認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「お父さん!違うでしょ!」が症状を進行させる(10)

前回は、患者さんの客観的な症状と変化を報告できない家族の場合、家族の大げさな話にこちらが振り回されないようにしながら、できるだけ客観的な情報を引き出せるように問診するとともに、その他の家族やケアマネを初めとする医療・介護保険スタッフとも積極的に情報交換するよう心掛けているというお話をしました。

また、認知症治療においては適切な投薬治療とケアは両輪なので、どちらが欠けても上手くいかないことが多く、ましてやどちらも不適切だと症状の改善は一層困難になるけれども、治療に最も難渋するのが家族が勝手に薬をいじってしまうケースだということもお話ししました。

今回はその続きになります。

 

自己判断で内服薬の調整をすることは非常に危険

認知症医療の臨床において、私どもが治療に最も難渋するのが家族が勝手に薬を調整してしまうケースです。

しかし、そもそもこれは非常に危険なことなので絶対にしてはいけません。

認知症治療に用いられる薬の中には、中止するにしても、少しずつ量を減らしていかないといけないものが多いからです。

それを知らずにいきなり内服をやめてしまったりすると「悪性症候群」という命に関わる状況になりかねないのです。

私が関わった患者さんで「悪性症候群」になってしまった印象深い方がいらっしゃいました。

その方は一人暮らしをされていましたが、隣人が自宅で事故死したことで精神的に不安定になり、内服していたある精神薬を自己判断で中止してしまったところ、急に高熱を出して動けなくなり、意識レベルも下がって自宅で倒れてしまったのです。

しかし幸いにも不審に思った知人に発見されて救急搬送してもらうことができ、さらに入院してすぐに「悪性症候群」の診断がついて適切な治療を受けられたので、何とか一命を取り留めることができました。

その後治療が上手くいって少しずつ病状が改善し、意識も徐々に回復してきたのですが、それでも数週間ベッドの上で意識がなく、全身が硬直したまま寝たきり状態になっていたので、病状が安定した時には自分で寝返りしたり、起き上がることもできないほど身体機能が低下してしまっていたのです。

ただこの方は「絶対に良くなる!」という強い意志と献身的な娘さんのサポートに支えられながら、3ヶ月間一生懸命にリハビリに励み、部屋の中を伝い歩きしたり、自分の身の回りのことができるようになったので、何とか自宅退院して介護保険サービスを利用しながらも再び一人暮らしに戻ることができました。

その後はすっかり元の状態まで回復されて一人で元気に通院できるようになったのですが、その方と会うといつも「薬は怖い」と話されていたのがとても印象に残っています。

認知症の投薬治療を受けている方も自己判断で内服薬を中止したりすると、最悪の場合このような「悪性症候群」を引き起こすことがあるということを、是非知っておいてもらいたいのです。

 

薬を勝手に調節すると「薬剤過敏性」もあるために症状が波打ちやすい

認知症を伴う神経変性疾患の方に使用される精神症状や身体症状を整える薬には、神経に働きかける様々な成分が入っています。

その効果を得るためには、薬の血中濃度を一定にする必要があるため、定期的に飲み続けなければいけないものも少なからずあります。

それにも関わらず、患者さんや家族の自己判断で薬を「飲ませたり飲ませなかったり」「飲む量を増やしたり減らしたり」すると、薬の血中濃度が変動してしまうために、当然心身の反応も変動することになってしまいます。

また薬によっては一定期間飲み続けないと効果が得られないものもあるので、薬の効果を判断したり、そこから投薬調整したりしていくと、どうしても治療に時間がかかってしまうのです。

さらに認知症を伴う神経変性疾患の方はもともと「過敏性」というものをベースに持ち合わせていることが多く、周囲の方の言動や環境、自身の体調、気圧や天候などに対して鋭敏に反応してしまうことが多いのですが、もちろん薬も例外ではありません。

これは「薬剤過敏性」と呼ばれるもので、日本で2番目に多い認知症疾患であるレビー小体型認知症の診断基準にも入っている有名な特性ですが、実はレビー小体型認知症に限らず、認知症を伴う神経変性疾患であればそのほとんどにおいても合併しやすい特性である、ということを臨床的に実感しています。(「薬剤過敏性」についてはこちらの過去記事もご参照ください。「認知症と『薬』」のカテゴリーの記事一覧

そのため、認知症の投薬治療において当院では常用量の10分の1程度から使用を開始する薬もあるほどで、そのような薬では症状に応じて内服量を調整する場合も1~2mg単位で行う場合がほとんどになっています。

それにも関わらず、患者さんや家族の方が自己判断で内服薬を調節してしまったりすると、当然ながら認知症の症状も波打ちやすくなってしまうのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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