認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「もの忘れ」を主訴に受診された「発達障害」傾向のある症例(その2)

前回に引き続き今回も「もの忘れ」を主訴に受診された「発達障害」傾向のある症例についてお話しします。

 

2番目の症例は初診時40代前半の女性でやはり「もの忘れ」を主訴に受診されました。

大学卒業後に一般企業にいったん就職するも退職して福祉系の大学に通い直し、卒業後は高齢者施設で仕事を続けてきたけれども、最近ひどい「もの忘れ」が出てきたため受診に至った方です。

離婚歴があり、子供2人と3人暮らしをしていますが、子供は2人とも「発達障害」で投薬治療を受けているということでした。

以下が初診時の問診内容になります。

・最近、自分がやった仕事を後で見ても、自分でやったことを思い出せないことが続いた。

・例えば仕事上のメールのやりとりがあり、自分で返信してあるのに、先方からのメールを見たことも返信したことも思い出せなかった。

・最近仕事や子供のことで入ってくる情報量が多くなっていた。今までもメモなどをしていたが、要件を言われれば思い出せていた。

・もともと忘れっぽい方で今までもうっかり忘れることがあった。

・もともと覚えるのはあまり得意でなかった。

・複数のことを同時にやるのは苦手です。

・自分はマイペースだと思う。

・運動はあまり得意じゃないです。

・イライラすることが増えた。

・夜はよく眠れています。寝言もイビキもありません。

・便秘と下痢を繰り返している。小さい時から便秘気味。

・お酒を結構飲みます。毎日ビールを1.5リットルと焼酎を300mlくらい。

・タバコを吸っています。

 

次に初診時に行った主なテスト結果と所見を以下にまとめます。

・指を順番に曲げ伸ばしする(指数え)テスト:両手指ともやや拙劣。鏡像運動は認めず。

・指節運動失行テスト:両手指ともやや拙劣で、運動時に対側手指に明らかな鏡像運動が出現。

・固縮:両側あり。

・トレムナー徴候:左側のみ陽性。

・マイヤーソン徴候:陽性

・歩行:歩行時左手の振りが減少。すり足あり。

・改訂長谷川式簡易知能評価スケール:29/30点(5つの物品記銘で4つ正答)

・成人期ASD検査:陽性

・成人期ADHD検査:境界域

 

最後は画像検査の結果になります。

・頭部MRI検査:両側頭頂葉の軽度萎縮。

・脳SPECT検査(脳血流シンチグラフィ):両側後頭葉の血流低下。両側後部帯状回の血流低下が境界域。

 

これらの結果から診断は、ASD(自閉症スペクトラム障害)+ADHD注意欠陥多動性障害)タイプ(ASD優位)の「もの忘れ」となりました。

そして治療薬として「甘麦大棗湯」を朝食後と夕食後にそれぞれ1包ずつと「レミニール®」2mgを朝食後に処方し、さらにサプリメントの「フェルラ酸」を摂取するようお勧めしました。

すると2週間後の再診時に「まだイライラはあるけれど少し減りました」と少し改善しましたが、「レミニール®」は吐き気が出て飲めなかったということで「大柴胡湯」を朝食後と夕食後にそれぞれ1包ずつへ変更となりました。

そして初診から1か月後には「イライラがなくなり、もの忘れもなくなってきました」という状態になりました。

 

この症例はASDとADHDの特性をASD優位に併せ持っており、それが仕事と育児の忙しさが重なって大きな「ストレス」になったことがきっかけで「もの忘れ」の症状が出現したと考えられます。

若年層から中壮年期の方たちに対して「発達障害」を疑う場合、当院では成人期ASD検査や成人期ADHD検査を行いますが、結果で「境界域」になることはあっても、はっきり「陽性」になることは多くありません。

この方の場合は成人期ASD検査で「陽性」になったことと、子供が2人とも「発達障害」の診断を受けて治療を受けていたことがあり、診断しやすかったと言えます。

「離婚歴がある」ことや「複数のことを同時にやるのが苦手」で「マイペース」だというのもASD特性の方に多い特徴です。

また、ADHD特性があると出現しやすい「鏡像運動」が明らかに認められることや、両上肢の固縮、歩行時のすり足と左手振りの減少、マイヤーソン徴候(眉間を指で軽く叩くと瞬目するか眼輪筋の収縮が認められる)が陽性になるなど、ASD特性があると出現しやすいパーキンソン症状が軽度認められることもさらに診断を裏付けるものになりました。

 

以前もお話ししたように「発達障害」の特性のある方は「脳の脆弱性」があって特に「ストレスに弱い」という特徴があります。

この方はシングルマザーで仕事と育児に追われながらも何とか生活してきたけれども、そこに「忙しさ」が加わって本人が受ける「ストレス」が大きくなってしまったのだと思われます。

その結果、この方の場合は「イライラ」に結びついて「集中力」の低下と「注意散漫」という、もともと併せ持っていた「注意障害」を増強させてしまったのでしょう。

そんな状態では当然「記銘力」も著しく低下するため、何かを行ったとしても「全く覚えていない」ということになります。

そのため治療としては、まず「イライラ」を軽減させることを目指し、子供の夜泣きやひきつけなどに使われる「甘麦大棗湯」と感情の起伏を整えてくれる「大柴胡湯」を処方しました。

さらに前頭葉の機能を整えてASDの症状を落ち着かせる効果のある「フェルラ酸」のサプリメントもお勧めしました。

そしてそれらの薬が一定の効果を上げて「イライラ」が軽減し、「もの忘れ」の改善につながったのだと思われます。

 

この症例では、今後も「もの忘れ」を出現させないために、いかに「イライラ」しない状態を続けていけるかが大きな課題になります。

そのためには内服治療を続けるとともに「ストレス」の少ない環境づくりや生活習慣の改善が大事になります。

ただ気がかりなのでは、この方には「ストレス」解消のためということもあるのでしょうが、大量の飲酒習慣があることです。

ADHDの方は「脳内報酬系」の活性が低く、いわば「満足が得られにくい」特性があるため、無意識のうちに多動になったり、何かに依存することで「脳内報酬系」の活性を高めようとしているのだと言われます。

そのためアルコールやギャンブル、スマホ、ゲーム、買い物などの依存症になりやすい傾向があるのです。

大量の「アルコール」摂取が脳神経の変性、萎縮をもたらすことは広く知られています。

ただでさえ「発達障害」の方は「脳の脆弱性」を持っています。

今後も「ストレス」や大量の「アルコール」摂取が続くと、当然脳の神経ネットワークが障害を受けて萎縮しやすくなるのです。

そして将来的に認知症を伴う神経変性疾患に移行しやすくなってしまいます。

この方はまだ40代にも関わらず、脳SPECT検査で両側後頭葉の血流低下が認められ、両側後部帯状回の血流も正常域でしたが軽度低下しており境界域でした。

血流低下があるということは、その部位の機能が低下しているということです。

まだ形態的には脳萎縮には至っていませんが、将来的に血流が低下している部位が萎縮していく可能性は十分に考えられます。

ちなみに後頭葉の血流が低下する病気としては「レビー小体型認知症」、後部帯状回の血流が低下する病気としては「アルツハイマー認知症」が有名です。

また認知症によって全体的に脳萎縮が進行しても後頭葉は比較的萎縮しにくいのですが、「アルコール」の多飲歴がある方は除外されます。

頭部MRI後頭葉の萎縮が認められる場合は、ほとんどのケースで過去に「アルコール」の多飲歴があるからです。

以上のことから、この症例は脳SPECT検査の所見から将来的に認知症疾患の発症と「アルコール」による影響が出てくることが危惧されます。

そのため認知症を発症させないためには今後も内服治療の継続と生活習慣の改善にしっかり取り組むことが不可欠だと言えるでしょう。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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