認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

本当に「耳が遠い」だけですか?(1)

「意味性認知症」をご存じですか?

最近、当院ではなぜか「意味性認知症(Semantic Dementia:SD)」と診断される患者さんが多いのですが、皆さんは「意味性認知症」という病名を聞いたことがあるでしょうか?

「意味性認知症」は、我が国では指定難病とされている「前頭側頭葉変性症(Frontotemporal lobar degeneration:FTLD)」の1つであり、左右差のある側頭葉前方部の限定された萎縮に伴い、意味記憶が選択的かつ進行性に損なわれる疾患だとされています。

また、もちろん「意味性認知症」は認知症疾患なのですが、高齢での発症が少なく、主に65歳以下で発症する疾患だとされています。

「意味性認知症」の主な症状は、言葉の意味が分からなくなるというものです。

これは言語中枢のある側頭葉前方部が障害されることによって、聞く・話す・読む・書くといった言語機能が障害され、いわゆる「失語」症状が出現してくるためです。

その他にも側頭葉には、人の顔や建物、風景などを認識する機能があります。

そのため「意味性認知症」では、「失語」に加えて「相貌失認」や「街並失認」といった症状も出やすくなっています。

さらに「意味性認知症」は「前頭側頭葉変性症」の1つでもあることから、前頭葉が障害されやすい疾患でもあります。

そのため、早期からいわゆる「前頭葉症状」が出現しやすいのです。

前頭葉症状」とは、前頭葉が障害されることによって生じる一連の症状のことをいいます。

前頭葉は、脳の他の部位が暴走しないよう抑制・調整する役割を果たしているのですが、そのため前頭葉が障害されると、例えば「自分の気持ちを抑えて、他の人に配慮しながら理性的にふるまう」といったことが難しくなってきます。

つまり、色々と自分の意に沿わないことを「我慢する」ことができなくなり、「自分勝手」に行動するようになってしまうのです。

そのため、万引きや迷惑行動といった社会的に問題のある行動をするようになったり、自分の興味があることだけに執着して同じことを繰り返す(=常同行動)ようになったりもします。

また、認知症疾患ではあるものの、もの忘れ(=記憶障害)については、発症初期にはまったくないか、あっても軽度のことが多いのですが、ただこれも病気の進行とともに段々と目立つようになってきます。

 

「失語」症状は気付かれにくい

当院で「意味性認知症」と診断された患者さんを振り返ってみると、病状がある程度進行してからようやく受診に至ったというケースが少なくありません。

これは、「前頭葉症状」が前景化していない限り、周りにいる人たちはあまり困ることがないということもありますが、おそらくそれ以上に「言葉の意味が分からなくなっている」ということが周りの人たちには分かりづらいからだと思われます。

そのため、「失語」症状があるとは気付かれずに見過ごされてしまったり、別な症状だと間違って捉えられていることが多いのです。

このよく間違われている症状として、まず挙げられるのが「難聴」になります。

診察中、こちらの話していることがなかなか患者さんに伝わらない、ということがよくあります。

そんな時、患者さんが「えっ?」「何?」と耳に手を当てて、「よく聞こえない」という仕草をすることがあります。

すると、付き添いの家族からはよく「耳が遠いので、もっと大きな声じゃないと聞こえません」などと言われたりするのですが、実は話の伝わらない原因が「難聴」だけの場合とそうでない場合とがあるのです。

これを見分けるために、私たちは患者さんに問診や口頭での認知症テストを進めていくのですが、そんな時には、あえてあまり大きくない声で、しかも一定のトーンで質問するようにしています。

もし患者さんに「難聴」があってこちらの声が聞こえないのであれば、すべての質問に答えることができないはずです。

それにも関わらず、患者さんによって質問にまったく答えられないという場合と、質問によっては「普通に」答えられる場合とがあるのです。

前者の場合には、やはり「難聴」が原因なので大きな声を出せば話は通じるのですが、後者の場合には「難聴」だけが原因でない可能性が高くなります。

つまり、質問は聞こえていたとしても、その内容が理解できないために答えられない、という疑いが強まるのです。

そして、実際にテストをしてみると「失語」が原因であるケースが非常に多いのです。

ただ「失語」症状が出現するといっても、いきなりすべての言葉の意味が分からなくなるという訳ではありません。

実は、このことも「意味性認知症」が周りの人に気付かれにくい理由の1つになっています。

本人の分からない言葉が少しずつ増えていくことから、普段一緒に過ごしている人ほど「変化」に気付きにくくなるからです。

さらに、まったく話が通じないという訳ではないので、まさか「失語」症状が始まっているなどとは思われずに、「ところどころ聞こえないだけだろう」「段々耳が遠くなってきたな」などと勝手に解釈されてしまうことが多いからだとも思われます。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

 

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