認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

本当に「耳が遠い」だけですか?(3)

前回は、「失語」があるといわゆる「都合耳」になりやすいということと、電話が苦手になりやすいということをお話ししました。

今回はその続きになります。

 

言葉の意味が分からなくても、本人はそれを隠すことが多い

おそらく皆さんも誰かを話してる時に、相手の言っている言葉の意味がよく分からないということがあると思います。

そんな時、皆さんはどうするでしょうか。

相手に改めてその言葉の意味を尋ねることもあるでしょうが、そのまま流してしまうことも多いのではないでしょうか。

それはおそらく「失語」症状のある患者さんも同じで、本当は意味の分からない言葉があったり、話の内容をしっかり理解できなくても、相手の話に相槌ちを打ったり、頷いたりしてしまいがちなんだろうと思います。

そうすると、こちらも相手の様子からてっきり「理解してくれたもの」と思い込んでしまうのではないでしょうか。

さらに、分からない言葉が少ない時はまだしも、そのような言葉が増えてくると、患者さん本人は自分が分かっていないということを相手に悟られないように振る舞うようになってきます。

これはおそらく自己防衛的な反応なのでしょう。

よくある振る舞いとしては「聞こえないふりをする」「笑ってごまかす」「話をそらす」「急に不機嫌になって怒り出す」「その場からいなくなる」などが挙げられます。

特に多いのが、前回までにお話しした「聞こえないふりをする」というもので、それで周りの人が「耳が遠くなった」と勘違いしてしまうのです。

次に多いのが「笑ってごまかす」というものです。

これは診察場面でもよく遭遇します。

質問内容が分からないと「何でしたっけ?」「忘れちゃいました」などと笑顔で家族の方を見たりして(=Head turning sign)何気なく助けを求めたりすることもあります。

また、質問に明確に答えられないので、関係ない話を始めて「話をそらす」こともよくあります。

しかも長年培ってきた経験から、その場の雰囲気を和やかに保ちながら、質問に答えないまま会話を続けることができる人も少なからずいらっしゃいます。

このようないわゆる「取り繕い」がうまいのは、やはり女性の方が多いようです。

それに対して男性に多いのが「急に不機嫌になって怒り出す」というものです。

家族も何で急に不機嫌になるのかが分かっていなかったりするのですが、実は「失語」症状のために本人は何を言われているのかが分からずに混乱し、それを隠すために怒り出すということがあるのです。

さらに「その場からいなくなる」ということもあります。

家族から怒った理由を聞かれたり、家族に自分が分かっていないことを悟られないようにするために、その場から逃げるように立ち去る(=立ち去り行動)のです。

 

「失語」症状は「もの忘れ」と勘違いされることもある

認知症外来に「もの忘れ」を主訴にして受診される患者さんをいざ診察してみると、「記憶障害」は軽度で、実は「失語」症状が大もとの原因だったということがよくあります。

「失語」症状のために、そもそも「話が通じていなかった」ということです。

それを周りにいる人は「もの忘れ」があると感じてしまうのです。

本人も相手から「話したでしょ!」などと言われると「忘れちゃったのかな」と思ってしまうのでしょう。

そのため「失語」症状というのは、本人を含め周りにいる人から「もの忘れ」と表現されることがよくあります。

それで実際に「失語」症状の有無を確かめるテストをしてみると、見事に引っかかったりするのです。

ただテストをするまでもなく、実は診察時の問診の段階で「違和感」を感じることも少なくありません。

それは、私どもが「失語」症状を持つ患者さんに多く接していることから「そもそも言葉の意味が分かっていないのではないか?」という視点を普段から持ち合わせているからだと思います。

しかし一般の人たちは、まさか相手に「失語」症状があって「話が通じていない」などとは思わないので、ありふれた「もの忘れ」と勘違いしてしまいやすいのでしょう。

私たちの経験から言えば、認知症患者さんが「失語」症状を合併しているということは、「もの忘れ」と同じように「とてもありふれたこと」なのです。

では「失語」症状というのは、どのようにして見分ければ良いのでしょうか?

次回は、私どもが実際に診察時に実施している「失語のスクリーニングテスト」についてご紹介したいと思います。

 

次回に続きます。

 

今年も1年間ありがとうございました。

どうぞ来年もよろしくお願いいたします。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(2)

前回は、「意味性認知症」についてご紹介し、その主要な症状である「失語」症状が「難聴」と間違われやすいことと、「失語」症状は少しずつ進行していくために「意味性認知症」はある程度進行するまで、周りの人たちには気付かれにくいということをお話ししました。

今回はその続きになります。

 

いわゆる「都合耳」じゃないですか?

まず、前回の話の補足から始めようと思います。

前回お話ししたように、話が相手に伝わらない原因が「難聴」だけであれば、こちらが話す声の大きさを変えない限り、相手にはすべての話の内容が伝わらないはずです。

しかし、あえて同じ声の大きさで問診やテストを行った時に、質問によって「伝わるもの」と「伝わらないもの」があるという患者さんが少なくありません。

これは、日本で昔から言われている「都合耳」そのものだと思われます。

「都合耳」とは、本人にとって都合の良いことは聞こえるけれども、都合の悪いことは聞こえないというものです。

また逆に「なぜか悪口だけは聞こえるんだよな~」ということもあります。

いずれにしても、本人に話は聞こえているはずなのに、内容が理解できる場合と理解できない場合があり、理解できる質問については答えられるということです。

もっとも「実際には聞こえているのに聞こえていない振り」をしていたりして、本人がとぼけていない限りですが…。

したがって「都合耳」というのは、話された言葉の意味が分からないために、つまり「失語」症状のために起きている可能性が十分に考えられるのです。

脳血管障害(脳梗塞脳出血など)が原因ではなく、認知症疾患で「失語」が生じる場合には、言語中枢のある側頭葉の病変は少しずつ進行していきます。

そのため、一度に多くの言葉が分からなくなるという訳ではなく、少しずつ意味の分からない言葉が増えていくことになります。

すると「失語」症状が出現して進行していく過程において、話された話の内容は大体分かるけれど、部分的に分からないところがあるという「都合耳」の状態が十分に生じうるのです。

したがって「都合耳」がだんだんひどくなるようであれば、その原因は「失語」である可能性が高く、しかも「もの忘れ」が全くないか、軽度であるならば「意味性認知症」が始まっている可能性がさらに高まるといえます。

 

「失語」があると「電話が苦手」になりやすい

「失語」症状というのは「難聴」に間違われやすく、周りの人に気付かれにくいというお話をしましたが、それでも本人の分からない言葉の割合が全体の1割2割とだんだん増えていくと、当然ながら「あれっ?」「変だな」ということが日常生活の中で目立ってきます。

特に日常生活の中で、周りの人が「失語」の存在に気づきやすい場面があります。

それが「電話での会話」です。

「対面での会話」では、顔の表情や身体の仕草、全体的な雰囲気などの情報もお互いにやり取りしています。

そのため、たとえ話の中で「分からない言葉」がいくつかあったとしても、「言葉」以外の情報を手がかりにして全体的な話の流れをつかんだりすることもできるのですが、それが「電話での会話」になると、お互いにやり取りする情報が「言葉」や「口調」に限られてしまいます。

確かに「口調」という声の表情からは、相手の気持ちや感情を推し量ることができます。

しかし、感情のやり取りだけを目的にした電話だったらまだしも、実際にはそのような電話というのは少なく、誰かに電話をする時というのは、事務的な内容の伝達や報告を伴うことがほとんどなのではないでしょうか。

そのような電話では「口調」から得られる情報というのはあまり役に立たず、お互いの間でやり取りされる「言葉」がもろに問われることになります。

すると、話のやり取りの中で、もし相手が話した「言葉の意味」が分からなかったら、会話がちぐはぐになったりして、すぐに「話が通じてない」ことが相手に露呈してしまいます。

そのため「失語」があると「電話が苦手」になりやすいのです。

それで、もし電話をしたとしても「自分の話したいことだけを一方的に話して、すぐに電話を切ってしまう」ことになったり、そもそも「自分から電話をかけない」「電話がかかってきても出ない」といったことも起こってくるのです。

実際、これらは「意味性認知症」の患者さん家族から頻繁に聞かれる典型的なエピソードであり、もしこのような話が聞かれたとしたら、私たちはまず「失語」の存在を疑います。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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本当に「耳が遠い」だけですか?(1)

「意味性認知症」をご存じですか?

最近、当院ではなぜか「意味性認知症(Semantic Dementia:SD)」と診断される患者さんが多いのですが、皆さんは「意味性認知症」という病名を聞いたことがあるでしょうか?

「意味性認知症」は、我が国では指定難病とされている「前頭側頭葉変性症(Frontotemporal lobar degeneration:FTLD)」の1つであり、左右差のある側頭葉前方部の限定された萎縮に伴い、意味記憶が選択的かつ進行性に損なわれる疾患だとされています。

また、もちろん「意味性認知症」は認知症疾患なのですが、高齢での発症が少なく、主に65歳以下で発症する疾患だとされています。

「意味性認知症」の主な症状は、言葉の意味が分からなくなるというものです。

これは言語中枢のある側頭葉前方部が障害されることによって、聞く・話す・読む・書くといった言語機能が障害され、いわゆる「失語」症状が出現してくるためです。

その他にも側頭葉には、人の顔や建物、風景などを認識する機能があります。

そのため「意味性認知症」では、「失語」に加えて「相貌失認」や「街並失認」といった症状も出やすくなっています。

さらに「意味性認知症」は「前頭側頭葉変性症」の1つでもあることから、前頭葉が障害されやすい疾患でもあります。

そのため、早期からいわゆる「前頭葉症状」が出現しやすいのです。

前頭葉症状」とは、前頭葉が障害されることによって生じる一連の症状のことをいいます。

前頭葉は、脳の他の部位が暴走しないよう抑制・調整する役割を果たしているのですが、そのため前頭葉が障害されると、例えば「自分の気持ちを抑えて、他の人に配慮しながら理性的にふるまう」といったことが難しくなってきます。

つまり、色々と自分の意に沿わないことを「我慢する」ことができなくなり、「自分勝手」に行動するようになってしまうのです。

そのため、万引きや迷惑行動といった社会的に問題のある行動をするようになったり、自分の興味があることだけに執着して同じことを繰り返す(=常同行動)ようになったりもします。

また、認知症疾患ではあるものの、もの忘れ(=記憶障害)については、発症初期にはまったくないか、あっても軽度のことが多いのですが、ただこれも病気の進行とともに段々と目立つようになってきます。

 

「失語」症状は気付かれにくい

当院で「意味性認知症」と診断された患者さんを振り返ってみると、病状がある程度進行してからようやく受診に至ったというケースが少なくありません。

これは、「前頭葉症状」が前景化していない限り、周りにいる人たちはあまり困ることがないということもありますが、おそらくそれ以上に「言葉の意味が分からなくなっている」ということが周りの人たちには分かりづらいからだと思われます。

そのため、「失語」症状があるとは気付かれずに見過ごされてしまったり、別な症状だと間違って捉えられていることが多いのです。

このよく間違われている症状として、まず挙げられるのが「難聴」になります。

診察中、こちらの話していることがなかなか患者さんに伝わらない、ということがよくあります。

そんな時、患者さんが「えっ?」「何?」と耳に手を当てて、「よく聞こえない」という仕草をすることがあります。

すると、付き添いの家族からはよく「耳が遠いので、もっと大きな声じゃないと聞こえません」などと言われたりするのですが、実は話の伝わらない原因が「難聴」だけの場合とそうでない場合とがあるのです。

これを見分けるために、私たちは患者さんに問診や口頭での認知症テストを進めていくのですが、そんな時には、あえてあまり大きくない声で、しかも一定のトーンで質問するようにしています。

もし患者さんに「難聴」があってこちらの声が聞こえないのであれば、すべての質問に答えることができないはずです。

それにも関わらず、患者さんによって質問にまったく答えられないという場合と、質問によっては「普通に」答えられる場合とがあるのです。

前者の場合には、やはり「難聴」が原因なので大きな声を出せば話は通じるのですが、後者の場合には「難聴」だけが原因でない可能性が高くなります。

つまり、質問は聞こえていたとしても、その内容が理解できないために答えられない、という疑いが強まるのです。

そして、実際にテストをしてみると「失語」が原因であるケースが非常に多いのです。

ただ「失語」症状が出現するといっても、いきなりすべての言葉の意味が分からなくなるという訳ではありません。

実は、このことも「意味性認知症」が周りの人に気付かれにくい理由の1つになっています。

本人の分からない言葉が少しずつ増えていくことから、普段一緒に過ごしている人ほど「変化」に気付きにくくなるからです。

さらに、まったく話が通じないという訳ではないので、まさか「失語」症状が始まっているなどとは思われずに、「ところどころ聞こえないだけだろう」「段々耳が遠くなってきたな」などと勝手に解釈されてしまうことが多いからだとも思われます。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

 

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「目」に表れる認知症の徴候(5)

前回は、心の動きや頭の働きは「目」の動きと連動していることと、自閉症スペクトラム症の気質も「目」に表れることについてお話ししました。

今回はその続きになります。

 

眠っていても、まぶたごしに「目」が動いているのは脳が活動している証拠

前回までは日中起きている時の「目」の徴候についてお話ししてきましたが、今回は寝ている時の「目」の徴候についてお話しします。

脳が活動するのは、日中覚醒している時ばかりではありません。

皆さんは眠っている人の「目」が、まぶたごしにクルクル動いているのを見たことがないでしょうか。

そういう時は、眠りが浅くなっていて、夢を見ていることも多く、脳は活発に活動しているのです。

これは前回「脳の活動性と眼球運動は連動している」とお話しした通り、「目」が動いているのは脳が活動している証拠だからです。

このように、身体は休んでいるのに脳は起きている睡眠状態のことを「REM(レム)睡眠」といいます。

そもそもREMとはRapid Eye Movementすなわち急速眼球運動を表す英語の頭文字をから名付けられました。

したがって、レム睡眠中にその名の通り「目」がクルクルと動いているのは、脳の活発な活動を反映していることになるので、当然眠りも浅くて夢を見やすくなっているのです。

 

レム睡眠行動異常」があると認知症になりやすい

さらに、このレム睡眠中に夢を見て寝言を言ったり、大声で叫んだり、手足をばたつかせたり、隣に寝ている人を叩いてしまったり、起き上がって行動を始めてしまうようなことがあります。

これは「レム睡眠行動異常(Rapid eye movement sleep Behavior Disorder;RBD)」と呼ばれており、実は認知症と密接に関連していることが分かっています。

この「レム睡眠行動異常」は、認知症を発症する10年以上も前から始まっていることが少なくなく、認知症を伴う神経変性疾患の前駆症状ともいわれているほどです。

最近の報告では「レム睡眠行動異常」があると、驚くことに発症から5年間で33%、10年間で76%、14年間で91%の症例が「αシヌクレイノパチー」を発症し、中でもパーキンソン病レビー小体型認知症に進展する頻度が高いとされています。

「αシヌクレイノパチー」とは脳の特定の部位にαシヌクレインというタンパクが蓄積して発病する神経変性疾患のことで、パーキンソン病(PD)やレビー小体型認知症(DLB)、多系統萎縮症(MSA)、進行性核上性麻痺(PSP)などがあり、これらは進行とともに認知症を合併することが多い疾患群でもあります。

そのため、夜よく夢を見てうなされたり、寝言を言ったり、身体を動かしたりするというのは、決して笑って見過ごせるようなものではなく、そのような状態を放置していると、高率で認知症を伴う神経変性疾患に移行してしまうのです。

しかし、幸いにも「レム睡眠行動異常」は投薬治療しやすい症状でもあります。

心当たりのある方は是非神経内科などを早めに受診されることをお勧めしますが、ただ夜間睡眠時の症状は本人に自覚がないことが少なくありません。

そんな場合は、周りにいる家族が本人と一緒に受診して医師に症状を伝える必要があるでしょう。

 

睡眠の質を上げることが認知症の予防と改善につながる

レム睡眠行動異常」は早期に治療を開始して、症状を抑えることができれば認知症を伴う神経変性疾患の発症を防いだり、発症を先延ばしすることができるのではないかと考えています。

実際、すでに認知症疾患を発症している場合には、「レム睡眠行動異常」を抑えることで病気の進行を遅らせたり、症状を改善させることが可能であり、そのような患者さんを多く経験しているからです。

では、なぜ「レム睡眠行動異常」を抑えて睡眠の量や質を向上させると、認知症疾患の発症や進行を予防することができるのでしょうか。

認知症疾患になると、神経伝達物質の「ドーパミン」が減ることで身体動作や思考活動などがスムースにいかなくなり、いわゆる「パーキンソン症状」が出現したり、前景化しやすくなります。

実は、この「ドーパミン」は、夜間十分な睡眠をとって「身体も脳もしっかり休む」ことで補充されることが分かっています。

そのため、夜間眠りが浅くてよく夢を見るという睡眠状態では、たとえ見た目は眠っていたとしても、脳は活動しているため、本来睡眠中に補充されるはずの「ドーパミン」が逆に消費されてしまうのです。

さらに寝言を言ったり身体を動かしてしまう状態では「ドーパミン」の消費量がもっと増えてしまいます。

したがって「レム睡眠行動異常」は、認知症疾患の発症や進行を抑えるためには、早期からしっかり治療しなければならない症状なのです。

レム睡眠行動異常」を抑えて睡眠の量や質が上がれば、寝ている間に「ドーパミン」がしっかり補充され、翌日は「パーキンソン症状」が改善するからです。

さらにスッキリして覚醒度も上がるので、意識の変容、幻覚、妄想、易怒性といったその他の認知症症状も改善しやすくなります。

そのため、認知症疾患に対する治療の第一歩は、生活習慣の改善や投薬治療を通じて、いかに夜間しっかり寝てもらうかということになります。

生活習慣の改善とは、日中はしっかり起きて昼寝は長くても30分未満にする、運動習慣を持つ、朝日を浴びるといったことです。

ただ、睡眠の質を下げてしまうのは「レム睡眠行動異常」だけに限りません。

イビキや寝言があったり、夢をよく見るというのも、脳が充分に休めていない可能性が高いのです。

そのような場合にも、生活習慣の改善と投薬治療を通じて、夜間の睡眠をしっかりとってもらうようにしています。

これは認知症の予防にもつながります。

実は認知症疾患は発症する10~20年前から始まっているといわれています。

実際、当院で認知症疾患と診断される患者さんは、10年以上前から「レム睡眠行動異常」をはじめ、イビキや寝言、夢をよく見るといった睡眠時の症状を何かしら持っているということがほとんどなのです。

これらのことから認知症疾患は、もし「発病」していたとしても、睡眠の質を上げることで「発症」を遅らせたり、予防できるのではないかと考えています。

そのため、睡眠時の症状があってもそれを放置し、夜間しっかり脳が休めていない状態を長年続けてしまうということは、間違いなく疾患の「発症」を後押ししているようなものだといえます。

したがって、健康寿命を伸ばすためには、良質な睡眠習慣を持つことが不可欠なのです。

皆さんも、イビキや寝言などと同じように、睡眠中によく「目」をクルクルと動かして夢を見ていないかどうかも目安にして、日ごろから睡眠の質について気にかけていただければと思います。(認知症と睡眠の関連については、過去記事カテゴリー「認知症と『睡眠』」の記事もご参照ください。)

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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「目」に表れる認知症の徴候(4)

前回は、「目」の動きが制限されたり、指などをしっかり追視できなくなるのも認知症を伴う神経変性疾患の症状であるというお話をしました。

今回はその続きになります。

 

心の動きや頭の働きは「目」の動きと連動している

心がきれいな子供の「目」はとても澄んでいます。

「目」には、その人の意志の強さや性格、怒り、悲しみ、驚き、動揺といった心の動きが表れます。

同じように、人がものを考えている時もその様子が「目」に表れます。

例えば、何かを思い出そうとしている時には「目」が上を向いたりします。

また、集中して何かを深く考えている時にはどこか一点をじっと見つめていたり、逆に「目まぐるしく」思考をめぐらせている時には、文字通り「目が回る」ようにあちこちへ視線を動かしたりします。

まさしく「目は心の窓」であり、心の動きや頭の働きは「目」の動きと連動しています。

前回お話ししたように、認知症になると「目」の動きが制限されたり、動きが鈍くなることが少なくありません。

認知症になると合併しやすいパーキンソン症状の中にも「思考緩慢」という症状が含まれているのですが、認知症になるとどうしても心の動きや頭の働きが鈍くなります。

これらはおそらく関連しているのだと思います。

心の動きや頭の働きが鈍くなることで「目」の動きが鈍くなるのか、「目」の動きが鈍くなることで心の動きや頭の働きが鈍くなるのかは分かりません。

いずれにしても脳の活動性と眼球運動は相互に関連しあっていることは間違いなさそうです。

 

自閉症スペクトラム症の気質も「目」に表れる

以前もお話したことがありますが、実は自閉症スペクトラム症(ASD)の人には軽微なパーキンソン症状があることが多いという印象があります。

よく遭遇するのが、軽微な固縮(筋肉のこわばり)が左右差を伴ってあるために、歩行時にどちらかの手を振らなかったり、手の振り幅が小さくなっているというものです。

そして、やはり顔の表情にも軽微なパーキンソン症状が表れます。

前々回もご紹介しましたが、パーキンソン症状があると顔面の筋肉も固縮でこわばりやすくなるため、表情の変化が乏しくなったり(仮面様顔貌)、まばたきが減ったり(瞬目減少)、肌がツヤツヤと脂っぽかったり(脂漏性顔貌)、顔のシワが減っていたりするのです。

そして「目」も相対的に大きくギョロッとなっていたりします。

「爬虫類のような目」だと表現される人もいらっしゃいます。

そのような人の眉間を指でトントンと叩くと、その刺激で瞬目や眼輪筋の収縮が誘発されて「マイヤーソン徴候」が陽性となり、パーキンソン症状があることを改めて確認できたりもします。

ちなみに甲状腺機能亢進症であるバセドウ病では、眼球が突出する症状があり、そのために「目」が大きくなっている場合があります。

そのため「目」が突出していて大きく見えるような人で、とても精力的でエネルギッシュに活動しているような場合には、逆にバセドウ病が疑われたりします。

同じように上記したような「顔」や「目」の表情があって、歩く時にどちらかの手を振らなかったり、すり足だったりする場合、パーキンソン症状が出ている疑いが強くなります。

それに加えて、いわゆる「独特」な性格である場合、例えば自己中心的で空気が読めず友達が少なかったり、こだわりがあったり、音や匂いなどに過敏だったり、好き嫌いがはっきりしているなどしたら自閉症スペクトラム症が強く疑われます。

また、うつなどで精神科や心療内科への通院歴があったり、アトピーなどのアレルギーがあったり、薬に過敏だったり、一定の年齢に達してもずっと独身だったり、離婚歴があったり、転職を繰り返していたり、自営業や一人で行う仕事をしていたり、などといった場合にはさらに自閉症スペクトラム症の疑いが強まります。

このように「顔」や「目」の表情から、いくつかの病気や気質の可能性を推察することができるのです。

ただ実際、初診の患者さんが軽微なパーキンソン症状を持っている場合、それが認知症を伴う神経変性疾患に起因しているのか、もともと持ち合わせているものなのかを判断しかねることがあります。

そのような場合はMIBG心筋シンチグラフィー検査やDATスキャン検査などで鑑別するのですが、その結果、パーキンソン病などの神経変性疾患が否定された場合には、軽微なパーキンソン症状はやはり自閉症スペクトラム症が原因で出現しているのだろうと判断しています。

ちなみに自閉症スペクトラム症は、注意欠陥多動性障害ADHD)を合併していることが多いとされています。

また長年の認知症診療を通じて、ほとんどの認知症患者さんがそのベースに、程度の差はあれ自閉症スペクトラム症や注意欠陥多動性障害のいずれか、もしくは両者の気質を持ち合わせているということが分かっています。

いずれにしても「顔」や「目」の表情から、認知症を伴う神経変性疾患やその予備軍である可能性をうかがい知ることができるということです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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「目」に表れる認知症の徴候(3)

前回は「目」に表れるパーキンソン症状についてと、認知症になると「目」の動きが悪くなりやすいことについてお話ししました

今回はその続きになります。

 

「目」が上下に動きづらくなるのが進行性核上性麻痺

脳の神経障害によって眼球運動が障害される主要な疾患としては、脳血管障害や多発性硬化症、急性散在性脳脊髄炎、進行性核上性麻痺などが挙げられますが、「目」が上下に動きづらくなる「上下転制限」を合併する認知症疾患としては進行性核上性麻痺が有名です。

進行性核上性麻痺では脳幹部にある中脳被蓋部という部位が萎縮して発症するのですが、中脳は眼球運動を司(つかさど)る中枢部位でもあるため、眼球運動障害が出現しやすいのです。

また、これらの疾患の中で認知症を合併しやすいのも、脳血管障害を除くと進行性核上性麻痺になります。

進行性核上性麻痺の主な症状としては、眼球運動障害のほかに、身体のバランスが悪くなって転倒を繰り返す(姿勢反射障害による易転倒)、飲み込みが悪くなる(嚥下機能低下)、発語が不明瞭になる(構音障害)、そして認知症などが挙げられます。

進行性核上性麻痺は、病理学的には前頭側頭葉変性症(FTLD)に分類されるため、出現する認知症の症状としては、もの忘れというよりも性格変化や社会的行動の障害といった、いわゆる「前頭様症状」が目立ってきて、生活の中で色々と「我慢できない」「理性的にふるまえない」ために周りの人に迷惑をかけるというものが多くなっています。

「目」の動きが悪くなると視野が狭くなりますが、進行性核上性麻痺になると、いわばそれと同じように思考の幅や度量も狭くなってしまい、自分のやりたいことに突き進んで行ってしまうという感じがします。

そのため、一度考えついたことや、やろうと思ったことを修正するのが難しくなったり、自分の考えや行動を誰かに否定されたり、止められたりすると烈火のごとく怒り出したりもします。

動作的にも、突進するように直線的に歩くようになったりします。

それで急に止まれなくなったり、方向転換や階段を下りる時などにバランスを崩しやすくなったりするのです。

また、バランスの悪さを補おうとして立位や歩行時に両足の横幅を開いた「ワイドベース」になっていくこともあります。

このような進行性核上性麻痺のバランスの悪さは、「目」の動きの悪さと関連しているのではないかと思われます。

人はバランスを崩した時、反射的に身体を動かすことでバランスを修正し、体勢を整えます。

実はこの時「目」も反射的に、バランスを崩した方向とは逆方向へ動かし、頭部をはじめ身体全体がスムースに反応して動けるようにしています。

そのため「目」の動きが悪いと、バランスを崩した時に、姿勢を立ち直らせる身体の反応が遅れたり、スムースに身体を動かすことができなくなるのです。

また進行性核上性麻痺に限らず、全般的に「目」の動きが悪い人は、そもそも首が固くなって動かしづらくなっていることが多く、それに伴って身体全体の動きもぎこちなくなっているという印象があります。

皆さんも試してみれば分かると思いますが、「目」を固定したまま身体を動かそうとすると、首さらには身体全体の動きが制限されてバランスがとりにくくなるはずです。

つまり「目」の動きが悪いと、身体のバランスが悪くなり、転倒するリスクが高くなってしまうのです。

ましてや小刻み歩行やすり足歩行、すくみ足といったパーキンソン症状が合併している場合はなおさらです。

いずれにしても認知症になると転倒しやすくなるのは、「目」の動きが制限されやすくなるということも影響しているのだと思います。

 

指を追視できないのも認知症の症状

前回、眼球運動制限の有無を調べる時には、患者さんに顔は動かさないで「目」だけで動く指先を追って(追視して)もらうというお話をしました。

しかし何回指示しても、左右上下に動く指先を追えずに前をずっと見ていたり、途中までは追視できても勝手にパッと視線を外してしまったり、途中で止まった指先を追い越して「目」を動かしてしまうといった患者さんがいらっしゃいます。

「指先を追視する」という指示を本人が理解しているのにも関わらずです。

これは「注意障害」があるためだと考えられますが、この「注意障害」は症状によって細かく分類されています。

患者さんが指をしっかり追視できないのは、「注意障害」の中でも、いくつかある刺激の中から特定の対象や課題だけにうまく注意を向けられない「注意選択の障害」、注意を集中し続けることができない「注意集中困難・注意の持続の障害」、注意が他へ逸れやすく関係のない刺激へと引き込まれやすい「注意転導性の亢進」といった障害があるためだと思われます。

「注意障害」の責任病巣は「前頭葉」にあるとされています。

つまり「注意障害」はいわゆる「前頭葉症状」が出現している人に合併しやすいのです。

したがって、前頭側頭葉変性症はもちろん、その他の認知症でも病状が進行して病変が「前頭葉」に及んでくると、指を追視できなくなってくるのだと思われます。

そうすると、指をしっかり追視できるのかどうかは、病変が「前頭葉」に及んでいるかどうかを判断する1つの目安になるともいえます。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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「目」に表れる認知症の徴候(2)

前回は、認知症疾患で高頻度に合併する「意識の変容」が疑われる「目の表情」についてお話ししました。

今回はその続きになります。

 

「目」に表れるパーキンソン症状

当院を受診されるほとんどの認知症患者さんがパーキンソン症状を合併されています。

パーキンソン症状とはパーキンソン病関連疾患(パーキンソン病レビー小体型認知症)や大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺、多系統萎縮症などの神経変性疾患、正常圧水頭症、脳血管障害、一部の薬の副作用などで出現しやすい症状のことです。

具体的なパーキンソン症状としては、安静時振戦(手足の震え)、固縮(手足や体幹筋群のこわばり)、姿勢反射障害(バランス不良)、無動・動作緩慢(動作が鈍くなる・寝返りしない)、小刻み・すり足歩行、すくみ足(歩きはじめの一歩や目的地に近づくと足が出なくなる)、斜め徴候(座位や立位で身体が傾く)、自律神経障害(体温・血圧調整不良、便秘)、思考緩慢などが有名ですが、実は「顔」に表れる症状もいくつかあります。(パーキンソン症状については過去記事カテゴリー「認知症とパーキンソニズム」の記事もご参照ください。)

それらは、

・表情が乏しくなった(仮面様顔貌)

・瞬目(まばたき)が減り、目が大きい印象を与える 

・顔がテカテカしている(脂漏性顔貌)

・顔のしわが少なく、年齢より若く見える

といったものです。

パーキンソン症状があると、全身の筋肉がこわばって動きづらくなりますが、「顔」の筋肉も例外ではありません。

表情筋がこわばってしまうと、表情が乏しくなったり、皮膚がぴっちりして顔のシワが少なくなったりするのですが、「目の表情」についても、いつも目を見開いたようになって、まばたきが減ってしまうのです。

そのため、いつもびっくりしたような表情をしている人もいます。

また、脂漏性顔貌があると、いわゆるオイリーフェイスになって皮膚がツヤツヤしているようにも見えるので、目も大きくて顔のシワも少なかったりすると、実際の年齢よりずっと「若く」見えたりします。

このように「顔」には、いくつか特徴的なパーキンソン症状が表れるため、診察室に入ってきた患者さんをパッと見ただけでも、パーキンソン症状の有無や強弱について、おおよその判断ができるのです。

それで、もしパーキンソン症状があると疑われるような場合には、さらに「マイヤーソン徴候」の有無を確認します。

「マイヤーソン徴候」とは、患者さんの眉間を指先で軽くトントン叩いた時に、その刺激でまばたきや眼輪筋の収縮が誘発される徴候のことであり、パーキンソン症状があると出現します。

この徴候は比較的簡単に確認できるので、当院ではパーキンソン症状が疑われるような患者さんがいたら必ず実施しています。

皆さんも、もしパーキンソン症状が疑われるような人がいたら、是非試してみてください。

 

「目」の動きが悪い

認知症を伴う神経変性疾患では、病気の進行に伴って眼球運動が制限されることがあります。

そのため当院では、認知症外来の初診時には必ず「目」の動きをチェックしています。

やり方としては、患者さんの顔の前に人差し指を立てて指先を見てもらい、そのままゆっくり左右上下に指を動かします。

この時患者さんには、顔を動かさないようにして「目」だけで動く指先を追ってもらうのです。

それで眼球が左右上下にしっかり動くかどうかを確認します。

当院の認知症外来では、ほとんどの初診患者さんに対して「目」の動きを確認するテストを実施していますが、何かしらの眼球運動制限が合併している患者さんが半数以上の割合でいらっしゃいます。

その中で一番多く認められるのが「目」が上を向かない「上転制限」であり、それに次いで多いのが「目」が上下ともに向かない「上下転制限」になっています。

もし眼球運動を支配している脳神経に障害があれば、当然「目」の動きも制限されます。

そのため眼球運動制限が認められる場合、認知症をもたらす脳の変性が、眼球運動をつかさどる脳神経にまで及んでいることが示唆されるのです。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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