認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

多発する高齢者の自動車事故。本当に認知症の症状はなかったの?(前)

ここのところ毎日のように高齢者による自動車事故、無謀運転のニュースが報じられています。

幼い子供たちが犠牲になる事故が後を絶たず、子供を持つ同じ親として深い悲しみとともに「何とかならなかったのか」とやるせない憤りを感じざるを得ません。

ただニュース報道では事故を起こした高齢者の年齢に注目がいきがちですが、私としては「果たして認知症の症状はなかったのだろうか?」ということがいつも気になって仕方ありません。

 

実は認知症の症状の中に「意識の変容」というものがあります。

「意識の変容」といっても、なかなか分かりにくいと思いますが、この症状のよくある具体例としては、高齢の方がボーっと一点を見つめて固まっていたり、みんなと会話している時に話しかけても何の反応もなくなって「ねぇねぇ、どうしたの?もしもし?」などと肩を叩いたりするとハッと我に返るなどが挙げられます。

ひどい場合は完全に意識を失ってしまって救急車で病院に搬送され、検査を受けても何の問題もなく「一過性脳虚血発作(TIA)」などと診断されるケースも少なくありません。

しかもそれを何回も繰り返し、麻痺などの身体的な症状がほとんどないといったケースでは、重度な「意識の変容」によって起こる「一過性の意識消失発作」である可能性が非常に高くなると思われます。

高齢者の方が座ってテレビを観ている時、ボーっとしてテレビを観ているのか観ていないのか分からなくなったりして、いつの間にかうつらうつらしていることがあると思いますが、これも「意識の変容」で覚醒度が下がって起きている可能性があります。これはいわゆる「傾眠状態」ともいわれますが、つまり「意識の変容」とは「意識がはっきりしている時とそうでない時が入れ替わる症状」のことです。

 

「意識の変容」が起こりやすい認知症疾患としては「レビー小体型認知症」が有名です。

レビー小体型認知症」は日本で2番目に多いとされる認知症疾患ですが、幻覚やパーキンソン症状などとともに覚醒度が波打つ「意識の変容」が主要な症状の一つになっています。

しかし「レビー小体型認知症」に限らず認知症症状を出すような他の神経変性疾患でも、実はこの「意識の変容」が見られることが少なくありません。

神経変性疾患は徐々に脳の神経が障害されて発症する病気ですので、病巣の拡がりとともに「意識」や「覚醒度」をつかさどる領域の脳神経や神経ネットワークが障害を受ければ、当然「意識の変容」症状が現れることになります。

また同じ病気であっても脳神経の変性する部位が異っていたり、複数の認知症疾患が合併していることも少なくありませんので、うちの先生は「認知症で出現する症状は100人いたら100通りだ」とよく言っています。

 

「意識の変容」によって覚醒度が落ちると、それに付随して他の認知症症状も出てきやすくなります。

例えば覚醒度が落ちている時に何かをしたり、言われたとしても本人は覚えていないということが起こり、それが「もの忘れ」として表現されたりします。

また覚醒度が落ちていると正常な認知や判断ができにくくなるので、変なことを言い出したり(=妄想)、怒りやすくなったり(=易怒性、スイッチが入って目が据わる)、物を人に見間違えたり(=錯視)ないはずの物や人が見えたり(=幻視)聞こえたり(=幻聴)感じたり(=実体意識性)といったことも起こりやすくなるため、潜在的にあった他の認知症症状を引き出してしまったり、増強してしまうことになりかねません。

 

もし「意識の変容」が車の運転中に起こっていたら・・・正常な判断が出来なくなるので、非常に事故を起こしやすくなるのではないでしょうか。

実際に起きたある事故では、事故を起こす少し前から本人の様子がおかしくなり、助手席に座っていた妻が「どうしたの?」と聞くと、本人も「どうしちゃったんだろう?」と言っていたといいます。

本来であれば、この時点で運転をやめなければいけませんが、そういった正常な判断もできない意識状態になっていたのかもしれません。

そして事故を起こしても、覚醒度が落ちている間の出来事だったので、当然本人の記憶もあいまいになっているのでしょう。

想像すると非常に恐ろしいですが、おそらくこのようなことが日常的にいたるところで起こっていて、たまたま事故に至ってないだけなのかもしれません。

 

長くなりましたので、次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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