認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(15)

前回から、発達障害の気質が強い人で「もの忘れ」を訴えて受診されてきた実際の症例についてご紹介しています。

今回は2人目の症例についてです。

 

(症例2)「もの忘れ」を主訴に来院された40代男性

妻と子供と3人で暮らしている方ですが、この1年でもの忘れがだんだんひどくなり、仕事にも支障をきたすようになってきたため、当院を受診されました。

以下にまず、症状や神経学的所見、画像検査結果などについてまとめます。

 

【症状など】

・最近、忘れ方と忘れる頻度がひどくなった。前は言われれば「あ~」と思い出したが、今は言われても記憶がすっぽり抜けていることがある。仕事面で2~3週間前のことがすっぽり抜けてしまったりする。

・仕事で新しく任されたことがあるが、仕事面で支障をきたすのが怖い。書類整理ができなくなったりする。

・頭にもやがかかったようで何となくスッキリしない。

・夜勤があり、生活リズムが一定でないが、比較的夜間は良眠できている。ただ、いびきと歯ぎしりがある。夢は見ない。

・朝起きるのが怖い。自律神経障害のよう。

・疲れやすい。すごく眠くなる。バイク通勤しているが、途中でバイクを止めて居眠してしまうことがある。

・名前を言われても顔が浮かばない。

・1年くらい前から言葉が出づらくなった。

・カウンセラーに「うつ」傾向だと言われた。

・もの忘れは1年くらい前からだが、もともと小さい時から忘れっぽい性格で、財布や保険証、受験票など大事なものを失くしてしまったり、忘れ物をすることが多かった。もともと何かをやっていても、1つのことに集中できず、あれこれ空想してしまう傾向があった。

・小さい時からムズムズ足があった。最近もたまに症状が出る。

・以前は1つ目標を決めると、それに向けて集中できていたが、この年齢になって目標がなくなってしまい、何か張り合いがなくなってしまった。新型コロナ騒ぎもあって、さらに気持ちが落ちてしまった。

・学生の時にテニスをしていて、社会人になってからも趣味でテニスを続けているが、最近は運動できていない。

・子供にも本人と同じような気質がある。ストレスに弱く、何か注意するとそれがまたストレスになって、感情をコントロールできなくなってしまう。

 

【神経学的所見・画像検査など】

・指を順番に曲げ伸ばしする(指数え)テスト:右手指がやや拙劣で、両側とも運動時に対側手指の鏡像運動を軽度認めた。

・指節運動失行テスト:両手指ともスムースに模倣できたが、両側とも運動時に対側手指の鏡像運動を軽度認めた。

・固縮:右側のみ軽度あり。

・手指の安静時振戦:右手優位に両側あり。

・仮面様顔貌:あり。

・Oily Face:あり。

・動作緩慢:軽度あり。

・歩行:軽度前傾位ですり足あり。両手の振りが減少。

・改訂長谷川式簡易知能評価スケール:30/30点。

・成人期ASD自閉症スペクトラム障害検査:陰性。

・成人期ADHD注意欠陥多動性障害検査:陽性。

・頭部MRI検査:問題なし。

・脳SPECT検査(脳血流シンチグラフィ):血流低下なし。

・MIBG心筋シンチ検査:問題なし。

 

主な症状としては、最近忘れっぽくなり、仕事や日常生活で支障をきたすようになってきたほか、頭がスッキリせず、夜は眠れてはいるものの日中に急な眠気が出て、バイク通勤中にバイクを止めて居眠りすることもあるほどでした。

睡眠については、夜勤のある仕事をしているため、生活サイクルが一定でなく、また睡眠中にイビキと歯ぎしりがあったりして、睡眠の質はとても高いとはいえない状態でした。

また最近は、朝起きるのが怖いと感じるほどになっており、カウンセリングで「うつ」傾向があることを指摘されています。

年齢とともに目標や生活の張り、気力がなくなってきたところに、新型コロナ騒ぎによって日常生活がさまざまな制約を受けたことがきっかけで「うつ」傾向になったと考えられ、それほどまで大きなストレスを知らず知らずに受けていたことになります。

さらに、新たな仕事を任されたこともストレスになっていると考えられました。

神経学的所見としては、両側手指に鏡像運動が認められたほか、右側に軽度固縮があり、歩行時には両手の振りが減少する、仮面様顔貌、Oily Face、手指の安静時振戦といった軽度のパーキンソン症状が認められましたが、頭部MRI、脳SPECT検査、MIBG心筋シンチではいずれも異常所見は認められず、パーキンソン病関連疾患は否定されました。

また、改訂長谷川式簡易知能評価スケールは満点であり、テスト上は明らかな低下が認められませんでしたが、成人期ADHD検査は「陽性」という結果であり、問診の内容と神経学的所見から発達障害の気質、特にADHD気質を優位に有しており、さらに軽度のパーキンソン症状があることからASD気質も軽度有している可能性が高いと考えられました。

特に、小さい時から忘れ物が多く、注意散漫な傾向があったり、発達障害の方に合併しやすい「ムズムズ脚症候群」や良質な睡眠習慣がないことも、その可能性を後押ししています。

また、発達障害の気質を持つ方はもともとストレスに弱い傾向がありますが、この方の気質を引き継いでいると考えられるお子さんは特にストレスに弱く、怒られると感情のコントロールができなくなるということから、やはり患者さん本人もストレスにもともと弱かったのだと思われます。

したがって、この患者さんには発達障害、特にADHDの気質が強くあり、新型コロナ騒ぎによるさまざまな制約や新しく仕事を任されたことなどが大きなストレスとなり、それがきっかけで「注意障害」の増悪による「もの忘れ」様の症状が出てきたのではないかと考えられました。

 

【診断】

ADHD+ASD type

 

【治療経過】

このような患者さんに対して、前回当院では漢方薬をよく使うということをお話ししました。

発達障害の気質が強い方は「薬剤過敏性」を有していることが多く、いわゆる「西洋薬」では効きすぎてしまったり、副作用が出やすくなるからです。

しかし、もちろん「西洋薬」も工夫しながら使用しています。

この患者さんは、日中に急な眠気が出たり、頭がスッキリせず、仕事中に集中力が続かないことから、もともと持っている「注意障害」が前景化して、いわば「うわの空」になりやすく、そんな状態では何かあってもそのことをインプットできずに覚えられないため、一見「もの忘れ」が出てきたように感じられるのではないかと考えられました。

つまり日中、一見起きているようでも「覚醒度」は落ちたり、また戻ったりと波を打っている状態であり、「覚醒度」が落ちていると、さらに注意散漫になってしまうため、その間のことは「全く覚えていない」ということになりうるのです。

そのため「もの忘れ」を改善させるためには、日中できるだけ「覚醒度」が落ちないようにすることが大切になります。

そこで治療としては、まず日中の「覚醒度」を保つために、脳内のアセチルコリン量を増加させ、神経の情報伝達を促進させるとともに、前頭葉をはじめとする脳全体の血流を上げる効果のある「リバスチグミン4.5mg(1日1回)」を使うことにしました。

「リバスチグミン」は「アルツハイマー認知症」の治療薬ですが、いわゆる「ボーっとしていて活気がない」ような患者さんには効果的なので当院ではよく使っています。

ちなみに「リバスチグミン」は飲み薬より、皮膚から薬効成分が吸収されるパッチタイプの方が血中濃度が一定に保たれやすく、さらに効果が得られやすい印象があるため、皮膚が弱くてかぶれやすい方でなければ、まずは「リバスチグミンテープ」の方を選択するようにしています。

また、「覚醒度」の変動をもたらす要因にはさまざまなものがあるのですが、その中でも特に大きな影響を与えるものとして「睡眠」と「便通」が挙げられます。

この患者さんの場合、特に夜間の「睡眠」が質・量ともに不十分であるため、そこへのアプローチは欠かせませんでした。

そこで、まずはじめに漢方薬の「抑肝散(2.5g)1包(就寝前)」を処方したのですが、効き目がイマイチだったため途中から「ラメルテオン2mg(就寝前)」に切り替えています。

「ラメルテオン」は睡眠導入剤ではありますが、睡眠を司るホルモンの「メラトニン」に働きかけて体内時計を整えてくれる新しいタイプの薬であり、従来の睡眠導入剤に比べると身体への負担も少ないため、当院ではよく選択しています。

さらに「ラメルテオン」の常用量は8mgですが、患者さんに「薬剤過敏性」があることが多いことから、薬が効きすぎてしまったり、副作用が出ないようにするため、大抵の場合、当院ではその4分の1量の2mgから開始するようにしています。

それでも十分な効果が得られることが多いのです。

この患者さんの場合も「ラメルテオン2mg(就寝前)」に切り替えたところ、「睡眠」の質が改善し、ぐっすり眠れるようにはなりました。

ただ、この患者さんには夜間頻尿があって毎晩最低2回はトイレに起きてしまうため、それによってどうしても「睡眠」が妨げられてしまうという問題が残りました。

そこで夜間頻尿を整える作用のある「牛車腎気丸(2.5g)1包(就寝前)」を追加することにしました。

「牛車腎気丸」は「八味地黄丸」に「牛膝」と「車前子」が加味されたものですが、八味地黄丸」と同じく「ムズムズ脚症候群」にも効果があるとされています。

さらに「牛車腎気丸」には、全体的に「活力」を上げる効果が期待できるため、「うつ」傾向で「疲れやすさ」もあるこの患者さんにはこちらの方が合っていると考えられたのです。

すると夜間、トイレで起きるのが多くても1回だけに減り、睡眠の質・量ともに改善させることができました。

それに伴い、日中急な眠気を覚えることがだんだんなくなっていき、少しずつ「活力」も出てきたのです。

そして肝心の「もの忘れ」についても、まだ「忘れる」ことはあるけれども、以前に比べればその頻度や程度が改善し、少なくとも仕事をしていて「怖い」と思うようなことはなったそうです。

さらに今では投薬治療と並行して、妻と一緒にウォーキングや筋トレ、ストレッチなどの運動に取り組んだり、主食を玄米にするなど食事にも気を付けるようになり、さらなる症状の改善に取り組んでいるのですが、この患者さんは以前に比べると明らかに診察時の雰囲気が全体的に軽やかで、シャープになったと私たちは感じています。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

【これまでの「認知症診療あれこれ見聞録」記事一覧】

 

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