認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

本当に「耳が遠い」だけですか?(5)

前回は、当院で実施している「失語症スクリーニングテスト」と失語症が疑われるよくある回答や反応についてご紹介しました。

また、認知症患者さんの多くが言葉の視覚的理解よりも聴覚的理解の方が障害されやすい傾向があることについてもお話ししました。

今回はその続きになります。

 

「失語」の具体的な症状について

「失語」があると具体的にどのような症状が出現してくるのかについて、ここで一旦整理してみたいと思います。

「失語」とは、言葉を「聞く」「話す」「読む」「書く」ことが障害される症状になります。

もちろん脳の障害される部位やその大きさによって、障害される機能や程度は変わりますが、いくつかの機能が重複して障害されることも多いようです。

以下に、それぞれの機能が障害された時の特徴的な症状についてまとめてみます。

 

①言葉を「聞く」

聴力は正常だが、聞いた言葉の意味が分からない

・特に大勢で話している時に会話の理解が悪くなった

・「難聴」に間違われやすい

・分かる言葉と分からない言葉があるため、いわゆる「都合耳」になった

・そもそも本人が理解できずに伝わっていないことでも、周りの人には「忘れてしまった」と勘違いされやすく「もの忘れ」と表現される場合がある

・話の内容が分からないために、急に怒ったり、笑ってごまかしたり、話を逸らしたりすることがある

・電話で一方的に自分の用件だけを話して切ってしまったり、電話で用件が伝わりにくくなった

・テレビを観なくなった

 

②言葉を「話す」

・言いたい言葉が出てこない、浮かばない(=喚語困難)

・言いたい言葉とは別の言葉を言ってしまう(=錯語)

・直前に自分が言った言葉や相手に言われた言葉を、文脈に関係なく繰り返して言ってしまう(=保続)

・短い文章や単語での表出が増え、長い文章で話すことが難しくなった

口や舌の麻痺(=構音障害)がないのに、話がたどたどしくなった

 

③言葉を「読む」

・文字や文章の意味を読み取り、理解することができない

・漢字は読めるが、ひらがなやカタカナが読みにくい

・新聞や本を読まなくなった

 

④言葉を「書く」

・書きたい文字が思い出せない

・長い文章が書けずに、メモや単語レベルになった

・書き間違いが増えてきた

・漢字や文字を見て書き写すのが難しくなった

・日記などを書かなくなった

 

以上になりますが、もし上記したような症状を持つ人が周りにいらっしゃるのであれば、是非前回ご紹介した「失語症スクリーニングテスト」を実施してみてください。

それでもし「失語」症状が少しでも疑われるようであれば、できるだけ早く認知症専門医を受診することをお勧めします。

 

「失語」症状は「意味性認知症」でなくても出現しやすい

認知症疾患の中で一番多い「アルツハイマー認知症」でも、経過とともに「失語」症状が表れてくることがあります。

ただ「アルツハイマー認知症」の場合は、「記憶障害」つまり「もの忘れ」が発症早期から前景化することがほとんどであり、「失語」症状が出現してくるのは病状がある程度進行した中期以降になります。

アルツハイマー認知症」は記憶中枢である側頭葉内側の海馬の病変が先行し、病気の進行とともに病変が側頭葉前方部へ拡がってくることで初めて「失語」症状が出現してくるからです。

つまり「アルツハイマー認知症」でない他の認知症を伴う神経変性疾患においても、病気が進行して脳の病変が言語中枢のある側頭葉に及んでくれば、当然「失語」症状を呈するようになるということです。

そのため、病気の進行に伴って「失語」症状を合併してくる認知症患者さんというは、決して珍しくはないのです。

ただ、明らかな「記憶障害」を伴わずに病初期から「失語」症状が前景化している場合には、やはり「意味性認知症」が強く疑われます。

その場合には、「意味性認知症」では「失語」の他にも病初期から出現しやすい特徴的な症状があるため、それらの症状の有無を簡単なテストで確認していくことになります。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(4)

前回は、「失語」症状のある人は、言葉の意味が分からなくても、そのことを相手に悟られないように「聞こえないふりをする」「笑ってごまかす」「話をそらす」「急に不機嫌になって怒り出す」「その場からいなくなる」といったふるまいをすることがよくあるというお話をしました。

また、「失語」症状は「もの忘れ」に間違われることがよくあるということもお話ししました。

今回はその続きになります。

 

当院で実施している「失語症スクリーニングテスト」

前回までにお話ししてきたように、「失語」症状は周りにいる人たちから「難聴」や「もの忘れ」に間違われやすいため、「難聴」や「もの忘れ」として表現されることが少なくありません。

そのため当院の認知症外来では、「失語」症状が疑われる患者さんに対して簡単な「失語症スクリーニングテスト」を実施しています。

以下に、実際のテストの課題と失語症が疑われるよくある回答や反応についてご紹介していきますが、これらはすぐに実施できるものばかりですので、もし「失語症」が疑われるような方がいらっしゃったら、是非ご活用していただければと思います。

 

【課題1】

「アフリカに住む首の長い動物は何ですか?」(正答:キリン)

失語症が疑われるよくある回答や反応

 「えっ!?」「ゾウ」「知りません」「そんなとこ行ったことないから…」

 

【課題2】

「『利き手』はどちらですか?」

失語症が疑われるよくある回答や反応

 「『利き手?』…(家族の方を見て助けを求める)」「『利き手』って何ですか?」

 

【課題3】

「『ことわざ』の上を言いますので、下を言ってください」

 ①「猫に」(正答:小判)

 ②「猿も」(正答:木から落ちる)

 ③「弘法も」(正答:筆の誤り)

失語症が疑われるよくある回答:そもそも「ことわざ」という言葉の意味や指示内容が分からない場合もよくあります

 ①「猫に(オウム返し)」「かつおぶし」「鈴」

 ②「猿も(オウム返し)」

 ③「弘法も(オウム返し)」

続けて

「『猿も木から落ちる』の意味は何ですか?」(正答例:何かが「得意・上手」な人でも「油断」すると「失敗」することがある→「 」のような言葉が使えるかどうかを診る)

 

【課題4】

「左手で右の肩を叩いてください」

失語症が疑われるよくある反応

 「左右を間違える」「左右を認識するのに時間がかかる」「肩を叩く力を加減できない」

 

【課題5】

「電話」「はさみ」「鉛筆」「スプーン」「歯ブラシ」などの写真や物品を順番に見せて「これは何ですか?」と名称を言ってもらう

失語症が疑われるよくある反応

 「名称が出ずに物品を使うジェスチャーをする」「名称が出るまでに非常に時間がかかる」

 

【課題6】

「次の漢字を読んでください」

①「団子」②「海老」③「土産」④「七夕」⑤「流木」⑥「喫煙」

失語症が疑われるよくある回答

①「だんし」②「かいろう」③「どさん・とさ」④「しちゆう」⑤「ながれき・りゅうき」⑥「きんえん」

続けて

「『喫煙』の意味は何ですか?」

失語症が疑われるよくある回答

 「タバコを吸ってはいけない」「タバコをやめる」「タバコを吸うところ」

 

【課題7】

「次の文章を読んでそのようにしてください『右手をあげてください』」と書いてあるカードを見せる

失語症が疑われるよくある反応

 「文章を読み上げるだけで何もしない」

 

【課題8】

「『みんなで力を合わせて綱を引きます』と言ってください」

 

【課題9】

書き取り課題:「犬」「イヌ」「猫」「ネコ」「今日は外が晴れています」

 

言葉の視覚的理解よりも聴覚的理解の方が先に障害されやすい

失語症」には様々なタイプがありますが、これらの一連の課題を通じて、言葉の聴覚的理解や視覚的理解、発話、復唱、呼称、書字などに障害がないかどうかを大まかに確認することができます。

これまで1000人以上の患者さんにこのテストを実施してきましたが、その印象として認知症患者さんは言葉の視覚的理解よりも聴覚的理解の方が障害されやすいと感じています。

実際、書かれている文字や文章を見て理解することよりも、相手が話した言葉を聴いて理解することの方ができないことが多いからです。

そのため、このテストを実施するまでもなく、診察中の簡単な会話や問診の段階で「あれっ?」と思うことも少なくありません。

皆さんも相手に「もしかすると意味の分からない言葉があるのではないか?」という視点さえ持ち合わせていれば「失語」症状の有無に気付きやすくなるはずです。

そしてもし「失語」が疑われるのであれば、改めて上記のテスト【課題1】から【課題4】までを実施すれば良いのです。

テスト項目の中でも【課題1】の「キリン」の課題や【課題2】の「利き手」の課題、【課題3】の「ことわざ」の課題は特に引っ掛かりやすい印象があります。

これらの課題は何の道具を準備することもなく、ただ口頭で質問すれば良いだけなので簡単に実施できると思います。

また、「失語」症状のある人でも、これらの課題に全て引っ掛かるという訳ではありません。

特に認知症疾患によって「失語」症状を呈している場合には、全ての言葉の意味が一気に分からなくなるのではなく、脳の病変の進行に伴って意味の分からない言葉が少しずつ増えてくるからです。

そのため実際にテストを実施しても、その時点において当然できる課題とできない課題が出てくるのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

本年から毎週1回の更新になりますが、どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(3)

前回は、「失語」があるといわゆる「都合耳」になりやすいということと、電話が苦手になりやすいということをお話ししました。

今回はその続きになります。

 

言葉の意味が分からなくても、本人はそれを隠すことが多い

おそらく皆さんも誰かを話してる時に、相手の言っている言葉の意味がよく分からないということがあると思います。

そんな時、皆さんはどうするでしょうか。

相手に改めてその言葉の意味を尋ねることもあるでしょうが、そのまま流してしまうことも多いのではないでしょうか。

それはおそらく「失語」症状のある患者さんも同じで、本当は意味の分からない言葉があったり、話の内容をしっかり理解できなくても、相手の話に相槌ちを打ったり、頷いたりしてしまいがちなんだろうと思います。

そうすると、こちらも相手の様子からてっきり「理解してくれたもの」と思い込んでしまうのではないでしょうか。

さらに、分からない言葉が少ない時はまだしも、そのような言葉が増えてくると、患者さん本人は自分が分かっていないということを相手に悟られないように振る舞うようになってきます。

これはおそらく自己防衛的な反応なのでしょう。

よくある振る舞いとしては「聞こえないふりをする」「笑ってごまかす」「話をそらす」「急に不機嫌になって怒り出す」「その場からいなくなる」などが挙げられます。

特に多いのが、前回までにお話しした「聞こえないふりをする」というもので、それで周りの人が「耳が遠くなった」と勘違いしてしまうのです。

次に多いのが「笑ってごまかす」というものです。

これは診察場面でもよく遭遇します。

質問内容が分からないと「何でしたっけ?」「忘れちゃいました」などと笑顔で家族の方を見たりして(=Head turning sign)何気なく助けを求めたりすることもあります。

また、質問に明確に答えられないので、関係ない話を始めて「話をそらす」こともよくあります。

しかも長年培ってきた経験から、その場の雰囲気を和やかに保ちながら、質問に答えないまま会話を続けることができる人も少なからずいらっしゃいます。

このようないわゆる「取り繕い」がうまいのは、やはり女性の方が多いようです。

それに対して男性に多いのが「急に不機嫌になって怒り出す」というものです。

家族も何で急に不機嫌になるのかが分かっていなかったりするのですが、実は「失語」症状のために本人は何を言われているのかが分からずに混乱し、それを隠すために怒り出すということがあるのです。

さらに「その場からいなくなる」ということもあります。

家族から怒った理由を聞かれたり、家族に自分が分かっていないことを悟られないようにするために、その場から逃げるように立ち去る(=立ち去り行動)のです。

 

「失語」症状は「もの忘れ」と勘違いされることもある

認知症外来に「もの忘れ」を主訴にして受診される患者さんをいざ診察してみると、「記憶障害」は軽度で、実は「失語」症状が大もとの原因だったということがよくあります。

「失語」症状のために、そもそも「話が通じていなかった」ということです。

それを周りにいる人は「もの忘れ」があると感じてしまうのです。

本人も相手から「話したでしょ!」などと言われると「忘れちゃったのかな」と思ってしまうのでしょう。

そのため「失語」症状というのは、本人を含め周りにいる人から「もの忘れ」と表現されることがよくあります。

それで実際に「失語」症状の有無を確かめるテストをしてみると、見事に引っかかったりするのです。

ただテストをするまでもなく、実は診察時の問診の段階で「違和感」を感じることも少なくありません。

それは、私どもが「失語」症状を持つ患者さんに多く接していることから「そもそも言葉の意味が分かっていないのではないか?」という視点を普段から持ち合わせているからだと思います。

しかし一般の人たちは、まさか相手に「失語」症状があって「話が通じていない」などとは思わないので、ありふれた「もの忘れ」と勘違いしてしまいやすいのでしょう。

私たちの経験から言えば、認知症患者さんが「失語」症状を合併しているということは、「もの忘れ」と同じように「とてもありふれたこと」なのです。

では「失語」症状というのは、どのようにして見分ければ良いのでしょうか?

次回は、私どもが実際に診察時に実施している「失語のスクリーニングテスト」についてご紹介したいと思います。

 

次回に続きます。

 

今年も1年間ありがとうございました。

どうぞ来年もよろしくお願いいたします。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(2)

前回は、「意味性認知症」についてご紹介し、その主要な症状である「失語」症状が「難聴」と間違われやすいことと、「失語」症状は少しずつ進行していくために「意味性認知症」はある程度進行するまで、周りの人たちには気付かれにくいということをお話ししました。

今回はその続きになります。

 

いわゆる「都合耳」じゃないですか?

まず、前回の話の補足から始めようと思います。

前回お話ししたように、話が相手に伝わらない原因が「難聴」だけであれば、こちらが話す声の大きさを変えない限り、相手にはすべての話の内容が伝わらないはずです。

しかし、あえて同じ声の大きさで問診やテストを行った時に、質問によって「伝わるもの」と「伝わらないもの」があるという患者さんが少なくありません。

これは、日本で昔から言われている「都合耳」そのものだと思われます。

「都合耳」とは、本人にとって都合の良いことは聞こえるけれども、都合の悪いことは聞こえないというものです。

また逆に「なぜか悪口だけは聞こえるんだよな~」ということもあります。

いずれにしても、本人に話は聞こえているはずなのに、内容が理解できる場合と理解できない場合があり、理解できる質問については答えられるということです。

もっとも「実際には聞こえているのに聞こえていない振り」をしていたりして、本人がとぼけていない限りですが…。

したがって「都合耳」というのは、話された言葉の意味が分からないために、つまり「失語」症状のために起きている可能性が十分に考えられるのです。

脳血管障害(脳梗塞脳出血など)が原因ではなく、認知症疾患で「失語」が生じる場合には、言語中枢のある側頭葉の病変は少しずつ進行していきます。

そのため、一度に多くの言葉が分からなくなるという訳ではなく、少しずつ意味の分からない言葉が増えていくことになります。

すると「失語」症状が出現して進行していく過程において、話された話の内容は大体分かるけれど、部分的に分からないところがあるという「都合耳」の状態が十分に生じうるのです。

したがって「都合耳」がだんだんひどくなるようであれば、その原因は「失語」である可能性が高く、しかも「もの忘れ」が全くないか、軽度であるならば「意味性認知症」が始まっている可能性がさらに高まるといえます。

 

「失語」があると「電話が苦手」になりやすい

「失語」症状というのは「難聴」に間違われやすく、周りの人に気付かれにくいというお話をしましたが、それでも本人の分からない言葉の割合が全体の1割2割とだんだん増えていくと、当然ながら「あれっ?」「変だな」ということが日常生活の中で目立ってきます。

特に日常生活の中で、周りの人が「失語」の存在に気づきやすい場面があります。

それが「電話での会話」です。

「対面での会話」では、顔の表情や身体の仕草、全体的な雰囲気などの情報もお互いにやり取りしています。

そのため、たとえ話の中で「分からない言葉」がいくつかあったとしても、「言葉」以外の情報を手がかりにして全体的な話の流れをつかんだりすることもできるのですが、それが「電話での会話」になると、お互いにやり取りする情報が「言葉」や「口調」に限られてしまいます。

確かに「口調」という声の表情からは、相手の気持ちや感情を推し量ることができます。

しかし、感情のやり取りだけを目的にした電話だったらまだしも、実際にはそのような電話というのは少なく、誰かに電話をする時というのは、事務的な内容の伝達や報告を伴うことがほとんどなのではないでしょうか。

そのような電話では「口調」から得られる情報というのはあまり役に立たず、お互いの間でやり取りされる「言葉」がもろに問われることになります。

すると、話のやり取りの中で、もし相手が話した「言葉の意味」が分からなかったら、会話がちぐはぐになったりして、すぐに「話が通じてない」ことが相手に露呈してしまいます。

そのため「失語」があると「電話が苦手」になりやすいのです。

それで、もし電話をしたとしても「自分の話したいことだけを一方的に話して、すぐに電話を切ってしまう」ことになったり、そもそも「自分から電話をかけない」「電話がかかってきても出ない」といったことも起こってくるのです。

実際、これらは「意味性認知症」の患者さん家族から頻繁に聞かれる典型的なエピソードであり、もしこのような話が聞かれたとしたら、私たちはまず「失語」の存在を疑います。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(1)

「意味性認知症」をご存じですか?

最近、当院ではなぜか「意味性認知症(Semantic Dementia:SD)」と診断される患者さんが多いのですが、皆さんは「意味性認知症」という病名を聞いたことがあるでしょうか?

「意味性認知症」は、我が国では指定難病とされている「前頭側頭葉変性症(Frontotemporal lobar degeneration:FTLD)」の1つであり、左右差のある側頭葉前方部の限定された萎縮に伴い、意味記憶が選択的かつ進行性に損なわれる疾患だとされています。

また、もちろん「意味性認知症」は認知症疾患なのですが、高齢での発症が少なく、主に65歳以下で発症する疾患だとされています。

「意味性認知症」の主な症状は、言葉の意味が分からなくなるというものです。

これは言語中枢のある側頭葉前方部が障害されることによって、聞く・話す・読む・書くといった言語機能が障害され、いわゆる「失語」症状が出現してくるためです。

その他にも側頭葉には、人の顔や建物、風景などを認識する機能があります。

そのため「意味性認知症」では、「失語」に加えて「相貌失認」や「街並失認」といった症状も出やすくなっています。

さらに「意味性認知症」は「前頭側頭葉変性症」の1つでもあることから、前頭葉が障害されやすい疾患でもあります。

そのため、早期からいわゆる「前頭葉症状」が出現しやすいのです。

前頭葉症状」とは、前頭葉が障害されることによって生じる一連の症状のことをいいます。

前頭葉は、脳の他の部位が暴走しないよう抑制・調整する役割を果たしているのですが、そのため前頭葉が障害されると、例えば「自分の気持ちを抑えて、他の人に配慮しながら理性的にふるまう」といったことが難しくなってきます。

つまり、色々と自分の意に沿わないことを「我慢する」ことができなくなり、「自分勝手」に行動するようになってしまうのです。

そのため、万引きや迷惑行動といった社会的に問題のある行動をするようになったり、自分の興味があることだけに執着して同じことを繰り返す(=常同行動)ようになったりもします。

また、認知症疾患ではあるものの、もの忘れ(=記憶障害)については、発症初期にはまったくないか、あっても軽度のことが多いのですが、ただこれも病気の進行とともに段々と目立つようになってきます。

 

「失語」症状は気付かれにくい

当院で「意味性認知症」と診断された患者さんを振り返ってみると、病状がある程度進行してからようやく受診に至ったというケースが少なくありません。

これは、「前頭葉症状」が前景化していない限り、周りにいる人たちはあまり困ることがないということもありますが、おそらくそれ以上に「言葉の意味が分からなくなっている」ということが周りの人たちには分かりづらいからだと思われます。

そのため、「失語」症状があるとは気付かれずに見過ごされてしまったり、別な症状だと間違って捉えられていることが多いのです。

このよく間違われている症状として、まず挙げられるのが「難聴」になります。

診察中、こちらの話していることがなかなか患者さんに伝わらない、ということがよくあります。

そんな時、患者さんが「えっ?」「何?」と耳に手を当てて、「よく聞こえない」という仕草をすることがあります。

すると、付き添いの家族からはよく「耳が遠いので、もっと大きな声じゃないと聞こえません」などと言われたりするのですが、実は話の伝わらない原因が「難聴」だけの場合とそうでない場合とがあるのです。

これを見分けるために、私たちは患者さんに問診や口頭での認知症テストを進めていくのですが、そんな時には、あえてあまり大きくない声で、しかも一定のトーンで質問するようにしています。

もし患者さんに「難聴」があってこちらの声が聞こえないのであれば、すべての質問に答えることができないはずです。

それにも関わらず、患者さんによって質問にまったく答えられないという場合と、質問によっては「普通に」答えられる場合とがあるのです。

前者の場合には、やはり「難聴」が原因なので大きな声を出せば話は通じるのですが、後者の場合には「難聴」だけが原因でない可能性が高くなります。

つまり、質問は聞こえていたとしても、その内容が理解できないために答えられない、という疑いが強まるのです。

そして、実際にテストをしてみると「失語」が原因であるケースが非常に多いのです。

ただ「失語」症状が出現するといっても、いきなりすべての言葉の意味が分からなくなるという訳ではありません。

実は、このことも「意味性認知症」が周りの人に気付かれにくい理由の1つになっています。

本人の分からない言葉が少しずつ増えていくことから、普段一緒に過ごしている人ほど「変化」に気付きにくくなるからです。

さらに、まったく話が通じないという訳ではないので、まさか「失語」症状が始まっているなどとは思われずに、「ところどころ聞こえないだけだろう」「段々耳が遠くなってきたな」などと勝手に解釈されてしまうことが多いからだとも思われます。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

 

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便秘が認知症を悪化させる(8)

前回は、「便秘」が認知症の症状を悪化させたり、大きく波立たせてしまうということを私たちに教えてくれた印象的な症例についてご紹介しました。

今回も引き続き、そのような症例をご紹介します。

 

【症例3:認知症を伴うパーキンソン病の80歳代女性】

この患者さんは、当院を受診される3年前から手が震える「振戦」の症状が出現し、その1年後にふらつきや転倒も見られるようになったため、大学病院を受診し「パーキンソン病(PD)」と診断されました。

しかし、投薬治療を開始してから数ヶ月後に「幻視」「幻聴」「幻臭」などの「幻覚」が顕著に出現するようなり、それらの「幻覚」をベースにした「妄想」や「不安感」から、様々な問題行動を起こすようになってしまいました。

それで薬の調整を何度か試みたのですが、それでもなかなか症状が落ち着かなかったため、転医を何回か繰り返した後に当院を受診されました。

当院初診時の問診内容と症状を以下にまとめます。

・背中が曲がってきてしまったので、大学病院で抗パーキンソン薬による治療を開始したところ、「幻覚」が出現するようになった。

・自分のベッドに裸のおじさんが寝ており、その人の臭いが消えないのでベッドでは寝られずに、リビングで寝ている。今は6人も来ているとのことで、先日は警察に通報してしまった。怖い人たちやワニもいて部屋を汚されるので部屋を掃除しなければいけないと言っている。数日前に「お化け」をよけようとして転び、頭を打ってしまった。

パーキンソン病と診断されるまではとても健康で、ほとんど病院にかかったことがなかった。また、もともと非常にアクティブで1日に何回も買い物に行ったりしていた。また、優しい性格だったのが段々ときつくなり、顔つきも変わってきた。

・小刻み歩行があるものの、何とか独歩は可能で、現在は訪問リハビリを受けている。

・以前から「便秘」があり、便秘薬を少なくとも2日に1回は内服して排便している。

 

このように身体的には何とか歩ける状態でしたが、精神的にはリアルな「幻覚」が出現しており、それらが実生活に支障をきたすまでになっていました。

実は、これらの「幻覚」は抗パーキンソン病薬によって引き出されてしまった可能性が高いと考えられます。

パーキンソン病薬には身体の動きをスムースにする効果がありますが、量が多すぎると身体的には振戦などの不随意運動を引き起こしたり、精神的には「幻覚」を出したりすることがよくあるからです。

同居している娘さんも、抗パーキンソン病薬が原因だろうということには気付いており、処方された抗パーキンソン病薬を娘さんが自己判断で減量したり中止したりしていたのですが、抗パーキンソン病薬を減量・中止するとと身体の動きが悪くなり、それで薬を再開すると「幻覚」も再燃してしまうということを繰り返していたのです。

実は、認知症を伴う神経変性疾患の治療にとっては、これが大きな障害になります。

パーキンソン病薬に限らず、脳神経に作用して身体的・精神的症状をコントロールするような薬は、飲んだり飲まなかったりすると、薬剤成分の血中濃度が変動して、全体的な症状を大きく変動させる原因にになり、結果的に病状を進行させてしまうということが、これまでの経験上分かっているからです。

さらに、この患者さんにはもともと注意欠陥多動性障害ADHD)の気質があり、そのような気質の人が持ち合わせていることが多い「薬剤過敏性」を強く持っていました。

そのため、使用する抗パーキンソン病薬と精神症状に対する薬の量は、薬によっては常用量の10分の1程度にしなければならず、それを症状に合わせて微調整しなければなりませんでした。

また大抵の場合、微調整した薬の効果をしっかり判断するためには最低でも1~2週間ほど様子を見なくてはなりません。

それにも関わらず、この患者さんの娘さんは薬の効果が表れるまで「待てず」に、いくらクギを刺しても、その時その時の症状に反応して自己判断で内服調整してしまうということをやめられず、そのためになかなか症状が落ち着かなかったのです。

その証拠に、この患者さんはショートステイに行くと、その間は「何の問題もなく」落ち着いていました。

これはおそらく、施設では医師の処方通りに薬を内服させてもらえるばかりでなく、このような「気質」の娘さんと離れて過ごすことで、精神的にも穏やかに過ごすことができるからではないかと考えられました。

つまり、患者さんから受け継いだであろう娘さんの「気質」が、適切なケアを妨げる要因の一つになっていたのです。

 

さらにもう一つ、この患者さんにとって大きな問題だったのが「便秘」です。

この患者さんは、ショートステイを繰り返しながら在宅で投薬調整を進めていき、少しずつ精神症状は落ち着いてきていたのですが、ある日突然服を脱いで落ち着かなくなるといった強い不隠状態になってしまいました。

また、体調も悪くて数回嘔吐もあったことから、脱水を疑い、臨時往診で点滴を行うために自宅へ伺ってみたところ、それまでもそうでしたが相変わらず娘さんの話は要領を得ず、とにかくワサワサして落ち着かずに「私の方が点滴してもらいたい!」と言うほどでした。

それで患者さんに点滴したところ、本人の様子は少し改善したものの、まだまだ落ち着かない状態というのは続いていました。

しかし、翌朝娘さんから連絡が入り「便が大量に出て、それから具合がすっかり良くなった!」というのです。

実は、それまでも便は出るには出ていたのですが、少量ずつしか出ておらず、いつのまにか腸に便が大量に溜まっていたようなのです。

それが一気に排泄されて、心身ともに症状がスッキリ改善されたことから、この患者さんも「便秘」が原因で症状が急激に悪化していたということが分かりました。

その次に往診で伺った時に本人が言っていたことを今でも覚えています。

「周りがうるさいと出るもんも出なくなる。ひっこんじゃう」と。

つまり、娘さんがワサワサしていると、本人も落ち着かなくなり、それで便も出ずらくなってしまったというのです。

腸の活動が活発になるのは、自律神経の副交感神経の働きが優位な時です。

この副交感神経が優位な時というのは、気持ちがゆったりと落ち着いていて、リラックスしている時であり、精神的に興奮している交感神経が優位な時には、腸の活動が抑制されてしまうのです。

また、パーキンソン病になると出現しやすい症状、つまり「パーキンソン症状」の中にも、この交感神経と副交感神経の切り替えがうまくできなくなる「自律神経障害」が含まれています。

そのため「パーキンソン症状」を呈する病気になると、自律神経がつかさどる体温や血圧の調節、排便などにも支障をきたしやすくなるのです。

したがって、ただでさえパーキンソン病のために交感神経優位になりがちなのに、娘さんがさらに本人を落ち着かなくさせたり、興奮させてしまうことで「便秘」を後押ししてしまったのだと思われます。

ちなみに「パーキンソン病は腸から始まる」とも言われています。

そのため、パーキンソン病はもちろんですが、「パーキンソン症状」を伴う神経変性疾患の患者さんは、病気を発症する何年も前から「便秘」だったり、若い時から「便秘」だったという人が少なくありません。

パーキンソン病」と「レビー小体型認知症」を含む「レビー小体病」は、「レビー小体」が脳神経や自律神経に蓄積することで発病しますが、腸をつかさどる自律神経から侵されるという報告もあるほどです。

いずれにしても、認知症を伴う神経変性疾患では、その予防・改善において「便秘」が「大敵」であることには間違いありません。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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便秘が認知症を悪化させる(7)

前回は、「便秘」によって認知症の症状が大きく悪化しているような場合には、すっきり排便できただけで劇的に症状が改善する患者さんを何人も経験しているということをお話しし、そのような症例を1つご紹介しました。

引き続き、今回も実際の症例についてご紹介します。

 

【症例2:レビー小体型認知症の80歳代男性】

この患者さんは、当院を受診される2~3年前から、もの忘れのほかに幻視で子供や女の人、動物などが見えたり、夜寝ている時に急に起き出して外に出ようしてしまうといった「レム睡眠行動異常」の症状が出現するようになりました。

また、パーキンソン症状も徐々に進行して転倒を繰り返すようになり、身体が斜めに傾く「斜め徴候」や口と舌の不随意運動(=オーラルディスキネジア)、軽度の構音障害、流涎(りゅうぜん;よだれが垂れる症状)なども見られるようになっていました。

ちなみにこの「斜め徴候」は、パーキンソン症状で体幹筋群の固縮(強張り)に左右差があること、さらにはその傾きを自身で認識して修正することができないために出現するのではないかと考えています。

また流涎は、普段から自然に分泌されている唾液を飲み込むのが難しくなって出現することが多く、嚥下機能機能の低下を反映している場合もあります。

この患者さんに対して、当院ではいくつかの神経学的検査や画像検査を実施し、その結果「レビー小体型認知症」と診断しました。

診察中の様子としては、オーラルディスキネジアがあって絶えず口をもぐもぐと動かし、舌が口の外に出てしまう場面も見られるほどでしたが、受け答えは比較的しっかりしていました。

また、「斜め徴候」に加えて小刻み歩行やすくみ足もあって転倒しやすくなっていましたが、何とか伝い歩きはできる状態だったので、しばらくは家族の介助で通院していました。

しかしその後、投薬調整を通じて幻視や夜間の症状は落ち着いてきたものの、パーキンソン症状が徐々に進行して通院するのが難しくなってきたため、家族の希望で往診管理に切り替えることになりました。

それで往診を開始したのですが、そこでまず気付かされたことがありました。

それは、往診で伺うたびに本人の状態が良かったり悪かったりと、その変動が非常に大きいということでした。

実は、外来通院している時には、本人の調子が悪いと家族が受診日を変更していたそうで、そのためクリニックのスタッフは、症状の変動が大きく、通院できないほど本人の調子が悪くなることがあるということを把握できていなかったのです。

調子が良い時には、表情がはっきりしていて受け答えもでき、家の中も軽介助で歩けていましたが、調子が悪い時には、身体が大きく傾いたまま座って固まっていてよだれを垂らし、覚醒が悪くて何度身体を叩いて呼びかけても反応がないほどであり、そのためベッドまで移動させるにも、両側から2人介助で何とか立たせて、歩かせなければなりませんでした。

これだけ変動が大きいのは明らかにおかしいということで、改めて家族に色々と確認してみると、実は以前から「便秘」がひどいということが分かりました。

1週間以上便が出ないのも珍しくないというのです。

そんな状態では症状が大きく変動するのも当たり前です。

そこで数種類の便秘薬を試したり、内服する量を調節するのと同時に、訪問介護を導入して週に1回は浣腸をするなどして確実に便を出してもらうことにしました。

しかし、この患者さんの「便秘」は非常に頑固で、毎日数種類の便秘薬を一定量内服してもなかなか定期的な排便が難しい状態でした。

そこで便秘薬の量を増やすとともに、食物繊維の多い食事を摂ってもらったり、水分摂取量を増やしてもらったりもしながら、さらに座薬を併用することでようやく数日に1回は排便できるようになったのです。

すると徐々に心身ともに症状が改善していき、症状が大きく波打つこともなくなりました。

そんな時、とてもびっくりするようなことがありました。

それまでは往診で伺っても、リビングの椅子に傾いたまま座ってボーっとしていることが多く、自発的な発語などもほとんどなかったのですが、ある時伺うと本人が居室の床にあぐらをかいて座っており、いかにも自然な様子でテレビを観ていたのです。

そして自分から挨拶もしてくれたのです。

この方はもともと昔の洋画が好きで、部屋には洋画の雑誌とDVDがたくさんあったのですが、それらが散乱しており、自分でプレーヤーにDVDを出し入れしていました。

その時の表情は実にスッキリとしていて受け答えもしっかりでき、歩くように促すと床から一人で立ち上がって、伝い歩きはもちろん短距離ですが独歩も可能だったのです。

これには家族も非常に驚いたようです。

それからは家族がしっかり排便について確認してくれるようになり、それまで以上に食事や水分摂取、頓服の便秘薬の調節などにも気を配ってくれるようになりました。

その甲斐もあって、この患者さんは症状が大きく変動したり、進行するということもなく現在に至っています。

このように「便秘」がいかに認知症の症状を悪化させてしまうのかということについて、前回ご紹介した症例と同じく、この症例からも改めて教えられました。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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