認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「もの忘れ」を主訴に受診された「発達障害」傾向のある症例(その1)

前回まで「もの忘れ」を生じさせやすい「発達障害」の症状についてお話ししましたが、分かりにくい面もあったかと思います。

そこで今回からは実際の症例をいくつかご紹介していこうと思います。

 

初めの症例は初診時20代前半の男性で「もの忘れ」を主訴に受診された方です。

地元の高校を卒業後、上京してA大学商学部卒業して会社に就職したけれども、間もなく「もの忘れ」症状が出現してきたため受診に至りました。

まず本人が訴えられた症状を以下に挙げます。

・今年就職したが、たまに同僚や上司の名前を忘れたり、家賃の金額を忘れてしまうようになった。

・「もの忘れ」症状が気になるようになったのは就職して2~3か月後から。

・気分はいつも落ち込んでいる。

・小さい時「落ち着きがない」と言われた。

・「変わってるね」とも少し言われた。

・人と話していて頭が回らない。

・ボーっとはしていないが、違うことを考えていることがある。

・夜は眠れていると思う。夢は最近見ない。

・小さい時たまに寝言があると言われた。

・仕事はプログラミング。

 

次に初診時に行った主なテスト結果と所見を以下にまとめます。

・指を順番に曲げ伸ばしする(指数え)テスト:両手指とも拙劣で、運動時に対側手指に明らかな鏡像運動が出現。

・指節運動失行テスト:両手指とも拙劣で、運動時に対側手指に軽度の鏡像運動が出現。

・ことわざの続きを言ってもらうテスト:

(猫に?)1回目は「猫に」と繰り返す。再度指示して2回目に「小判」と正答。

(猿も?)下だけ言うように再度指示して「木から落ちる」と正答。

(弘法も?)「筆の誤り」と正答。

・固縮:右側のみ軽度あり。

・トレムナー徴候:左側のみ陽性。

・マイヤーソン徴候:+

・歩行:歩行時右手の振りが減少。

・改訂長谷川式簡易知能評価スケール:29/30点(5つの物品記銘で4つ正答)

※注意力が落ちており、診察中何度か質問を繰り返す場面あり。

 

最後は画像検査の結果になります。

・頭部MRI検査:両側頭頂葉の萎縮。

・脳SPECT検査(脳血流シンチグラフィ):両側頭頂葉の血流低下。

 

これらの結果から診断は、ADHD注意欠陥多動性障害)+ASD(自閉症スペクトラム障害)タイプの「もの忘れ」となりました。

そして治療薬として「抑肝散」が朝食後と就寝前に1包ずつ処方され、さらにサプリメントのフェルラ酸を摂取するようお勧めしました。

すると2月後には注意していれば「もの忘れ」はなくなり、3か月後には「落ち着きました。困っていることはありません。薬がいい感じです」とお話しするまで症状が軽快し、全体的な雰囲気もトンガリ感がなくなって「丸く」なった印象になりました。

そして初診から数年経過した現在も定期的に通院され「とてもいい感じです。仕事も問題なくやってます」という状態が維持されています。

 

この症例はADHDとASDの特性をもともと併せ持っており、それが「就職」という生活環境の変化が「ストレス」となって「もの忘れ様」の症状が出現した典型的なケースだと言えます。

本当の「もの忘れ」であれば、なかなか治療によってここまで改善することはないからです。

子供の頃「落ち着きがない」「少し変わっている」と言われていたり、「何かをしていても別のことを考えていることがある」と言っている通り、検査中に注意力が落ちている様子が伺えるなど「発達障害」の特性を疑わせるようなエピソードや所見がありました。

さらに手指の運動が明らかに「拙劣」で、本来であれば12歳頃には消失するはずの「鏡像運動」が明らかに認められること、右上肢に軽度の固縮が認められるとともに歩行時も右手の手振りが減少するなどの軽微なパーキンソン症状が認められること、頭部MRI検査で両側頭頂葉の萎縮とともに脳SPECT検査で同部位の血流低下が認められること、などから上記診断に至りました。

そして治療開始となりましたが、精神的に落ち着かせる作用のある「抑肝散」と「発達障害」の症状を整えてくれる「フェルラ酸」が本人にとても合っていたようで、それによって二次的に出現していた「もの忘れ様」の症状が軽快したのでしょう。

ちなみに本人に合っている薬の場合、この症例の方のように薬を飲んでいて「いい感じ」と言ってくれたり、「おいしい」と言ってくれたりするので、それが薬の選択や効果判定をするうえで一つの目安になります。

雰囲気が「丸く」なるのも良くなっている証拠です。

「抑肝散」などの効果によって睡眠の質が上がると、心身がスムースに活動するうえで欠かせない神経伝達物質ドーパミンが睡眠中にしっかり補充されるようになります。

そうするとドーパミンが作用しやすくなるので日中の覚醒度が上がって「注意力」や「集中力」が保たれやすくなり、さらにパーキンソン症状も軽減されるのです。

パーキンソン症状があると筋肉が強張って全体的な身体の動きが「固く」なります。

そして表情の変化も乏しくなるので周りの人へ「固い」印象を与えやすくなります。

それがパーキンソン症状が改善されると喜怒哀楽が表情に現れやすくなるので「柔らかく」「丸い」印象になるのです。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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