれども「目のピクツキ」が生ずるほどのストレスを受けていることで、いわゆる「もの忘れ」が生じているのではないかと考えられました。

正確に言えば「もの忘れ」ではなく、「注意障害」の増悪による「もの忘れ」様の症状をです。

 

【診断】

ADHD+ASDタイプ

 

【治療経過】

このような患者さんに対して、当院ではよく漢方薬を使います。

発達障害の気質を持つような方は、もともと「薬剤過敏性」を持っていることが多く、いわゆる「西洋薬」では副作用が出やすいからです。

また、この症例の患者さんは以前、別の症状に対して漢方薬を使ったら「とても良い感じ」がしたそうなので、漢方薬が合っている体質だと考えられました。

そこでまずは「甘麦大棗湯(2.5g)3包(毎食前)」と「酸棗仁湯(2.5g)1包(就寝前)」から始めてみたのですが、するとすぐに「もの忘れ」症状は落ち着いてきました。

また、以前からあった「足のしびれ」が、実は「むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)」ではないかと考えられたため、その後「抑肝散(2.5g)3包(朝食前・昼食前・就寝前)」と「レグナイト錠(100mg)1錠(夕食後)」も追加したところ、「足のしびれ」も緩和していきました。

実は発達障害の気質を持つ方には「むずむず脚症候群」や「レム睡眠行動障害」が合併しやすいため、すぐにそうではないかと疑うことができました。

ちなみに、「むずむず脚症候群」や「レム睡眠行動障害」のある方は夜間の睡眠の質が下がっていることが多く、そのためまずは睡眠の質を改善させる効果がある「抑肝散」を使うことが多くなっています。

「抑肝散」にはいわゆる「疳の虫(かんのむし)」を抑えて気持ちを穏やかにする作用があり、それが睡眠の質を改善するのにも役立つため、「認知症」の発症・進行を予防したり、症状を緩和させる効果があるのです。(認知症と睡眠については過去の記事も是非ご参照ください→認知症と「睡眠」についての記事一覧

そして、この患者さんは最終的に「酸棗仁湯(2.5g)1包(就寝前)」と「抑肝散(2.5g)3包(朝食前・昼食前・就寝前)」のみで「もの忘れ」と「足のしびれ」の症状が落ち着くようになり、現在まで至っています。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

【これまでの「認知症診療あれこれ見聞録」記事一覧】

 

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