認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(16)

前回から、発達障害の気質が強い人で「もの忘れ」を訴えて受診されてきた実際の症例についてご紹介しています。

今回は3人目の症例についてです。

 

(症例3)「もの忘れ」を主訴に来院された40代女性

夫と別居中で実家で両親と3人で暮らしている方ですが、ここ数か月で記憶力と注意力の低下、イライラ感の増強があり、当院を受診されました。

以下にまず、症状や神経学的所見、画像検査結果などについてまとめます。

 

【症状など】

・もともと大学卒業後、IT企業でシステムエンジニアの仕事をしていたが、仕事量が多いことに加え、年齢とともに仕事内容が高度化して残業が増えてきたことや、他人をまとめたり、指導する立場にもなったことからストレスが溜まっていき「うつ病」を発症してしまう。精神科で治療を受けるものの会社は退職し、その後は在宅でコンピュータシステムに関する仕事をするようになったが、数か月前から注意が散漫になって集中力が持続しなくなり、思うように仕事が進まなくなってきた。最近はさらに注意力が低下し、物を置いた場所を忘れてしまうなどのひどい「もの忘れ」も出てきた。また、感情の起伏が激しくなり、イライラすることが多くなっている。精神科には今も通院している。

・昔から体調が悪くなるとうつっぽくなったり、注意力が落ちてワーキングメモリーが小さくなるのを感じていたが、これほど忘れっぽくなるようなことはなかった。メモ帳がないと買い物ができないほど。新しいことが覚えられなくなった。

・何か作業を始めると、他のことが気になってしまったり、しなければならないことがあるとそれに気をとられてしまう。若い時には同時に2つのことをやれていたが、年齢とともにだんだん苦手になってきた。

・イライラが増すと、その他の症状も強くなってしまう。

・もともと多動系で注意散漫な面があり、自分でも発達障害の気質があると思っていた。

・結婚しているが夫とは別居している。夫は「うつ病」と「アルコール依存症」で無職。(その後離婚される。)

・最近実家に戻ってきた。親にも自分以上に発達障害の気質があり、その言動にいつも振り回されている。

 

【神経学的所見・画像検査など】

・指を順番に曲げ伸ばしする(指数え)テスト:両側ともスムースで、対側手指の明らかな鏡像運動は認めず。

・指節運動失行テスト:両手指ともスムースに模倣できたが、両側とも運動時に対側手指の明らかな鏡像運動を認めた。

・固縮:両側とも軽度あり。

・歩行:軽度すり足と両手の振りの減少あり。

・動作緩慢:軽度あり。

・仮面様顔貌:あり。

・瞬目減少:あり。

・マイヤーソン徴候:あり。

・改訂長谷川式簡易知能評価スケール:30/30点。

・成人期ASD自閉症スペクトラム障害検査:境界域。

・成人期ADHD注意欠陥多動性障害検査:陽性。

・頭部MRI検査:問題なし。

・脳SPECT検査(脳血流シンチグラフィ):明らかな血流低下なし。

・MIBG心筋シンチ検査:問題なし。

 

初診時の主な訴えとしては、以前勤めていた会社で仕事のストレスから「うつ病」を発症し、それからずっと精神科に通院しているものの、最近注意散漫やイライラ感が強くなり、それに伴ってひどい「もの忘れ」が出てきたというものでした。

この方はもともと自分にADHDの気質があることを把握しており、体調が悪くなるとADHDの症状が強くなって、忘れっぽくなったり、イライラ感が増したり、うつっぽくなっていたそうですが、ただ最近はこれまでにないほど「もの忘れ」が強くなり、仕事にも支障をきたすようになってきたため当院受診に至りました。

以前IT企業に勤務している時、仕事のストレスがきっかけで「うつ病」を発症していることから、今回もストレスがきっかけで「もの忘れ」をはじめとする症状が前景化しているのではないかと考えられました。

そして実際に問診から、最近夫と別居したことに加え、実家に帰ってきたけれども親にも発達障害の気質があってその言動に振り回されていることが分かり、それが本人にとって大きなストレスになっていると考えられました。

神経学的所見としては、両側手指に鏡像運動が認められたほか、両側とも軽度固縮があり、歩行時には軽度すり足と両手の振りの減少があること、動作緩慢、仮面様顔貌、瞬目減少、マイヤーソン徴候が認められるといったパーキンソン症状がありましたが、頭部MRI、脳SPECT検査、MIBG心筋シンチではいずれも明らかな異常所見は認められず、パーキンソン病関連疾患は否定されたため、出現している軽微なパーキンソン症状は生来のASD由来のものか、内服している向精神薬の副作用による薬剤性のものと考えられました。

また、改訂長谷川式簡易知能評価スケールは満点であり、テスト上は明らかな低下が認められませんでしたが、成人期ASD検査成人期は「境界域」、ADHD検査は「陽性」という結果であり、問診の内容と神経学的所見からADHD気質を優位にASD気質も軽度有している可能性が高いと考えられました。

また、この患者さんは「うつ病」で現在も精神科に通院していますが、これも発達障害の気質がある可能性を後押ししていました。

発達障害の気質が強い人は、精神科や心療内科への通院歴があることが少なくないからです。

おそらく発達障害の気質が強い人は、その時その時の状況や感情に左右されやすかったり、思考があちこちに飛んで考えがまとまりにくい傾向があることから、いわゆる思考が「堂々巡り」して「うつ」になりやすい傾向があるのです。

しかし、それで精神科や心療内科を受診して向精神薬を処方されても、「うつ」の症状は一向に改善しないということが少なくありません。

そもそも出現している「うつ」の症状が発達障害の気質に起因しているものであれば、「うつ」を軽減させるためには発達障害の気質を「整える」アプローチをしなければなりませんが、そのことが分からないと前景化している「うつ」症状だけに焦点を当てられてしまいやすいからです。

しかも、発達障害の気質が強い人には「薬剤過敏性」があることが多く、向精神薬を常用量で内服すると効きすぎてしまったり、副作用が大きく出てしまうことがあります。

するとかえって体調が悪くなってしまうので、向精神薬の内服はもちろん通院するのもやめてしまい、それでまた別の病院を受診するといったことを繰り返す「ドクターショッピング」に陥りやすい傾向もあるのです。

これにはもちろん、発達障害の人がもともと持ち合わせていることが多いいくつかの気質も関与していると思われます。

例えば、薬の効果が出るまで「待てない」気質だったり、「新しいこと」が出てきたり「あっちの方が良さそうだ」と思うとすぐそれに飛びついてしまうような気質、またそれまでお世話になっていた人との関係を「平気で絶つ」といったような義理人情に薄い気質などです。

こういったことから私たちは、もし既往・現病歴に「精神科や心療内科への通院歴」や「ドクターショッピングの傾向」があれば、その患者さんには発達障害の気質がある可能性についても考慮しなければならないと考えています。

これらのことを総合的に踏まえて、この患者さんにはADHD優位に発達障害の気質があり、それが生活環境の変化や同居している親の言動から受けるストレスがきっかけで「注意障害」が増悪し、結果的にひどい「もの忘れ」様の症状が出てきたのではないかと考えられました。

 

【診断】

ADHD+ASD type

 

【治療経過】

この患者さんはIT企業でリーダー的な仕事を任されていたこともあり、非常に知的レベルが高く、毎回自分の症状やその経過について的確に表現してくれるので、比較的スムースに治療を進めていくことができました。

前回の診察で医師に指摘されたり、勧められたことについては、次の診察までにしっかり勉強し、それを実践された感想をお話ししてくれるばかりでなく、薬の効果についても「このような症状には効果がありましたが、このような症状にはあまり効果がありませんでした」といったように具体的にお話ししてくれるのです。

そのため他の患者さんの治療にも役立つような示唆的な内容になっており、とても参考になっています。

診察を重ねていくうちに、この患者さんにとって一番のストレスは同居している親の言動であることが分かりました。

しかし、諸事情があって親とは別居できないということだったので、親から受けるストレスをいかにコントロールしてイライラを抑えるかが治療の一番のポイントになりました。

ただ、この患者さんは「知覚過敏性」が強く、日常生活の中で普段体感している「臭い」「暑さ」「騒音」などに対して特に反応しやすくなっており、それらもストレスになってイライラを増強させる要因になっていました。

さらに心身の調子が悪い時には、この「知覚過敏性」が増強する傾向があるため、いわば「イライラの悪循環」に陥りやすい傾向もありました。

ちなみに、この「知覚過敏性」はASD気質の人が持ち合わせやすい特質のひとつになっています。

そのため「色彩」「味」「香り」「音」などに対する「鋭敏さ」を活かした仕事をしている人も多いのですが、この患者さんについてはそれがイライラを増強させる要因になっていました。

そこで、イライラを抑え、気持ちを穏やかに整えてくれる作用がある「甘麦大棗湯」と「抑肝散」を1日3袋ずつ処方し、症状に応じて自分で内服を調節してもらうようにしました。

すると、体調や季節、親の突発的な言動、コロナ騒ぎなどによって症状が増強するなど波はあるものの、「もの忘れ」を含めて全体的な症状が徐々に軽快していきました。

また「知覚過敏症」に対しては、それまでも自分なりに「騒音」や「臭い」を感じにくくする工夫をしていましたが、経過中に発達障害の症状を整える作用のあるサプリメント(フェルラ酸とグリセロホスホコリンを含有)をお勧めしたところ、それがこの患者さんの体質にはとても合っていたようで、結果的に「知覚過敏性」が緩和され、全体的な症状の改善に役立ってくれました。

そして現在も治療を続けながら、さらなる症状の改善に取り組んでいます。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

【これまでの「認知症診療あれこれ見聞録」記事一覧】

 

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