認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「もの忘れ」に間違われやすい「認知症」症状(前)

認知症」になると確かに「もの忘れ」症状が合併することが多いですが、もちろん「もの忘れ」イコール「認知症」という訳ではありません。

認知症チェックリスト」でもご紹介した通り、「認知症」になると実に様々な症状が現れます。

それにも関わらず「認知症」とはすなわち「記憶障害による病的な『もの忘れ』がある状態」だと思われがちなのではないでしょうか。

というのも確かに「認知症」の症状の中には一見「もの忘れ」に見えたりするものがあり、それらを本人や家族が「もの忘れ」と表現することも少なくないからです。

そこで今回はそのような「もの忘れ」に間違えられやすい症状についてお話ししていこうと思います。

 

まず「もの忘れ」に間違われやすい症状として挙げられるのが「失語」です。

「失語」とは「語義失語」とも言われますが、言葉の意味が分からなくなってしまうことです。

右利きの人の場合は左の側頭葉に言語中枢があることが多いのですが、神経変性疾患などでその部位に病変が及んでいくと、だんだんと言葉の意味が分からなくなってきます。

そのため病気の進行に伴って分からない言葉も少しずつ増えていくのですが、いきなり多くの言葉の意味が分からなくなる訳ではないので周りの人にはなかなか気づかれにくい傾向があります。

会話の中で1つや2つ意味の分からない言葉があったとしても、全体的な話の流れは何となく通じてしまうものです。

特に対面で会話する場合は、表情やジェスチャーなどの視覚的な情報もあるため話が伝わりやすくなります。

それが病気の進行によって分からない言葉が増えていき、いよいよ全体的な話の流れが分からなくなってくると、やっと会話の相手が「あれっ?」と違和感を持つようになります。

しかしその段階においても本人は「分からない」ことを相手に隠そうとして「取り繕う」ことも少なくなりません。

よくある「取り繕い」の例として挙げられるのが「笑ってごまかす」「話を逸らす」「急に不機嫌になって怒る」「聞こえない振りをする」などです。

そして本人の「取り繕い」が上手かったり、普段から周りに会話をする人がいなかったりすると、「失語」の症状がかなり進行していたとしても周りには気づかれなかったりします。

一方で本人が「取り繕い」しにくいのが電話でのやり取りになります。

電話では「聴覚による言語理解」のみでコミュニケーションをとらなければならず、「失語」の症状があるとそれが顕在化しやすいのです。

「電話で本人に話しても要件が伝わっていない」ことが何回も続いて家族が気づくということもよくあります。

また本人は電話で相手が言っていることが良く分からないので「自分の言いたいことだけ一方的にしゃべって電話を切ってしまう」であるとか、そもそも「電話に出ない」といったことも起こってきます。

ちなみに「失語」による言語理解の障害には「聴覚的」によるものと「読字」によるものがありますが、「聴覚的理解の障害」の方が出現頻度が高く、病期においてもより早期から出現してくる印象があります。

 

また、先ほど挙げた「取り繕い」の例の中で最も遭遇する頻度が高いのが「聞こえない振りをする」というものです。

これは「都合耳」とも呼ばれます。

診察場面でもあいさつや簡単なやりとりは問題なくできるのに、検査で「利き手は?」であるとか「ことわざの続きを言ってください」などと言うと、「えっ!?何!?」と途端に耳の聞こえが悪くなるような方がたくさんいらっしゃいます。

本当の「難聴」である場合、同じ声の大きさやトーンでお話しすれば「聞こえる部分」と「聞こえない部分」がはっきり分かれるということはあまりないと思われます。

何度繰り返してお話ししてもどうしても通じず、さらに分からない言葉やフレーズが明らかになるような場合は、やはり「失語」の存在が強く疑われます。

そのような状態であっても診察に同席される家族の多くが、本人に「難聴があって・・・」などとお話しされますので、「失語」の症状というのは意識しないとなかなか気づかれにくいものなのかもしれません。

また周りから気づかれないケースとしてよくあるのが、本人の昔からのキャラクターでもともと「とぼけている」ような性格で「分かっているのか分かっていないのか」はっきりせず、そのため「認知症」が大分進行するまで気づかれずに発見が遅れてしまうというものです。

ちなみにこのようなケースの場合、病態のベースに発達障害が隠れていることがほとんどです。

 

診察前に困っている症状について家族などに問診すると「もの忘れがあって要件を説明したのにすぐに忘れてしまう」「本人に何度話しても忘れてしまって何回も同じことを聞いてくる」などと訴えられるケースがとても多くあります。

しかし実施に本人の診察をして問診や認知機能検査などを行ってみると「失語」が認められるケースが少なくありません。

もちろん記憶障害を併発していることも多いですが、それだけでなく「失語」のために話の理解が悪くなっているのです。

つまり「忘れた」のではなく、そもそも「言葉の意味が理解できない」ために「話が通じていなかった」という面もあるということです。

ちなみにこの「失語」症状から始まる疾患として有名なのが「意味性認知症」です。

「意味性認知症」は「前頭側頭葉変性症」に含まれる疾患であるため、「失語」症状の他に「前頭葉症状」を合併することも多く、それで周りにいる人がとても困って受診してくるというケースが少なくありません。

「意味性認知症」については過去の記事(④言葉の理解や発語がスムースでなかったり(失語)、人の顔や名所などが分からない(失認)

(前編)https://kotobukireha.hatenablog.com/entry/2019/10/21/065412

(後編)https://kotobukireha.hatenablog.com/entry/2019/10/23/060340)も是非ご参照ください。

 

長くなりましたので、次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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