認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「睡眠薬」を長年使用していると「認知症」になりやすくなる!?

前回まで数回にわたってレビー小体型認知症の治療にとって中核となる「意識の変容」に対する治療についてお話しし、前回から良質な睡眠習慣の確立(睡眠障害の治療)についてのお話を始めました。

今回から良質な睡眠習慣を確立するための投薬治療についてお話しする予定でしたが、その前にまずは睡眠障害の治療に広く使用されているいわゆる「睡眠薬」と「認知症」の関係についてお話しすることにしました。

というのも一部の「睡眠薬」の中には「認知症を発症させやすくしてしまうのではないか」と疑われているものがあるからです。

 

日本で一番使われているベンゾジアゼピン睡眠薬の副作用

国内で流通している睡眠薬のうち「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」が約9割を占めていると言われています。

実はこの「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」には看過できない副作用があるということが報告されています。

その副作用というのが「認知症になるリスクを高めるかもしれない」というものです。

平均年齢78歳の地域住民1000人以上を対象にしたフランスの研究では「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」を服用している高齢者と服用していない高齢者を最長15年にわたり追跡したところ、服用している高齢者は服用していない高齢者に比べて1.5倍も認知症になりやすいことが明らかになったそうです。

他にも同じように「認知症のリスクを高める」と結論づけたいくつかの研究があり、それらからも同様の結果が出ているとのことです。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬」には、その他にもいくつか副作用があります。

それは、意識が混濁して自分がいる状況が分からなくなったり、幻視が起きたり、不安や恐怖で興奮状態になるなどの「せん妄」状態を引き起こすというものです。

さらには筋弛緩作用があるとされており、特に高齢者が内服するとふらついて転倒し、骨折するリスクが高くなるとされています。

そもそも高齢者では代謝が落ちているため体内に薬の成分が残りやすく、副作用が若い人より出やすい傾向があります。

これらの理由によって海外では「高齢者での使用を避けるように」と指摘されるほどの薬になっているのですが、日本では今だに多くの高齢者に処方されている実態があり、その消費量は先進国の中ではトップクラスになっています。

そのため「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」は本人が長年使用してきて「すぐに止められない」場合を除き、当院ではまず処方することはありません。

 

ベンゾジアゼピン睡眠薬には常習性もある

ちなみにこの薬を長年使用されてきた80代後半の方で、夜中に転倒を繰り返し「その時の記憶がない」という方がいらっしゃいました。

ある時は、朝起きたらカップラーメンを食べた跡があるのに自分で食べた覚えが全くなくて「恐ろしくなった」という出来事があり、それらのことがきっかけになってこの方は「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」を減量してやめる決心をしました。

しかし、この薬は長年使用していると効き目が悪くなるため、どうしても増量していってしまうことが多々あるのですが、この方も年齢を考えると結構な内服量になっていました。

また、この薬には常習性があるため「この薬をやめると眠れない」「量が少ないと眠れない」という方も多くいらっしゃいます。

この方は「眠れなくならないように」「減量した反動が出ないように」細心の注意を払いながら、医師の指示のもと時間をかけて内服量を1mgずつ減らしていきました。

そして丸2年間かけて完全に薬を止めることができました。

すると、夜中に転倒することや記憶がなくなることが「全くなくなる」とともに、いつも難しい顔をして怒りっぽかったのが、表情が柔らかくなって全体的にスッキリした印象になりました。

さらに以前は身体の不調を訴えられてほとんど外出されなかったのが、動作もスムースになって毎日のように散歩へ出かけるようになったのです。

この方は「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」の他には内服薬の変更はありませんでしたので、おそらくこの薬剤を減薬、中止したことによる効果だったのではないかと考えています。

 

睡眠障害」を抱えている特に高齢者は「睡眠薬」の使用に細心の注意が必要

認知症外来を受診する方の中には、夢をよく見たり、イビキをかいたり、寝言を言うなど、良質な睡眠を妨げてしまうような何かしらの症状を持っている方がとても多くいらっしゃいます。

前回もお話ししましたがレム睡眠行動障害」があると認知症を伴う神経変性疾患に高率で移行することが報告されています。

そのため「睡眠障害」と「認知症の発症」が密接に関連していることは間違いなく、別の言い方をすれば、良質な睡眠を妨げるような症状は何らかの認知症を伴う神経変性疾患の前駆症状である可能性が非常に高いということです。

そうすると先ほど「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」を服用している高齢者では認知症になるリスクが高くなるという報告があることをお伝えしましたが、そもそも「睡眠薬」を内服しなければいけないような「何かしらの睡眠の問題を抱えている方」は認知症に移行しやすいとも考えられます。

そのことも「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」の調査結果に多少影響しているのかもしれません。

また認知症では日中に覚醒度が落ちたり戻ったりという「意識の変容」の症状を持っている方が多くいらっしゃいます。

「意識の変容」によって覚醒度が落ちてしまうと、もの忘れや幻覚、妄想、易怒性といった他の認知症の症状を顕在化させたり悪化させてしまう可能性があるので、認知症の方や認知症の疑いがある方に対しては、まずは覚醒度が波打たないような治療を加えていくことが大切だ、ということを繰り返しお伝えしてきました。

そもそも睡眠に問題を抱えている方は寝不足になりやすいので、ただでさえ日中ボーっとしやすいのですが、そのような方に対して覚醒度を強制的に下げてしまうような「睡眠薬」を用いることは、あえて「意識の変容」を起こしやすくしているとも言えます。

ましてや認知症の方や認知症の疑いのある高齢者に対してはなおさらであり、認知症を発症させたり、進行させる方向へ「背中を押している」ことになりかねないと思います。

ただ最近は強制的に覚醒度を落してしまうような古いタイプの睡眠薬だけでなく、体内時計を整えて睡眠を促すなどの新しいタイプの睡眠薬もいくつか出てきており、薬の選択肢が拡がりました。

どうしても睡眠薬を使用しなければいけない場合は、それらの新しいタイプの睡眠薬の使用を検討した方が良いかもしれません。

繰り返しになりますが、睡眠障害のある人はそもそも認知症に移行しやすいとも考えられます。

そのため特に認知症の方や認知症の疑いのある方、高齢の方が睡眠薬を使用する場合には、薬の選択や使い方に細心の注意を払わないといけないと考えています。

 

では実際に当院では、睡眠障害などを抱える高齢者に対してどのような投薬をしているのかについては、次回良質な睡眠習慣を確立するための投薬治療についてお話ししていく中でお伝えしていきます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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