認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

発達障害ともの忘れ(3)

前回は、神経軸索の髄鞘化機能の低下が発達障害認知症疾患を呈する一因になっている可能性が高いということをお話しし、それに関連して、神経軸索の髄鞘が崩壊して軸索がむき出しになる「脱髄(だつずい)」が、アルツハイマー認知症の発生機序に大きく関与しているとする「ミエリン仮説」についてご紹介しました。

今回はその続きになります。

 

脱髄」と「再ミエリン化不全」がアルツハイマー認知症の発症に深く関与している

人の脳は「灰白質(かいはくしつ)」と「白質」に分けられます。

灰白質は脳の表面にあって、そこに神経細胞が集まっているのに対し、白質は灰白質の内側の脳深部にあって、そこに神経細胞から伸びた神経軸索が集まっています。

アルツハイマー認知症の人の脳では、白質の異常と神経軸索を覆っているミエリン(=髄鞘)の減少がが顕著であることが確認されています。

そこで従来の「アミロイドβ仮説」では、アルツハイマー認知症の発生機序として、まず初めに神経細胞の集まる灰白質アミロイドβ(という異常タンパク)の蓄積によって障害され、その結果、神経軸索が集まる白質にも異常が起こるのではないかと考えられていました。

しかし近年、実はアミロイドβの蓄積が少なくても白質異常が認められる、ということを報告した研究論文が出されたこともあり、アミロイドβと白質異常の関連性については「疑い」が持たれるようになりました。

さらに別のコロンビア大学による研究論文では、アルツハイマー認知症においては「白質異常」と「ミエリンの脱髄」が大きな特徴になっており、白質異常については「ミエリン」と「オリゴデンドロサイト」が特に大きく関与していると報告しました。

オリゴデンドロサイトとはミエリンの形成を担当する細胞のことで、神経軸索にミエリンを巻つける働きをしています。

またオリゴデンドロサイトは、神経細胞に栄養を供給する役割も担っているとされます。

このオリゴデンドロサイトは1個につき20本の手(突起)を持っており、それらが20本の神経軸索に巻きついてミエリンを形成しているのです。

ただ、ミエリンは一度形成されたらずっとそのままというわけではなく、絶えず「脱髄(=ミエリン崩壊)」と「再ミエリン化」を繰り返しています。

正常な場合には、「脱髄」が起きてもミエリンは速やかに再生されるため、「脱髄」と「再ミエリン化」のバランスは保たれているのですが、「脱髄」が起きても「再ミエリン化」がうまく行われなくなる場合があるのです。

仮に1個のオリゴデンドロサイトが「再ミエリン化不全」になったとすると、そのオリゴデンドロサイトが巻きつく20本すべての神経軸索が脱髄したままになってしまいます。

そのため、この「再ミエリン化不全」が他のオリゴデンドロサイトにも拡がっていくことで、アルツハイマー認知症の発症に至るのではないかと考えられ、「ミエリン仮説」では「脱髄」と「再ミエリン化不全」こそがアルツハイマー認知症を発症させる主要因子ではないかと推測しています。

 

アルツハイマー認知症における脳内への脂質流出は「ミエリン仮説」を後押しする

1907年にアルツハイマー認知症を初めて報告したAlois Alzheimer博士は、1人目の患者さんと2人目の患者さんの脳を死後に病理解剖しており、以下の3つの病的変化があったことを報告しています。

アミロイドβの蓄積がある

②神経原線維変化がある

③脂質の流出がある

ちなみに、2人目の患者さんの脳サンプルは後年まで良好な状態で保存されていたため、1997年にこの報告が再検証され、①のアミロイドβの蓄積は認められるが神経細胞は死んでいないこと、さらに②の神経原線維変化はなかった、ということが確認されています。

ただ③の「脂質の流出」については、確かに認められるものの、これまでほとんど関心が払われてきませんでした。

それが近年、「脂質の流失」は「脱髄」つまり「ミエリンの崩壊」が原因ではないかと考えられるようになってきたのです。

そもそも「ミエリン」は、その乾燥重量の70%が脂質、30%がタンパク質で構成されており、それによって「絶縁体」としての機能を果たしています。

そのため「ミエリン」が壊れると、その構成成分である脂質が脳内に流出してくるのです。

1964年にアメリカのAlbert Finstein医科大学から報告された論文では、60歳代の認知症女性3人の脳の一部を採取して電子顕微鏡で観察したところ、アミロイドタンパクと異常な神経原線維変化は認められたものの、神経細胞が正常である部位にも脂質の蓄積と脱髄が観察されたことから、脂質の異常は神経細胞が壊れたことが原因ではなく、どうもミエリンの崩壊(脱髄)が原因になっているようだと論じています。

この論文では、神経細胞に異常が出る前に、ミエリンの崩壊が原因と考えられる脂質増加を認めていることから、当初よりAlzheimer博士が「脂質の流失」を指摘していることも併せて、これらの事実が「ミエリン仮説」を後押ししているように思えてなりません。

 

発達障害の人がもの忘れを発症しやすいのは病理学的背景に共通点があるから!?

このように、発達障害の人が有する「神経軸索の髄鞘化機能の低下」という特性と、アルツハイマー認知症の発生機序には「脱髄」と「再ミエリン化不全」が深く関与しているとする「ミエリン仮説」には、大きな共通性があるといえます。

ここでいう「神経軸索の髄鞘化機能の低下」と「再ミエリン化不全」とは同義であり、このことが発達障害アルツハイマー認知症のいずれにおいても、病理学的な発生機序を説明するうえでは欠かせない主要因子になっているからです。

これが正しいとすれば、「もの忘れ」で当院を受診される人に、もともと発達障害傾向の気質を持っていた人が多いということにも納得がいきます。

アルツハイマー認知症では、病初期から主症状である「もの忘れ」が出やすいからです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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