認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「目」に表れる認知症の徴候(3)

前回は「目」に表れるパーキンソン症状についてと、認知症になると「目」の動きが悪くなりやすいことについてお話ししました

今回はその続きになります。

 

「目」が上下に動きづらくなるのが進行性核上性麻痺

脳の神経障害によって眼球運動が障害される主要な疾患としては、脳血管障害や多発性硬化症、急性散在性脳脊髄炎、進行性核上性麻痺などが挙げられますが、「目」が上下に動きづらくなる「上下転制限」を合併する認知症疾患としては進行性核上性麻痺が有名です。

進行性核上性麻痺では脳幹部にある中脳被蓋部という部位が萎縮して発症するのですが、中脳は眼球運動を司(つかさど)る中枢部位でもあるため、眼球運動障害が出現しやすいのです。

また、これらの疾患の中で認知症を合併しやすいのも、脳血管障害を除くと進行性核上性麻痺になります。

進行性核上性麻痺の主な症状としては、眼球運動障害のほかに、身体のバランスが悪くなって転倒を繰り返す(姿勢反射障害による易転倒)、飲み込みが悪くなる(嚥下機能低下)、発語が不明瞭になる(構音障害)、そして認知症などが挙げられます。

進行性核上性麻痺は、病理学的には前頭側頭葉変性症(FTLD)に分類されるため、出現する認知症の症状としては、もの忘れというよりも性格変化や社会的行動の障害といった、いわゆる「前頭様症状」が目立ってきて、生活の中で色々と「我慢できない」「理性的にふるまえない」ために周りの人に迷惑をかけるというものが多くなっています。

「目」の動きが悪くなると視野が狭くなりますが、進行性核上性麻痺になると、いわばそれと同じように思考の幅や度量も狭くなってしまい、自分のやりたいことに突き進んで行ってしまうという感じがします。

そのため、一度考えついたことや、やろうと思ったことを修正するのが難しくなったり、自分の考えや行動を誰かに否定されたり、止められたりすると烈火のごとく怒り出したりもします。

動作的にも、突進するように直線的に歩くようになったりします。

それで急に止まれなくなったり、方向転換や階段を下りる時などにバランスを崩しやすくなったりするのです。

また、バランスの悪さを補おうとして立位や歩行時に両足の横幅を開いた「ワイドベース」になっていくこともあります。

このような進行性核上性麻痺のバランスの悪さは、「目」の動きの悪さと関連しているのではないかと思われます。

人はバランスを崩した時、反射的に身体を動かすことでバランスを修正し、体勢を整えます。

実はこの時「目」も反射的に、バランスを崩した方向とは逆方向へ動かし、頭部をはじめ身体全体がスムースに反応して動けるようにしています。

そのため「目」の動きが悪いと、バランスを崩した時に、姿勢を立ち直らせる身体の反応が遅れたり、スムースに身体を動かすことができなくなるのです。

また進行性核上性麻痺に限らず、全般的に「目」の動きが悪い人は、そもそも首が固くなって動かしづらくなっていることが多く、それに伴って身体全体の動きもぎこちなくなっているという印象があります。

皆さんも試してみれば分かると思いますが、「目」を固定したまま身体を動かそうとすると、首さらには身体全体の動きが制限されてバランスがとりにくくなるはずです。

つまり「目」の動きが悪いと、身体のバランスが悪くなり、転倒するリスクが高くなってしまうのです。

ましてや小刻み歩行やすり足歩行、すくみ足といったパーキンソン症状が合併している場合はなおさらです。

いずれにしても認知症になると転倒しやすくなるのは、「目」の動きが制限されやすくなるということも影響しているのだと思います。

 

指を追視できないのも認知症の症状

前回、眼球運動制限の有無を調べる時には、患者さんに顔は動かさないで「目」だけで動く指先を追って(追視して)もらうというお話をしました。

しかし何回指示しても、左右上下に動く指先を追えずに前をずっと見ていたり、途中までは追視できても勝手にパッと視線を外してしまったり、途中で止まった指先を追い越して「目」を動かしてしまうといった患者さんがいらっしゃいます。

「指先を追視する」という指示を本人が理解しているのにも関わらずです。

これは「注意障害」があるためだと考えられますが、この「注意障害」は症状によって細かく分類されています。

患者さんが指をしっかり追視できないのは、「注意障害」の中でも、いくつかある刺激の中から特定の対象や課題だけにうまく注意を向けられない「注意選択の障害」、注意を集中し続けることができない「注意集中困難・注意の持続の障害」、注意が他へ逸れやすく関係のない刺激へと引き込まれやすい「注意転導性の亢進」といった障害があるためだと思われます。

「注意障害」の責任病巣は「前頭葉」にあるとされています。

つまり「注意障害」はいわゆる「前頭葉症状」が出現している人に合併しやすいのです。

したがって、前頭側頭葉変性症はもちろん、その他の認知症でも病状が進行して病変が「前頭葉」に及んでくると、指を追視できなくなってくるのだと思われます。

そうすると、指をしっかり追視できるのかどうかは、病変が「前頭葉」に及んでいるかどうかを判断する1つの目安になるともいえます。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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